第75話 香港


<テツの部屋>


夕食と風呂も終わり、就寝まで1時間ほど自由な時間となっている。

俺は1人ベッドに横になり、昼間のことを思い出す。

坂口団長は凄まじい強さだった。

よく無事でいられたよな。

・・・

さて、どうしたものか。

というのも、やはりこの組織から抜けようと考えていた。

こんな世界になっても、俺では坂口団長のような強さを得ることはできない。

また、仲間を率いて行動するなんてことも考えれない。


わかっていたはずだ。

俺の心の空白部分に、懐かしさとか仲間意識が妙な温かさを与えたのだろう。

・・・

この組織にいても何等変わることはない。

楠木班長などはいい人だ。

信用もできる。

だが・・。

俺が答えのない問答を考えていると、ベスタが話しかけてきた。

『ハヤト様、私がいるではありませんか。 最期までハヤト様と一緒です』

・・・

俺の頬にスッと涙が流れる。


「ベ、ベスタさん・・」

『ただし、ハヤト様がスキルを変更しなければですが・・』

ベスタがオチも用意していたようだ。

「ハハ・・それはないよ。 俺の一番の相棒なのだから・・ありがとう」

『いえ、私は相棒ではありません。 離れられない分身・・いえ、嫁です!』

「・・あのね・・」

ベスタのいきなりの嫁宣言。

あなた・・スキルでしょ?

俺は、ベスタがまるで本当に存在しているかのような感覚になっていた。

これって、AIパートナーとかいうやつに似てないか?


さて、どうやって内閣調査隊から抜けようかなと考え出す。

・・・

命の危険を感じるから辞めます・・では、ダメかな?

いきなりオーガキングを倒したし・・う~ん。

ベスタさん、良い案ない?

俺は相談する。

『ハヤト様、スキルに相談するのもいかがなものかと思います』

「今度はスキルとかいって、ベスタさん、その物言い・・政治家か!」

『ハヤト様が無茶と思われている階層に侵入し、そのまま帰らぬ人となる・・と、この組織から合法的に抜けられます』

おいおいベスタさんよ、永久に抜けたいわけじゃないぞ。

俺は生きていたいんだ。

・・

いや、確かにその方法ならアリだよな。

だがなぁ・・ま、すぐに答えを出さなくてもいいか。


俺はそのまま眠っていたようだ。


<中国>


軍部の暴走から既に立ち直っていた。

というより、チュン主席が陣頭指揮を執り、暴走した者たちを文字通り殲滅。

人々は恐怖するとともに、歓喜も伴っていた。

そして、『英雄』の誕生に立ち会っている、妙な感覚を共有したのだろうか。

名実ともに中主席をトップと認めて疑わなくなっていった。

ただ、英雄的な存在は一人ではない。


レベルが付与されて少し経過した時のこと。

ワンという20代半ばの人物。

妹もいるが、兄妹きょうだいでレベルを上げていた。

香港に拠点を置いていたが、軍の暴走の時に香港という街は消滅していた。

いつまで経っても本国の意向に従うことがない。

軍の暴走と称して、核を使用したらしい。

詳細は不明。

だが、街がなくなったのは事実だった。


王兄妹はダンジョンに出向いていて無事だった。

帰還してみると何もない。

しばらくの間、言葉が出て来なかった。

・・・

・・

黒く焼けた街を眺めながら兄が言葉を出していた。

ファンよ・・これはどういうことだ・・」

兄の言葉に返事することができない。

自分でも信じられないのだ。

ファンよ・・父や母は無事なのだろうか・・」

言葉を出すも、建物すら残っていない。

それに動いているものも感じられない。

兄も現実を受け入れることができないようだ。


「この焼け跡は・・まるで戦争の後だ。 なぜこの街が焼けなければならないのだ。 我々が何をしたというのだ・・」

兄もわかっている。

この国において、自由を表明することは国と言う『龍』に歯向かうということだ。

だが、香港だけはその自由を

許されていた?

そうか・・我々は許されていたのだ。

自分達で得た自由ではなかったのだ。


こんな人の所業と思えないことをするやからは、間違いなく人の皮を被った偽生物。

人ではない。

・・・

やはりこの国では、個人に自由はないのか?

兄は焼けた街を見つめている。

そして拳をグッと握りしめる。

「・・もう少し待っていろ。 きっと力をつけて・・俺たちの戦いが、今から始まるのだ・・ファン・・」

妹の顔をそっと見つめる。

ファンは前を向いたまま動こうとはしない。

スッと手を伸ばし、兄の手を握る。

ゆっくりと目を閉じて、兄の手をより強く握った。

兄は強く妹を抱きしめる。

「うぅ・・ファン・・これから俺達だけで生きて行かなければいけない。 そして、きっと・・父や母の・・うぅ・・・」


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