海市蜃楼
うなじに設けられたポートから
「そいつを最初に見たのは?」
「いつだったかな……そんなに前じゃないはず」
「その日に見た動画とか、誰と話してたか覚えてないか」
玲希は頬杖をつきながらうんうん唸りはじめた。椅子の背もたれを軋ませて、風見鶏のように小さく左右に揺れている。
「あ、思い出した」
「本当に?」
「
「テ……何?」
「サイバネとかのレビューとか通販やってんの。知らない?」
「まったく」
遅れてる、と言わんばかりの視線が八に突き刺さる。そもそも年が離れているうえに裏稼業の彼が表の流行を知っているほうが変だとも感じるが、玲希はこういうところ容赦がない。耐えかねた彼はこちらを顎でしゃくる。「さっさと仕事に取りかかれ」のサインだ。
膨大な履歴から無関係なものを除外して絞り込んでいくと、この時点で残った候補は十数個だった。かなり数を絞ることができたが、それでもテクノマンサーはほぼ隔日で配信をしていたので、到底すべてを調べあげる気にはなれなかった。
「いつの配信を見てたときだ?紹介してた製品とか覚えてないか?」
「んー、たしか発射すると自動的に警察に通報する機能つきのピストルだった気がする」
「なんだそりゃ、まるで使えないじゃねえか」
「警察が来るまでの自己防衛用だから。兄貴みたいに先制攻撃する人と違って」
「最近のお前、なんか一言多いんだよな」
信じがたい話だが、通報ピストルは実在した。しっかりレビューも配信されていて、日付は二ヶ月半ほど前。画面上では黒髪を撫でつけた二枚目風の男が丁寧な手つきでピストルをいじくり回している。すぐさま日付で検索をかけ、その日の履歴をチェックしていく。通販にニュース、そのほとんどは関係なさそうなものだが、ひとつだけ引っかかるものがあった。簡素な保護がかけられたドキュメントで、中身は玲希の家族が住んでいた土地の行政記録だった。
「ああ、これ……自分がどんなとこに住んでたのか気になって調べたんだよね」
「こういうのは機密じゃ?」
「戦後は大混乱になったんだ、行政の記録ぐらい流出したとて気にも留めないだろうさ」
大戦時の政府機関から流出した文書はいまでもネットにごろごろしているが、そうしたファイルには流出させた攻撃者の仕掛けたトラップが潜んでいることも多い。案の定というべきか、彼女がダウンロードした文書にもパンくずが仕込まれていた。これは攻撃者と攻撃対象の間に
幸いだったのは、玲希はまだ義体化をほとんど行っていなかったことだろう。
侵入経路が判明したなら話は早い。バックドアを封鎖し、建物内のネットワークに防壁を張り巡らせて移動を制限すれば──
「兄貴!七兄さん!」
驚いたように声を張り上げる玲希を振り返ると、そこに男が立っていた。
八でもなく玲希でもなく、静まり返った部屋の中でその男はまさに異物だった。
背丈は普通で、八よりはいくらか低く見える。年のほどは四十過ぎから五十路に至るかといった具合で、
この男は室内にいる三人全員の視界に存在しているが、この場に実体がある生身の人間ではない。それはすなわち、この電脳に施された軍用等級の防壁をも突破して視界に侵入してきたということだ。グレードこそ劣るが、八も民製では最高級の防壁で身を固めている。軍用を含む三つの防壁を同時に破る技術はとうてい人間業とは思えず、電脳で絶えず発火するニューロンが恐怖や焦燥の感情を生成していくのをありありと感じた。
「これほど早く見つけられるとは」
「遊びに来たわけじゃなさそうだな。何が目当てだ?」
「こう言っても信じないだろうが、私はこの子、玲希の父親だ」
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