第82話 勝手な物語


ジョーたちは知る由もないが、魔物氾濫の情報を流したのはキースであった。

ダンジョンにジョーたちを誘い込み、ジョーたちに魔物を当て、挟み撃ちにして殲滅する予定だった。


強い魔物を呼び寄せようと、キースたちは深くダンジョンに潜る。

初めはオーガたちと遭遇したと思った。

だが、オーガキング、それにクイーンがいた。

それだけならば、何とか対処できただろう。

だが、更に上位の魔物がいた。

急いで地上へと帰還をしようとしたが、1階層で捕まってしまった。

いや、むしろ1階層まで遊ばれていたようなものだ。

出口がすぐそこというところで蹂躙されてしまった。

魔物たちは人の集団を引きずって自分たちの本来の階層へと戻ろうとした。

オーガキングなどに指示を出した魔物がいる。

人を引きずって行けば、その痕跡から活きのいい新しい人間がたくさん集まって来ると。

そして実際に集まって来た。

その指示を出した魔物はケンタウロス(レベル33)という。


サラが優しく言葉を出す。

「マイヒーロー、このままでは皆さん(死体)が風邪を引いてしまいます。 地上へと運びましょう」

サラの優しい言葉に、ジョーは背中を向けたままうなずくと、オーガなどが身に着けていた布などで大きなマットを作る。

同時に、地上にも応援要請に走らせた。

広げたマットに遺体を乗せ、ジョーたちが引きずって行く。

各階層の移動路も坂道なので、遺体が傷むことは少ないだろう。

マットは4枚出来上がった。

ジョーが一番多くの人を運ぶ。

大体4~5人程を乗せて、みんなでゆっくりと運んでいく。


<ハヤト>


素材班の事務所を後にして、俺は自分の部屋に帰って来ていた。

たった1日だけだったが、お世話になった部屋。

いや、まだ楠木班長から何も言われていない。


確かに、冷静な目を持っていればわかったはずだ。

楠木班長などを見ていてもわかる。

現場の人たちですらレベルが上がっていない。

ということは、この組織はレベルを上げることを目的としていないということだろう。

こんな世界になったというのに、何を呑気にしているのだろうか。

危機的な状況かつもの凄いチャンスだとは考えないのか?

官僚なんて俺など及びもしないくらい頭がいいだろうに。

それをしないというのは、何かできない理由があるのだろうか。

俺の頭にいろいろと妄想が浮かぶ。


はぁ・・俺はどれだけ頑張っても坂口団長のようにはなれないだろう。

そして、頭も悪くはないがもの凄く良いわけでもない。

中の上・・上の下、そんなところに自分はいる。

何でもすぐに人並み以上にはできるようになる。

だが、それまでだ。

そういう性分なのはわかっているのに、認められない。

それで今まで来ていたが、改めて思い知らされた。

俺にはお一人様が相応しいのかもしれない。

また、前のようにアルバイトでそこそこの生活が出来ればよいのかもしれないな。


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ハヤトの考えとは違い、世界は激動していた。

日本はまだまだそれほど揺らいでいないが、諸外国などは国という大きな組織は瓦解したといっても過言ではない。

ただ、自分たちのアイデンティティの確保のためだろうか、何々人というカラーは保持しているようだった。


<中国>


チュン主席は上機嫌だった。

自分は英雄となり、新たな時代の新皇帝を疑似体験していた。

「中主席、いえ、中皇帝・・」

中主席は顔をほころばせながらゆっくりとうなずく。

「君・・そういった言葉は不敬じゃないか。 私は主席だ」

「いえ、この中華・・世界の中心の始まりを私は体感しております。 なればこそ新たな称号が必要かと愚考した次第です。 お許しください」

中主席は満悦した表情で答える。

「君の言う通り、新たな世界が始まっているな。 そして私はその陣頭に位置しているのも事実だ。 我が民族が世界の基準となるだろう」

「もっともでございます。 どこから世界を変えていかれますか?」

中主席が満足そうに片手で顎を撫でながら少し考えている。


「ふむ・・複数方面に圧力をかけながら、まずは目障りな東側だな」

「なるほど・・制海権を確保して後方の憂いを断つわけですね」

「うむ。 黄海地域などはすぐに把握できるが、蛮族の国には海を経由しなければならん。 私が直接指揮を執って乗り込んで蹂躙してやるか・・」

中主席がいたずらっぽく話す。

「中皇帝、そんな猿の島国など、我々の精鋭部隊で対処致します。 皇帝はこの玉座にてご観戦ください」

主席の側近が耳障りの良い言葉を並べていると、ササッと人が近寄って来た。


「何事だ?」

側近がすぐさま聞く。

「ハッ、ご報告いたします」

中主席に深く礼をすると、落ち着いた言葉で話し出した。

「香港がネオ香港を名乗り、独立を宣言いたしました」

今まで気持ちよく風呂に浸かっていたのに、冷水を掛けれらた気分になった。

中主席の表情を読み取ると、側近が言葉を出す。

「あのクズどもはせっかく更地にしてやったのに、まだ資本主義の悪弊が抜けぬのか!」

「君、それほど苛立たなくてもよい。 少し仕事が増えただけだ」

「恐れ入ります」

中主席は、自分が先頭に立ち英雄の快進撃が行われるシーンをイメージしていた。

「早速黙らせてくるか・・」

「ハハッ! では、中皇帝のご不在の間に、精鋭部隊を持って東の制圧に行ってまいります」

「うむ。 もし手に余る時には私が出陣しよう」

中主席と側近の勝手な物語は実際に行動に移されることになる。


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