学壊一時有余

「あ、七哥七兄さん。久しぶり」


「久しぶり、玲希リンシー


「冷たい妹だこと、実の兄貴には挨拶なしか?」


ね」


「反抗期が来たらしい」


 姚玲希ヤオリンシーは八の妹にあたる少女だ。もっとも、ほとんど血は繋がっていないので八の姓が姚というわけではないが。大陸にいた遠縁の親戚にあたる玲希を八の一家が引き取ったらしい。彼女のような大陸産まれの人間にはこの街に馴染めないはみだし者が多い。そうした人間からは独特な「孤独の匂い」がするものだ。同じよそ者のよしみか、彼女が幼い頃からよく相手をしてきた。そして、今では実の兄よりも懐かれているのが現状だ。難しい年頃なのだろうが、八のことを思うと少々気の毒な気持ちになる。


「当ててみようか、兄貴。爆薬切らしたんでしょ。この前のホテルのやつ」


「大当たり」


「なんであれだけ渡して一発で使っちゃうのさ」


「言っとくが七の提案だったからな」


「なぁんだ、それなら早く言ってよ!」


「優しい妹で兄貴は涙が出そうだよ」


 玲希の「工房」は廃業した飲食店の厨房を改造したもので、見るからに危険な物質を貯蔵していそうな青や黄の樹脂の容器や、そこからのように無秩序に伸びたチューブで埋め尽くされている。


に求められるのは教養と料理の腕前でしょ?だから両方を活かして爆弾作ってるってわけ」


「この街じゃ爆弾のほうが人気だしな」


「言えてる」


部外者にはめちゃくちゃに見える工房も彼女は完璧に把握できているらしく、機材をかき分けながら玲希は進んでいく。突き当たりの戸棚を開けてビニールに包まれた爆薬を取り出し、彼女は振り返る。


「はい、前と同じ200gね」


「どうした?今日は晩メシたからないのか」


「ああ……それなんだけど」


「なんだよ、急にかしこまって」


 玲希の灰色の眼はどこか遠くを見つめている。喉まで出かかった言葉を口にするか悩んでいるのか、彼女は固唾を飲んだ。しばらくして決心がついたようで、横に固く結ばれていた唇が開く。


「最近……なんかちょっと変でさ」


「何が?」


「視界の端に人がいたり……いきなり人の声がしたりするんだけど、本当にはいないんだよね」


「おいおい、変なワームもらったんじゃないだろうな……でなきゃアタマの病院だが」


「ちょっと、真面目に聞いてよ!」


「悪い悪い。七、どう思うよ」


「まあ、アタマの問題じゃないなら……誰かに侵入されてゴーストが見えてるんだろう」


「ゴースト?」


「ああ。人間の脳に侵入すると、たまに侵入者の投影が相手の感覚器に現れることがある」


「ずいぶんハイテクなストーカーだこと」


「そうなんだけど……なんていうか、キモい感じでもなくて普通のおじさんなの」


「普通のおっさんが一番怖かったりするんだよ。うちのボスとかな」


「今はまだ実害もなさそうだが、の勢力を削ぐためのスパイって線もある。それ以前に女の子に侵入するのは問題だしな」


八は玲希の肩を二度叩き、自信ありげな表情をこちらに向ける。その目はまるで「お前に任せた」と言っているかのようで、思わず肩をすくめた。


「それじゃ、かわいい妹のためにひと肌脱ぐかね」


「兄貴、この手の仕事は七哥七兄さんに任せっきりのクセに」

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