第2話 『対極』

 

二人が通っているのは、様々な分野において優秀な人材を育成する、全国でも名高い私立高校だ。今現在に至るまで、芸能、スポーツ、学問と言ったそれぞれのジャンルで実績を残した人物を多く輩出してきた。

 それ故、その制服を身に纏っている者の顔を見てみれば、有名企業の社長の御曹司であったり、一時名を馳せた元有名子役であったりすることは珍しくない。


「鈴音様、お早う御座います!」

「はい、お早う御座います」


「すーずね! おはよーっ」

「えぇ、おはよー。ですわ」


「やっほー鈴音。調子はど?」

「それはもう、すこぶる元気ですわ。今日も楽しく過ごせそうです」


 ———その選ばれた者が集う学校の中で、鈴音は一際周りからの人望が厚い。

 二人が正門近くを歩いていると、方々ほうぼうから鈴音に声が掛かる。それら一つ一つに笑顔付きで短い返事をするのが、彼女の朝の日課だ。

 一人一人対応したい気持ちはあるかも知れないが、何せ鈴音を呼び止める生徒の数が多い。その全員と話し込んでしまっては、彼女の無遅刻無欠席の記録が途絶えてしまうため、最低限の挨拶で済ませる他ない。

 

「それにしても、相変わらずお姉様は人気ですね」


正門を通った直後、鈴音の少し後ろにつけるようにして歩いている琴美が言う。


「———えぇ。本当に、有難いことですわね。こんな私に声を掛けて下さる方が多く居るなんて、とても光栄ですわ」


 いつもなら軽く冷やかしてきそうなものだが、周りの生徒の目もあるからか、学校での鈴音の振る舞いは神妙だ。

 美しさに兼ね備わった凛々しさと、その人当たりの良さ。それでいて成績は常に優秀とあれば、これだけ慕われるのも理解できる。

だが、その一方で────。


「そういえば…琴美が私以外の方と話しているのは見たことありませんわね。やっぱり、まだクラスには馴染めませんの?」

「あー…。まぁ、そうですね…」

「そうですか…。でも、仕方ありませんわね。記憶を失くしてしまっては、以前のお友達とも話しづらくなりますもの。これから少しずつ、関係を戻していけるといいですわね」

「…はい。頑張ります」


 何の気なしに、鈴音にこの話題を振ったことを琴美は後悔した。

 鈴音は、琴美が誰とも話していないのは記憶喪失となったのが原因だと思っているようだが、それは恐らく違う。

 はっきりとした確信を持って言えることではないが、琴美には元々友達と呼べる存在がいない。もし居るのであれば、向こうから何かしらのアクションがあるはずだ。しかし、琴美が約2週間通った中で、それらしい行動をしてくれる人物は見当たらなかった。

 琴美には友達はいない。それは確信には至っていないが、彼女が学校で過ごして導いた答えだった。


 ———それだけなら、まだ良かったのだが。

 

(ごめんなさい、お姉様。多分、私は———)


 避けられている。

 それが、琴美が更に得た答えだ。

 明らかに不健康なその体躯だからか、高校生にしては異質すぎる白髪だからか。それとも何か別の要因があるのか。明確な理由を記憶喪失の琴美自身には知る由がない。

 しかし、周りの生徒からの視線や態度、扱いが琴美に避けられている、ないしは嫌われているという考えを抱かせた。

 誰も手を出してくることがないのは、喜ぶべきなのだろうが。

 

(一体、前の私は何をしていたんだろう…。何かわかる方法があればいいんだけど)


 どうにかしようにも、動けば状況が悪化する可能性がある中では、何も知らない琴美はただじっとしているしかない。

 

「はぁ…」

「どうしましたの琴美。そんな大きなため息ついて」

「あぁ…、いやなんでもないですよ」

 

 琴美の唐突の溜息に、鈴音が訝しげな表情を見せる。それを「気にしないでください」とでも言わんばかりにひらひらと手を振った琴美を見て、不満足げな表情を残しつつ鈴音も正面に向き直った。


「というかそろそろ時間も危ないですね。急ぎましょう、お姉様」

「…あら、本当ですわね。今日はちょっとゆっくりしぎましたわ」

「金曜だからって気を抜いてると、ボロがでますよ」

「ちょっと、ボロってなんのボロなんですのよ!」


 毅然とした姿勢を崩し、思わず素が出てしまった鈴音をおかしく思いつつ、「そういう所です」という言葉を、琴美は彼女の体裁の為に飲み込む。

 依然として拭えない不安や悩みはあるが、鈴音と過ごせるなら何も問題はない。

 そう、琴美は思った。


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