宇宙装甲戦艦ハンニバル ――宇宙S級提督への野望――
黒鯛の刺身♪
第1話……ガラスの灰皿
……【よろしくお願いします】
『よろしくお願いします』
うん?
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
……いつもの営業所の風景か。
同僚が電話口で必死に顧客に頼み込んでいる。
少しばかり季節外れの扇風機の音もうるさい。
お茶をいれるためのやかんの蒸気の音も聞こえた。
営業所の備え付けのソファーで仮眠をとっていたことを思い出す。
「菱井先輩! 約束の時間です、起きてください!」
ああ……。
後輩に起すよう約束していたのを思い出す。
自分の机に置いてある時計を見ると22:30だった。
時計の隣には、二番目の兄が南米に墜落したと噂になった宇宙船モドキの横で笑っている写真が目に入る。
「先輩! 行ってきていいですか!?」
「ああ、いいよ」
後輩の後藤は喜んで営業所を出ていった。
しかし、他は誰一人として帰らない。
今日は社を挙げたキャンペーンの最終日。我々は営業ノルマを達成せねばならなかった。
……30分後、支店長室。
「おう、菱井。新入りを帰させたようだな?」
「はい、とても大切な用だそうで……」
ゴッ!!
私がそう答えるや否や、私の心に鈍い音が響く。
目の前をゆっくりと白い吸い殻が舞う。
新島支店長のたくましい右手に握るガラスの灰皿が、私の左頬をしっかりと捉えていた。
……痛さによって、左ひざを絨毯に突く。でも手加減したのだろう、意識はある。きっと痛いだけだ。
「あと何ロットだ?」
「あと三つです!」
私は膝をついたまま、鼻をすすりながらそう答えた。我々は反社勢力というわけではない。しかしこの本社工場が作ったキャンペーン企画商品を売り切らねば、明日にもこの僅か8名の支社は吹き飛び、この街の雇用が8名失われる。
結局、世の中はそういったものだ。
ひょっとすると私に愛と勇気が不足しているだけなのかもしれないが……。
「あと三つ何とかしてみせろ!」
「はい……」
後藤を勝手に帰らせた手前、支店長にはそう答えるしかなかった。
☆★☆★☆★
日付が変わるころ、私はコンビニにいた。
「……おっと」
買おうと棚からとったチューブのショウガを床に落とす。
疲れすぎて若干眩暈がする。
左頬を冷やす氷も買わねば。
こういう時、温かい家族を思い浮かべることがある。優しい妻に可愛い子供たち。
しかし毎月の給料明細と残業時間が冷酷な現実を教えてくれ、きちんと目を覚ましてくれていた。
いつか今よりもいい仕事に就けたら、きっと家族ももてるだろう。
例の3ロットは結局知り合いの社長に買って貰った。こういう時、日ごろの接待の成果が如何なく発揮される。接待を馬鹿にする人の気持ちが知れない。
『結局何が大切なのか?』
と自分に聞かれても知る由もないが、次の営業キャンペーンは3か月後にまたやって来る。後藤はせいぜい今のうちにデートを楽しめばいいと思った。
「いつもありがとうございます」
孫が3人はいそうな店員にフレンドリーに挨拶される。
ああいった老後もけっして悪くない。
今、現場は人手不足だ。高校を出たばかりの後藤に『デートくらいで……』と言ってしまえば楽だが、それを言えば明日から過酷な営業を一人少ない七人でやる羽目になる。もちろん補充はない。
過酷だ……な。
バブル期に入社した業界の大先輩に『すまんな!』と冗談に言われるほど、我々の業界の現場は疲弊し切っていたのだ。
帰宅した後、シャワーを浴びて寛ぐ。窓の外から流れる虫の声が実に心地よい。
風流だな、自分も年をとったと自覚する。
実はまだ20代なのだが……。
グツグツとパスタが茹る音が聞こえる。
PCで無料のWEB小説を眺める。
頭が疲れすぎて、読むことはできないが……。
PIPIPI……。
突然に携帯電話が呻く。
……うるさい! 何時だと思っている!?
しかし、誰だろうか?
【メールが着信しました】
10歳も年の離れた二番目の兄からだった。
支店長からという最悪のケースは避けることができた。
しかし、なんにしろ疲れていて読みたくはない。
が、祖母の家に引き取られ、母と私と弟にお金を送り続けてくれた兄なのだ。
疲れていても、その恩に報いるべきだと一念発起してメールを開く。
さもたいそうな理由だと自嘲もするのだが……。
タイトルは『楽な仕事を紹介してやる』だった。
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