第129話 古い慣習のままに


<ウォール街と呼ばれているところ>


整然としたコンクリートの街並みだ。

黒い皮のソファーシートに書類がばらまかれていた。


「くっそぉ! いったい何なんだ、このシステムは! 私の財産が吹き飛んだんだぞ!」

怒鳴り散らすスーツ姿の男がいた。

「・・・」

同じ部屋にいる、端正な顔立ちの若い男が無言でその姿を眺めている。

「マイケル、いったい私が何をしたというのだ! 私のお金はどこへ消えたというのだ!」

「社長・・これからの世界はお金で動く世界ではなくなったのです」

社長と呼ばれた男がグルッと首をひねり、マイケルを凝視した。

「金で動く世界ではないだと? じゃあ、何で動くというのだ。 人は金のために動くものだ!」

「・・・」

マイケルは答えない。

ただ、頭の中ではどこのダンジョンへ行こうかと考えていた。


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世界の富豪と呼ばれた者たちは、突然のレベルシステムに動揺する。

だが、すぐにダンジョンなどから得られる素材に注目し始めた。

行動は早い。

お金から魔物の素材に変わっただけで、結局は同じシステムじゃないかと思っていた。

だが、力を失ってしまった。

お金を出せば何でもできる幻想は消えてしまったらしい。

レベルで動く世界。

どんな人物でも、努力次第で成長が可能となった。

成長=お金のような概念が生まれようとしている。


マイケルはそれに注目していた。

社長は未だに過ぎ去った春が忘れられないらしい。

この国は優秀なものはその対価としてお金を得られるはずだ、という観念が出来上がっていた。

お金で人の順位が決められてしまう。

そして、その順位がある程度評価されてきた。

だが、レベルシステムが改変してしまった。

ダンジョンによる資源がお金に変換される。

そして、それを得るにはレベルが必要だ。

レベルのあるものを使えば良いが、今までのようにお金で従わせることは難しい。

社長は自分で動くこともするが、命の危険を伴ってまでは行わない。

マイケルはそろそろ社長に終了のフラグを立て始めていた。



<アメリカのとある場所>


完全にくつろげるソファに深く腰を掛け、右手にグラスを持っている男がいた。

グラスを口に運び一口飲む。

「ふぅ・・ダンが亡くなったようだな」

「はい」

艶やかな声で返事をしつつ、肩甲骨辺りまであるサラサラの金髪を揺らしながら、ゆっくりと声の方に近づいてきた。

男にグラスを差し出す。

男はそのグラスを取り、また一口飲む。

「これで、ジョーも動かざるをえまい。 現政府はもはや役に立たないな。 それにあの補佐官・・どうも気に入らない。 まるで俺たち高レベルの人間を排除しようとしている感じがする・・どう思う?」

「キング・・私にはよくわかりません。 ですが、おっしゃる通り・・そして、どうも人でないような感じも受けます」

キングと呼ばれた男は真剣な眼差しになり、女性を見つめる。

「いえ・・はっきりとした根拠があるわけではないのです。 ただ、今のようなレベルシステムになり、何となくですが・・他の人とは違う感じがするのです」

女性は少し返答に困っている感じだ。

「フフ・・ジェニファー、君のその感覚は大切だ。 俺もそんな感じはする。 だが、レベルがあるからそう思えるだけかもしれない。 とにかく、俺たちもできることをしよう」

キングはゆっくりと立ち上がり、上着を羽織る。


<内閣調査隊、攻略班にて>


楠木班長の報告を受け、坂口が真剣な眼差しを向ける。

「・・楠木班長・・すぐに信じろと言われても難しいですが、なるほどとは思います」

「うん、私も村上さんから聞いた時には疑ったわよ。 この人、調査隊を辞めて変な新興宗教に入ったのかと思ったわ。 でも、違うのよね」

「フフ・・彼らしさが現れてますね。 そして、そんなものにとらわれない。 僕もダンジョンに深く潜ろうかな」

「さ、坂口君・・それって・・」

坂口は楠木班長の言葉を聞き笑い出した。

「ハハハ・・冗談ですよ。 僕だけではダメですし、家族もいますからね。 でも、本当にこれからどうなるんでしょうね。 こんな狭い国ですら分かれようとしている」

「そうね・・でも、数か月もすれば結果が出ると思うわ。 その時にいろいろ考えればいいんじゃない?」

「楠木班長・・あなたこそ改革を狙っているのではありませんか?」

「まさか・・ただ、今までのような日本じゃなくなるのは確実ね」

「えぇ・・それは僕も思います」

坂口団長は静かにうなずいた。


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