第13話 弓道部


<大和>


6時。

学校の校舎はシーンと静まり返っている。

部活の朝練も今は行われていない。

大和は校舎を抜けて、弓道場へと向かっていた。

弓道場の入り口を開けて中へ入る。

静かに奥へ進んで行くと、3人の学生が待っていた。

「大和、おはよう」

「おはよう」


日置へきさん、よく来てくれましたね。 弓道部部長の清水です」

大和は軽く会釈をする。

「部長、これが最初で最後の約束です。 お忘れなく」

大和がしっかりと念を押す。

「もちろんだよ。 そして、君が負ければ弓道部に入ってもらうこともお忘れなく」

部長がニヤッとしながら答える。

「大和・・ほんとにごめんね。 私が軽いノリで大和の弓が凄すぎるって言ったばっかりに・・」

「いいのよ、ゆかり」

大和は表情を変えることなく答える。


「では、僕が立会人となる。 矢を射るのは3年生の神楽君だ」

部長が満足げな顔で言う。

「神楽です、よろしく日置さん」

神楽が軽く会釈をする。

「よろしくお願いします、神楽先輩」


「では、2人とも立ち位置へ。 矢は5本だ。 始めてくれ」

部長はそう声をかけると、後ろへ下がる。

2人を見ながら思う。

日置が上手うまいのは知っている。

前に、工藤ゆかりと遊んでいるところを見たことがある。

驚いた。

とてもきれいな姿勢で矢を放ち、迷いがない。

あれだけの境地に、俺はいつたどり着けるのかと思ったほどだ。

だが、神楽君も県で上位3名に入る腕だ。

むしろ日置が気の毒なくらいだ。

工藤に聞けば、日置は弓道部には入る気はないという。

俺は何故? と思った。

日置が言うには自分のは弓術であり、弓道とは違うという。

それは言葉だろうと思ったが、日置は本気でそう思っているらしい。

まぁ、そんな細かいことはどうでもいい。

どうせ明日から日置は我が部員になるのだから。


部長がいろいろと考えているうちに第1射が終わっていた。

2人とも見事に霞的かすみまとの中白、ど真ん中に当たっている。

工藤が驚いたような嬉しそうな顔をして的を見つめていた。

誰も声を出すものはいない。

しかし、部長以下、弓道部員が驚くのはこれからだった。

第2射を放った時だ。

神楽君の矢はきちんと中白、真ん中の白円の中に入っていた。

さすがだ。

だが、日置だ。

なんと、初めの矢の真横に刺さっているではないか。

偶然か?

誰もがそう思っただろう。


神楽もさすがだ。

心を乱すことなく順次矢を放っていく。

5射が終わって的を回収。

部長に言葉はなかった。

神楽の矢は中白に3本。

残りは2本は、中白とその外側の一の黒の境辺りに刺さっていた。

凄いことだ。


問題は日置だ。

5つの矢がところ狭しと中白に刺さっている。

1つの矢が削られているものもある。

ほとんど同じ軌跡で放たれた矢ということだ。

化け物か!


日置が丁寧にお辞儀をすると、弓道場を後にする。

誰もが無言でその後ろ姿を見送っていた。

・・・

しばらくして神楽が言葉を出す。

「フフ・・部長・・これは人間の所業ではありませんよ」

「あ、あぁ・・全くだ。 本当に・・我が弓道部に・・いや、違うな。 何かこう・・うまく言葉にできないんだが、これは決して世間の目に触れさせてはいけないような感じがするんだ」

部長は霞的に刺さった5本の矢を見つめながらつぶやいていた。

神楽も理由はわからないが、なるほど部長の言う通りだと納得。

工藤ゆかりは、不安そうに大和の去っていった入り口を見つめていた。


<大和>


日置大和へきやまとは少し時間が早いが教室に到着。

まだ誰も来ていない。

自分の机に鞄を置き、着席した。


ステータスオープン。


ヤマト

レベル:4

HP :56/56 

SP :63/63 

力  :53    

耐久 :55    

敏捷 :61    

技能 :77    

運  :63  

スキル:集中2


いつもの弓の練習の後。

動かない的ではなく動く的を標的とする練習がある。

大体が鳥などの小動物になるが、この変な能力が発現した日、練習後に的の付近に何が動く気配があった。

人ではない。

矢を引き絞って集中していると、どうやらイノシシのようだとわかる。

大和は迷わずに矢を放つ。

イノシシの頭に直撃。

イノシシはもはや瀕死だ。

大和は追撃でもう1射、矢を放った。


イノシシが沈黙。

同時に頭の中に声が響く。


『レベルが上がりました』


弓道場で正座し、集中している時に突然自分の周りの世界が変わったような気がした。

すると、何でもこの世界のルールから外れるなどという。

何を言っているの?

これは夢?

私、ゲームなんてほとんどしないけれど、どんなものかはわかる。

まさか自分の身に起きているなんて、夢と思えた方が良かっただろう。

そして、それだけの言葉を残すと、制約もなく自由に生きてくれという。

わけがわからない。


だが、このイノシシを仕留めた後に頭の中に響いた声。

確かゲームや小説なんかで、天の声ってみんな言ってたと思う。

自分のステータスなんてものが見える。

確認するとスキルに『集中』という項目があった。

よくわからないが、以前よりも物事がはっきりと感じ取れるようになった。

先程の弓道場での的当ても、大したことはない。

外す方が難しいくらいの感覚だった。

・・・

・・

大和はまだまだ気持ちの整理がつかないまま、朝の教室で静かに席についていた。


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