背水一戦

「これじゃ俺たちより先に建物が粉々にされちまうぞ」


 また一発の銃弾が頭上をかすめる。突風のような音を立てて飛来した弾頭は煉瓦造りの壁にめり込み、発泡スチロールのように粉砕した。20mm弾など、ほとんど砲弾と変わらない。いくら全身義体トータルボディのサイボーグでもこの破壊力を前にしてはひとたまりもないだろう。


 今日の仕事も単純な暗殺者ヒットマンのはずだった。東南アジアで電子ドラッグを捌いて勢力を伸ばしていた組織の要人がこの街に根を下ろそうとしていたのを、ヤクをとにかく毛嫌いしている我々のボスがお怒りになった。ところが標的はこちらの動向を嗅ぎつけていたらしい。ここまではたまにある話だが、今回にかぎっては相手がそれなりの戦力を投入してきた。軍のサイボーグでも粉砕しうる火力の兵器。拳銃弾ぐらいならよほど当たり所が悪くないかぎり弾き返せる義体でも、20mm相手では分が悪い。


「射撃の間隔的におそらく対物ライフルだろうな。機関砲じゃないのが救いか」


「バカ言え!どっちも一発食らったらお陀仏じゃねえか」


「弾幕じゃないだけマシだ」


また一発。八の頭上にあった水道の配管に命中して、生暖かい排水が頭に降り注ぐ。


「これ俺の血か?」


「お前にまだ血が流れてたとは知らなかった」


「クソ、このままじゃ本当に駆動液を垂れ流す死体にされちまう」


 砕け散った鏡の破片を拾って、いくらか風通しのよくなった窓にかざす。鏡に射手の姿が映れば万々歳、見つからなくても相手の射的の腕はわかる。鏡面に反射した光明道ブライトロードの景色は、いつにも増して明かりが少なかった。


 通りの反対側にある小高いビルの屋上が光った。雷が落ちたような激烈な閃光と轟音の直後、鏡が粉々に砕けた。次は壁ごと鏡の持ち主を狙ってくるに違いない。相手が装填している隙に物陰から飛び出す。ドラム缶の背に身を隠した瞬間、さっきまで隠れていた壁には特大サイズの穴が空いていた。


「向かいの天空飯店スカイホテルから撃ってきてる」


「ならせいぜい150mってとこか。あのド派手な発射炎マズルフラッシュには見覚えがある」


Pvg m/42カールグスタフだな。博物館から引っ張り出してきたんじゃないか」


「戦車の進化で時代遅れになった武器がまさかサイボーグ狩りに再活用されるなんてな。は単発だから射撃の頻度が低いのも納得だ」


「八、セムテックスは?」


「いつでも持ち歩いてるとも」


「物騒な野郎」


彼がシャツの裾をまくり上げてベルト状に成型したセムテックスを露わにする。量にして200gはありそうだ。


「それをガラス片と混ぜて鉄パイプに詰めて、先端に信管を刺せ」


「OK」


 八は頭上で排水を垂れ流している壊れた配管を引きちぎり、ガラスや釘と一緒に空洞に爆薬を詰めはじめた。不格好なロケットのような物体に、彼は怪訝な顔をしている。


「俺がこれ持ってあいつを殴りに行くのか?」


「わざわざ顔を見に行く必要もない」


合点がいったのか、八は口角を吊り上げた不敵な笑みを浮かべる。ケーキにロウソクを立てるように信管をちょこんと刺し込むと、IED即席爆発装置の完成だ。


「俺が当たっちまう前に仕留めてくれよ」


「祈ってろ」


 八が物陰から飛び出して狙撃手の射線を駆け抜ける。


コンマ数秒後に発射炎が光って、着弾。八の背中を20mmの金属塊がかすめた。


そう遠くはない。


この距離ならば手投げでも命中させられる。


IEDの質量・重心、目標までの距離、風速・風向。


 すべての計算が終わった瞬間、助走をつけて思いっきり振りかぶる。穴空きの窓からホテルの屋上めがけてIEDの槍を放った。


鉄の棒は風を切って笛のような音を立てる。


弧を描きながらホテルの屋上を目指して飛行し───


着弾。


たった200gの爆薬とは思えない爆炎が上がって、ホテルの頭を削り取った。IEDの爆発を生き延びられたとして、あれだけ足場が崩壊すればどのみち残された道は落下死だろう。


「次は航空機銃でも持ってくるんだな」


 床に伏せていた八は起き上がり、ズボンの裾にシャツをぐいぐい押し込みながら口を開いた。


「おい……俺、死んだか?」


「いいや」


「今日もツイてたな。今度またヤオちゃんにお礼持っていって爆薬を作ってもらわねえと」


「本当にツイてたらそもそも狙われないだろ」


「……それ、俺も言おうとした」

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