第3話……艦長室の煙草

 ……【よろしくお願いします】




 『よろしくお願いします』




 うん?



 結局すべてが夢で、支店のソファーで起きるという結末か……。それはとても現実的で嫌だなあと目を開くと、





「こちらに署名の方、よろしくお願いします」


 光が差し込む眼の前に、制服を着た女性のような人がいた。なぜ【ような】という表現かといえば、肌が緑色なのだ。おおよそ間違いなく地球人ではないだろう。

 トランジスタグラマーな彼女がさす出すタブレットには、軍人として【カリバーン帝国】に忠誠を誓うとの契約書が記されていた。下の方まで読むと、その忠誠の引き換えに人員の手配や給料の支給等も明記されている。御恩と奉公というやつだな。



「はぁ……しかし、この世界でも宮仕えか」


「何か仰いましたか?」


「あいや、なんでもないです」


 差し出されたタブレットに慌ててKAZUYAとサインをした。



「え? ヴェロヴェマ様では?」


「あ、そうでした。すみません」


 どこの誰が自分の名前を間違うのだろうと自分に突っ込みを入れながら、頭をかきつつサインをなおした。

 周りを見ると、小さな執務室の様だった。横には観葉植物がおいてあり、私の席は上座の様である。



「ここはどこ? あなたはだあれ?」


「ここは艦長室です。私はヴェロヴェマ艦長の副官兼メイドのクリームヒルト准尉であります」


 照れながら半ば冗談に聞いたら、素で戻ってきた。

 手元の書類形式を見ると、私は中尉さんのようだ。小さいころ士官とかに憧れたことはあったが、実際そう呼ばれると恥ずかしい。しかしメイドという言葉に引っかかる。



「え? メイド? 私はメイドさんを雇うだけのお金をもっているのです?」


「え?」


 クリームヒルトさんは驚いたが、突如謎の声が割り込んできた。


【システム】……ゲーム開始時の30日無料サービスクーポン分となっております。


 あそう……この美人さんとも30日だけか。




 その後、クリームヒルト様にいろいろと説明を受けた。

 彼女の緑色の肌に銀色の髪という風貌には慣れてきたが、その事務的な口調には少しさめるところもあったが。

 え?なぜ【様】かって?いや無料だからね。お金払ってないのにお世話をしてくれるからには、内心【様】扱いでいいかと。そう自分に突っ込んでいると、彼女の説明が終わる。そこで、



「クリームヒルトさんはどこからきたの?」


「帝国第23工廠、カリバーン暦823年製アンドロイドであります。閣下!」


 プライベートな質問にもきびきびと答え、最後には営業スマイルが垣間見えた。

 ……意外とこやつできるな!?


 そうアホなことも考えたが、少しだけでもスマイルを貰ったことで安らいだのも事実だった。

 しかし閣下はこそばゆいね。でも、30日だけだから遠慮なく頂いておこう。



「次に、砲術長兼参謀を紹介してもよろしいですか?」


「いいよ~♪」


「失礼」


 私はクリームヒルト様に、雪山のマタギが被っているようなクマの被り物をかぶせられた。



「これは同時通訳及び、様々なサポート機器であります」


「はいはい~♪」


 横にある鏡を見る。

 あ!? 自分も肌が緑だった。

 しかも一つ目の巨人族だったこともを思い出した。

 ゴメンね、クリームヒルト様。



「はいりますポコォォォ」


 ……ぇ?


 その後、扉を開けて入ってきたのは、全長30cm位の二頭身のタヌキ……。いやこの世界ではタヌキかどうかは分からないが……。



「ポコリーヌ軍曹であります、閣下!」


「お……おふ」


 ビシッと敬礼してきたタヌキ軍曹殿に戸惑い、思わず変な返事をしてしまった。

 しかしその後、姿に似合わず丁寧にこの艦の戦闘システムを、順を追って教えてくれた。



「閣下……」

「ぁう?」


 タヌキ軍曹殿の話を聞きながら、机にあったタバコを遊びで指に挟んでいたら、クリームヒルト様が火をつけてくれた。 

 なんかお金持ちが、高いお店でやってもらているやつだ。

 

 当然・初・体・験。

 

 優越感よりも、あとで大金をとられるのではないかと、とても心配になる。小市民根性はなかなかに頑強だ。

 折角だから、現実では吸えないタバコも吸ってみた。



「旨い!」


 いきなり大声を出したため、メイド様とタヌキ殿の目が点になる。



「ふふふ……よろしゅうございました」


「ポコポコ」


 タヌキにまで笑われてしまったが、とても幸せな空間だ。

 しかし、ゲームの中であることも同時に実感した。

 自分の肺は弱く、このようにぷかぷかとタバコが吸えるはずがなかったのだ。



「じゃあこれも頂こうかな?」


 艦長室にある小さな冷蔵庫をガチャンと開けると、缶ビールのようなものが入っていたのだ。

 缶を開けて飲むと【旨い】。

 これは現実通りだ。

 備え付けの小さなグラスに注ぎ、メイド様とタヌキ殿に渡す。



「それは私がやりますに……」


 メイド様はそういってくれたが、入社以来飲み会といえば下座が指定席の私だ。もはやビールを注ぐプロと言ってもいい。メイド様如きには負けられない。



「ポコォォォ」

「乾杯!」

「頂きますわ」


 小さな冷蔵庫には、簡易の鍋パーティーセットが入っており、その後3人で楽しく鍋をつついてビールを飲んで過ごした。



 それからしばらくして、可愛い寝息を立てるタヌキ殿とメイド様に毛布を掛けてやった。

 接待猛者を自称する私は、それからも少し飲んでから【ログアウト】した。



 現実に戻った私は、お腹が空いていた。

 先ほどあんなに食べたのになあ、と思わなくも無かったが、今日二度目の晩御飯を食べて風呂に入った。




 ……こんなに楽しかったのは何時ぶりだろう!?


 VRゲームに惹き込まれる人の気持ちがとてもわかる一日だった。

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