物美價廉

「おやじ、もう一杯」


 また八のグラスが空になった。これで七杯目になるだろうか。グラスは手のひらに収まるほど小さく、酒造メーカーのロゴが印刷されている。どちらかと言えばコップと呼んだほうが適当なものだが、八はそれを次々と飲み干してはまた頼み、酔いをおくびにも出さず軽々と呷っていった。


「兄さん、急いで呑みすぎじゃないかね」


「いいんだよ!いまさら酔っ払えるような身体してねえんだ」


苦言を呈する頭巾姿の店主に、八は手をひらひらさせて返す。呆れた様子の店主がもう一杯グラスへ注ぐなり、彼はまた上機嫌になっていった。


「俺の新しい腕に」


「ああ、乾杯」


グラスを交わしてから一息に空ける。こちらに注いであるのは茶だったから、少々格好はつかなかったかもしれない。快気祝いというほどでもないが、八の義手が直った記念というわけだ。彼の得意分野は格闘戦なので、身体のどこかが故障する・壊れるといったことは日常茶飯事だった。それほどありふれた出来事を毎回こうも祝っているのは、彼が祝賀にかこつけた食事を好んでいるから以上の理由はない。


「おやじ、炒麺ふたつ」


「はいよ」


 注文を受けて、鉄板の上に食材が広げられていく。火の通りにくい具材から順番に、香ばしい油の香りと焦げ目がついていく。ソースを絡めて炒めはじめると、微かに甘い匂いが立ち昇ってきた。


「ここら一帯じゃの炒麺が一番だな」


「当たり前よ!いつから作ってると思ってんだ」


白い皿に盛りつけられた炒麺が目の前に置かれる。海鮮と葉ものの野菜をソースで仕上げたもので、目で見て匂いを嗅ぐだけでも……ずいぶん薄れたように思っていた食欲が腹の底から湧いてくるのを感じた。


 麺を口に運ぶと、鼻に抜けるような香辛料、おそらく八角の芳香がする。ソースはそれなりに濃厚だが、この八角があるおかげで塩辛さは感じない。麺は太く弾力があって、味の濃いソースと相性がよかった。


「どうだ、うまいだろ?」


八の問いに首を振って返事をする。恥ずかしい話だが、少々口に詰め込みすぎて声が出せなかったからだ。店主は満足げにうなずき、カウンターに白酒の瓶を置いた。八が勢いよく消費したせいで四割ほどに目減りしていたが、それでも料理に舌鼓を打ちながら楽しむだけの量は残っていそうだ。


「それを食うとみんな呑みたくなるって言うんでね」


「気が利くねえ、おやじ」

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