第87話 病巣


「砲撃手、敵はどうなった?」

「はい、着弾地点の埃がまだ落ち着いておりませんが、直撃だったと思います」

「敵は1人だったのだろう? まぁ初撃が大事だからな・・これだけの戦車からの砲弾だ、いくらレベルがあるといっても無事ではあるまい・・というか、跡形もないかもしれんな」

戦車部隊の一斉射撃は3連行われ、今は状況を確認している。

しばらくすると、土埃も落ち着いてきた。

・・・

着弾した場所は、大きく地面が穿うがたれている。

なるほど、跡形もないだろう。

生身の人が戦車の砲撃を受けたのだ。

生死以前の問題だ。

!!

砲撃手が前のめりになり、スコープを覗き込む。

「ま、まさか・・そんな・・」

「どうした?」

「そんな・・人が・・人が立っています!」

砲撃手の言葉に大隊長は戦車のハッチを開けて双眼鏡を手にした。

!!

ゆっくりとこちらに歩いてくる人を確認できた。

すると、その人が相変わらず文字を書いた布を広げている。


『会話希望』


大隊長はそのままを中主席に伝える。

「う~む・・あの攻撃をしのいだのか? どうやって・・いや、運が良かったのだろう。 その運は私と会話するに値する・・それに戦力差は明らかだ。 今の攻撃でそれを悟ったのだろう・・少々の腕自慢では勝てぬのだとな」

中主席は、今や自他ともに認める英雄となっている。

相手も自分の映像を見たことはあるだろう。

それでも自分の前に立つということは、命を賭して言うべき何かがあるということであろう。

強者たるもの、弱者の言葉くらいは聞いてやらねばなるまい。

中主席はそんな気分だった。


「か、閣下・・まさか閣下が出られる必要があるのですか?」

大隊長は驚いている。

「うむ」

「閣下、あんな敵など我々で処理いたします。 ですから・・」

「君、いくら敵だからと言って邪険に扱うものではないよ。 聞いてやろうではないか。 それに私に傷をつけれるとも思えない」

中主席も戦車の砲撃くらいではダメージを負うことはない。

その心の余裕があったのだろう。


戦車隊を背中に、悠然と中主席が歩いて行く。

王兄もゆっくりと距離を詰めて行った。

・・・

・・

お互いの距離が5mくらいになった時。

王兄は立ち止まり、深く頭を下げる。

中主席も歩みを止め、その動作を満足げな顔で見守る。

「中大先生、お初にお目にかかります、王偉ワン ウェイと申します。 そして、私の発言に耳を傾けてくださることに敬意を表します」

「うむ・・君は香港出身と言っているが、本当かね?」

王兄は一瞬だが、動くことができなかった。

ゆっくりと顔を上げ、中主席の顔を見つめる。

・・・

「はい・・私は、香港で生まれ育ちました」


王兄の視線を受け、中主席は背中に何か電気が走るような感覚を覚える。

軽く身体を揺するとすぐに治まった。

「王君、その香港だが・・気の毒な事になったな」

王兄は中主席の言葉を頭の中で繰り返す。

気の毒なことになった?

「なった」とは、どういうことだ?

主席は関係していないのか?

そんなはずはない。


「大先生・・大先生の指示で香港が落とされたのではないのですか?」

「いや・・私が指示したわけではない。 気づいた時には手遅れだったのだ」

王兄は少し考えていたが、言葉を出す。

「では、軍部が勝手に行ったことだと、おっしゃるのですね」

「うむ・・そういうことになるだろう」

王兄は思う。

どうも中主席の言葉が響いて来ない。

嘘を言っている感じではないが、本当のことを言っている感じでもない。

何か違和感を感じる。

・・・

少し沈黙が続くが、王兄が言葉を出す。


「中主席・・香港には私の両親が住んでおりました。 私はダンジョンに潜っており、その戦火を知りません。 ですが、帰宅した時には誰も存在しておりませんでした。 なぜ、香港が攻撃を受けねばならなかったのでしょう?」

「・・王君だったかね・・君は、我が中国をどう思っているのかね?」

中主席が問う。

「主席・・いえ・・それは私が生まれ育った国、誇りに思っております」

「うむ・・私もそうだ。 そして、我が国は昔から世界の中心であらねばならん」

王もそれは同意だが、そこまで固執するものでもない。

それは個人が思っていれば良いことだ。

「・・私には、主席のおっしゃってる真意がよくわかりませんが・・」

「王君・・身体に病巣がはびこれば、本体は耐えられず、最悪死ぬ。 ではどうするのか? 簡単なことだ、病巣を取り去ればよい」

王兄は主席を見つめていた。

「病巣・・ですか?」

「うむ、資本主義という名のな・・」

王兄の目が見開かれた。

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