第76話 鈴木と段


王兄妹わんきょうだい


香港が焦土と化してから、兄妹でダンジョンに潜りっぱなしだった。

2人とも、レベルは28となる。


香港の街は以前よりもきれいに復興していた。

建物などをあっという間に建てたりする、魔法のようなことができる者たちもいる。

かつての国の運営に従わないものたちが集まって街を作っていた。

ほとんど小国といってよいくらいの規模になっている。


高所から街を見下ろす者がいる。

ファン、我々の家族が増えている。 そして、もうこのの運営は彼らに任せていいだろう。 俺は行こうと思う。 ファンはここに・・」

王兄妹の兄がそこまで言葉を出した時だ。

妹のファンが兄の手をそっとつかむ。

そして、兄の目をジッと見つめている。


ファンは、あの惨劇から一言も口を開かなくなった。

言葉を失ったような感じだ。

こちらの言っていることは完全に理解している。

兄も特に追求はしなかった。

ただ、妹がそばにいてくれるだけでいい。

ファンの目が物語っている。

私も一緒に行くと。

ファン、兄は人でなくなるのかもしれぬのだぞ」

兄の言葉を聞いても、その眼差しは変わらない。

・・・

ファンの手に自分の手をそっと添えながら、しばらく無言でいた。

そして、軽くうなずく。

「そうか・・ならば、兄の姿を見届けるがいい。 香港を焦土と化した連中に報いをくれてやろう・・」


<ハヤト>


俺は内閣調査隊を早くも辞めようかと考えていた。

まだ1日しか経過していないんじゃないかって?

そう・・俺が間違えていた。

君子豹変す。

君子は良いと思ったことを、即時実行するから豹変して見えるらしい。


俺はただ単に人恋しくなったり、もしかして何らかのグループでお山の大将みたいな気分を味わいたかっただけかもしれない。


まずは楠木班長に話さなければいけないだろう。

ベスタが言うように、ダンジョンで行方不明でもいいが、少し面倒な気もする。

現に、命が惜しければ辞めていいと言われているしな。

・・・

よし、後で楠木班長に聞いてみよう。


<とあるシティホテルの会議室>


身体つきは年配の動きだが、その目つきは猛獣を想起させる。

片手に杖を持ち、テーブルにつく。

その男の人が座ったのを確認すると、ガタイの良い男2人は壁際まで下がった。

どうやらこの年配者のボディガードらしい。


「鈴木先生、どうでしたかな? このレベルとかいう変な能力は?」

座った対面にいる、こちらも年配の男に語りかけていた。

「フフフ・・段先生、私もゲームをたしなんだこともあるのですが、若返ったような気分ですよ」

「なるほど、それは結構。 アメリカや中国では核を使った事件が発生していましたが、どんなものですかな?」

段と呼ばれる男は確かめるように聞く。

「その件ですが、いくらレベルがあれども、核の前には無力なようですな。 生き残りの情報は入っておりません」

「そうでしょうなぁ・・我が国ではそれほどの暴動は発生しておりませんが、過激な事件も発生していると聞きます。 また、最近はギルドなるものが出現し、情報を集めているとか・・まぁ、官僚君たちがうまくやってくれているようですが」

「段先生、よくご存知ですな。 私のところにも逐一情報を送ってきてくれますな。 ただ、個人の力で国にあらがう様子もあるとか・・ま、こちらもそれなりに力のあるものがおりますし、段先生が作られた内閣調査隊を注視しております」

「さすが鈴木先生、ありがとうございます。 それはそうと、鈴木先生は中主席とは長いお付き合いでしたな。 私のところに入っている情報によりますと、何やら英雄になられたとか・・さすがですな」


段の言葉に鈴木は自分が褒められたような表情をする。

「えぇ、そうなんですよ。 何せ、自らが陣頭指揮をり暴動を鎮圧したというのですから・・私も見習わなきゃいかんと思って鍛えているところです」

「そうですか、そうですか・・それは結構。 それに香港が新たにネオ香港と称して復興しておりますな」

「段先生・・そこまでご存知でしたか・・調べさせたところによると、本国と一触即発かという話です」

「ふむ・・」

「ま、ひとひねりで終わりでしょうが・・フッフッフ」

鈴木はまるで自分が英雄にでもなったような口ぶりだ。


段はうなずくと、椅子に深く座り直して一考する。

なるほど・・この鈴木は完全な中国寄りの人物。

日本はバカな指導者の下、言葉を取り繕って労働力を外注していた。

何のために言語が存在し、文化が存在するのか。

自分達の集団を守るためだろうに。

それがグローバルなどと日本の存在を危うくしている。

かつて日本という国に、日本人という種族がいました、とでもしたいのか。

冗談ではない。


段は鈴木と他愛ない会話を繰り返すと、ゆっくりと席を立つ。

鈴木は段の背中を見て思う。

なるほど、の政治家がいたのだな、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る