第2話……楽な仕事
楽な仕事……そんなものはない。
少なくとも私の手に入る範囲では。
しかし、ないと分かっているから、気にもなる。
私はすぐに音声チャットを繋ぎ、兄に連絡をとることにした。
PCが映し出す画像に兄の姿が宿る。
「おお! カズヤ元気か? てか、元気そうじゃないな?」
「ええ……、兄さんはお元気ですか?」
少し日焼けした兄の顔を見ながら、雑談を少ししたあと本題に移った。
兄は雑談に時間を食うのを嫌うのだ。
雑談でさえ武器にせねばならない私とは違う人間、少しあこがれの人。
「……で、やってみるか?」
「うん、やろうかな? ……やろうと思う」
「じゃあ、機器を送るな! またな!」
ほぼ用件だけの会話が終わる。
兄が好きな私には、少しだけ嬉しい時間でもあった。
楽しい時間が終わり、仕事の疲れが津波のように蘇る。
「寝よ」
「おやすみ」
誰に言うでもなく、明かりを消し床に就いた。
☆★☆★☆★
三日後の休日。
天気は曇り。少し薄光りが差し込める。
厳しい残暑が残る中、配達の方が汗だくになりながら運んできてくれた大きな荷物。
玄関のドアから入らないので、アパートの駐車場側から入れてもらった。
こういうとき、一階は便利だ。
防犯上嫌われるから家賃も安く、助かる。
「有難うございました」
こうお礼を言う人は少ないみたいだが、私はつい言ってしまうほうだ。
宅配の方に丁寧に別れを告げた私は、大きな荷物の梱包を解いていく。
そこには全身がすっぽりと入るカプセルが現れた。
テレビで見たことのある酸素カプセル治療機器みたいだ。
正直な感想は『高そう』の一言に尽きる。
カプセル本体の横には、VRアミューズメント・バイタル・スペース株式会社とあった。簡易表記はVR・AVSというゲーム会社らしい。
ちなみに完全にオフレコではあるが、兄の話によるとこのゲーム会社『VR・AVS』は、C国の巨大医療機器メーカーA社の偽装子会社だそうだ。
我が国は高度に神経伝達可能な医療機器の認可は決してしない。しかし政府の規制緩和政策の一環として、VRゲーム機器に法の抜け穴があったのだ。
これにより長時間VRゲームをし続けた人間のデータが、ゲーム機器の形を通せばリアルタイムで合法的にとれるという訳だ。
契約上、一日8時間以上このカプセルに入ってVRゲームを行う。その間の私の健康データが、逐一接続されている我が家のPCを経由し、巨大企業にデータを送り続ける。その見返りとして、私の通帳に数字が書き込まれるということだった。
我が国のデータはとれていないC国のA社からすれば、お金を払う価値がある。しかし、少し経てばそのようなデータは価値がなくなってしまうだろう。
それとも政府の法の網がかかるのが早いかもしれない。なににせよ私はリスクをとり、A社は見返りをくれる。ただゲームを一日8時間行うという『楽な仕事』としてだ。
今の会社には、仕事に見合ったリターンが得られているとは到底思えない。この仕事は受けるべきだと思った。少なくともその時はそう感じたのだった。
☆★☆★☆★
カプセル本体に兄から貰ったデータカードを差し込む。それと接続した自分のPCを介して、マニュアル片手に自分の個人データを打ち込んでいった。
30分もすれば、必要なデータ入力は終わった。接続しているPCの画面に、ゲームのタイトルが表示される。外国語で読めなかったが、すぐに同時翻訳ツールが表記を上書きしてくれた。
『宇宙戦争~カリバーン帝国の逆襲~』
とあった。タイトルにさほど興味はない私は、すぐにSTARTボタンをクリックした。
【システム】……キャラクター名は?
う~ん? 考えていなかったことを少し悔やむ。しかたなく最近読んだWEB小説のキャラクター名を思い出す。人と被るのが嫌だから珍しいのにしておこう。
名前……ヴェロヴェマ
【システム】……種族は?
う~ん、これも考えてなかった。ゲームの世界でも人間をやるのがつまらなく感じた。多分に言い訳だったかもしれないが……。
一覧表から『ギガース』というのを選んだ。肌が緑色で一つ目の巨人族。人間よりタフらしい。
種族……ギガース
【システム】……職業は?
う~ん。戦争モノなんだから、安直に軍人を選択した。
職業……宇宙軍士官
……他の細かい項目も埋めていく。
身長は189cm体重122kgとマッチョな体格にしてみた。
表示されたレビュー表示に笑う。
これって結構楽しいね。
こんなムキムキになってみたい。学校だったらスポーツ万能でモテそうだな。一つ目の巨人だけどね。
ゲームをする前から妄想が膨らみ、すでに結構楽しんでしまった。
【システム】……データカードに記載されたクーポンを適応しました。ゲームをはじめますか?
YES!!
キーボードを勢いよく叩き、PCの前に正座してワクワクと待った。
【システム】……注意! 早くカプセルにお入りください。
ああ……そういうものだったね。
完全に忘れていました。
お金貰うんだったわ。
システムの指示通りカプセルに入り、鈍く光る赤色のスイッチを押した。
特殊な白いガスが、カプセル内に充満する。
高揚感が半分、恐怖感が半分。
ドキドキ高鳴る鼓動を抑えようとしていたら、意識が離れたようだった。
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