第67話 レベルアップ
◇
<村上 一>
可愛らしい犬が見上げて心配そうな顔を見せる。
『ハジメ、本当に行くのか?』
「あぁ」
『我々の世界でも、縄張りや雌の取り合いで争うことはある。 だが、命を奪う目的で戦うことはない。 不幸な事故で命を落とすことはあると思うが、それは仕方ない』
ハジメは軽く微笑むと、犬の方を見つめる。
「ポチ・・いや、獣王・・そうだな・・人間とは愚かな生き物だ。 言葉を持ったばかりになまじ意思が通じてしまう。 だが、見てきただろう・・人間というおぞましい本質を。 こんな世界になり、俺は自由を得た。 だが、それを混沌と区別のつかない連中も増えた。 そして責任という言葉が失われた。 人としての生き方が問われているのだと思う・・俺は、前を向いてる弱者が虐げられているのが許せないんだ。 しかも子供だろ? まだ判断基準すら出来上がっていないだろうに・・」
ポチの全身の毛が逆立つ。
ハジメからただならぬ雰囲気を感じたからだ。
一言、魔王・・そう思わせる何かがある。
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街を歩いていると、子供が倒れていた。
ハジメが近づく前に、通行人が抱き起そうとする。
なんだ・・まだまだ大人も捨てたものじゃないな、とハジメは微笑んだものだ。
すると、子供が銃を躊躇なく大人に向けて発砲していた。
パラライズガンとでもいえばいいのか、電気刺激で相手を麻痺させる銃のようだ。
相手は気絶したらしい。
すぐに車が近寄ってきて、子供と共に大人を収納。
数秒の出来事だった。
ハジメは相手に気付かれずに尾行する。
車はしばらくして大きな屋敷に入って行く。
ポチを外で待たせると、ハジメは屋敷の中に潜入。
防犯システムがあるようだが、反応はしなかった。
屋敷の1階部分が車庫になっているのか、車のまま屋敷に収納されていく。
ハジメも一緒に家の中に入る。
気付く者はいない。
ハジメは車の影潜み、待機していた。
車から、先程気絶させられた人が降ろされた。
まるで人形のような感じだ。
すると、屋敷の方からゆっくりと歩いてくる男がいる。
見るからにカタギの雰囲気ではない。
「おい、死んでないだろうな。 それにダンジョン帰りの奴か?」
「はい、死んではおりません、麻酔を打っております。 そして、ダンジョン帰りなのも間違いありません」
「そうか・・まぁ、どうせすぐにいなくなるから問題はないが、今は生きていてもらわねば困るしな・・フフ」
男はニヤニヤと話しながら、子供に何かを投げた。
子供が急いでそれを拾う。
まるで飢えた獣のごとく、それを食べていた。
「黒沼、ガキを連れて休んでていいぞ」
屋敷から出てきた男が煙草に火をつけながら言う。
「はい、わかりました社長」
気絶した人を降ろした男は、子供と共に屋敷の中に移動する。
「おい、行くぞ・・薬なら後でも飲める」
子供の腕を掴み、乱暴に連れて行く。
社長と呼ばれた男がゆっくりと煙草の煙を吐き出し、つぶやく。
「ふぅ・・これで俺もレベル20になれるのかな?」
「はい、鑑定スキルを持ったやつの報告では、そうなります」
「そうか・・全く、変な世の中になったものだ。 だが、金よりもレベルが上がれば誰も俺という人間に手出し出来ないわけだ。 まるで俺たちのためにあるような世界だな」
社長はゆっくりと人形のようになった人に近づく。
そして、迷わずにその人に刀のような刃物を突き立てた。
それも何度も。
ドス、ドスドス・・・。
「おぉ、声が聞こえたぞ。 なるほど・・レベル20・・これはいい」
社長はにっこりと笑うと、横の男に言う。
「おい、俺を殴ってみろ」
「・・・」
横の男は動かない。
「どうした、やれ!」
社長の言葉に、横の男はゆっくりと握りこぶしを構える。
「いいか、全力で・・そうだなぁ、俺の腹を殴れ。 お前、学生チャンプだったんだろ?」
社長に言われるままに横の男がファイティングポーズを取る。
ボクシングのスタイルだ。
軽く身体を揺すったかと思うと、見事に社長のボディにパンチが決まった!
ドン!
パンチを繰り出した男がゆっくりと一歩下がる。
・・・
社長は動かない。
・・・
「フフフ・・これはいい。 まるでダメージがない・・アハハハ!! これがレベル差か。 凄いものだな・・えぇ!」
社長が大きな声を出しながら、うれしそうにボディブローを放った男の背中をドンドンと叩いている。
背中を叩かれた男は、すぐに膝をつき、口から吐血していた。
「ん? おっと、すまんな。 軽く叩いたつもりだったが・・悪いことをしたな」
社長はそう言いながら男を優しく引き起こしていた。
「強くなり過ぎるのも、考えものだな・・アハハハ・・」
どうやらご機嫌のようだ。
社長は、死体をそのままにして、ボディブローを放った男と一緒に屋敷の中に消えて行った。
すぐに死体を処理する連中が現れて、手際よく袋に詰めて車に乗せる。
車が発車し、屋敷の外へと出て行く。
ハジメもその隙に屋敷の外へ出た。
ポチのところまで戻って来ると、ポチが不安そうな感じで落ち着かない。
ハジメの雰囲気が激変していたからだ。
『ハ、ハジメ・・いったい何があったのだ?』
「・・少し調べたいことができた・・」
ハジメはそれだけを言うと、何も言わずに歩き出す。
ポチもテクテクと後をついて行く。
3週間前のことだ。
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時間はたっぷりとあった。
ハジメは丁寧に屋敷のことを調べ始める。
家主とその続柄など。
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