病打心上起

「やっぱり装甲板の噛み合わせがバカになっとる」


 ウー老人はくすんだ眼鏡をずらし、八の歪んだ前腕を検めている。黒騎士の鎧のような多節の装甲は酷くへこんでいて、衝突事故を起こした車のようだった。


「お前さんはトラックかなんかと戦ったらしい」


「ああ、まあ……重機みたいな奴だったな」


八は笑ってこちらに目配せをする。間違いない、と首肯して返す。


 八はやや大柄な体格の男だが、クラブで彼が戦った男はそれを凌駕する体躯を持っていた。小細工なしで戦えばおそらく勝率は三対七といったところだが、八はそれを十割に押し上げる「手品」を持っていた。能ある鷹は爪を隠す、ではないが、彼は実力を隠すタイプではない。にも関わらず彼の超頻オーバークロックが秘密を保っているのは、加速状態に入った八から逃げおおせた標的はいないからだ。


「修理する側の立場にもなってみろ」


 呉は後頭部から伸びたケーブルを整備用の機材に接続する。辮髪のように長いは老人の電気信号を伝達する役割を果たしていて、繋がれた途端に機材は無数の生命体のように蠢きはじめた。


「こいつ、イトミミズみたいで嫌いなんだよ」


「黙って座っとれ」


「はいはい」


 八の修理が終わるまでの間、屋上に出てぼんやりと海を眺めていた。超高層スカイスクレイパーやコンビナートから立ち昇る黒煙に阻まれてあまりよい眺望でもなかったが、それでも夜空の下で黒い水面を静かに滑りゆく船の灯りは不思議と胸に響くものがあった。黄土色の汚染された海でも、夜のヴェールをかければ美しいものに様変わりする。そのまがい物の美しさに、どこか心惹かれるところがあった。


 下に戻ったとき、呉老人はなにやら赤い布を広げて線香をあげていた。何事かと尋ねようとしたが、その前に口火を切ったのは八だった。


「爺さんが俺の運気が低すぎるって言うんでな、なんか……とにかくやってもらってんのさ」


呉の言うには、この儀式は対象者を神の養子とすることで運気や力を分けてもらうためのものらしい。今回の場合、八は怪我(損傷と言ったほうが適切か)があまりに多いので医神である保生大帝と養子関係を結び、息災を祈願するそうだ。


 養子の宣言を終えた呉爺は最後に神から養子の承諾を得るため、ポエを二枚取り出して床に投げた。これはコイントスのようなもので、表裏の組み合わせで神意を問うものだ。床に転がった出目は裏と裏。回答は「否」。どうやら八のような危なっかしい男は、いかに神とはいえ手に余るらしい。苦笑していると、呉はおもむろに筊を拾って再び投げた。赤い三日月形の木片が床の上で跳ねる。出目は表と裏。「肯」の目が出た。


「投げ直しとかアリなのかよ」


「劉備とて一度で諸葛亮を得たわけではない」


「まあ、爺さんがいいってんなら結構だが」


 最終的に八は養子の赤い布と、線香の灰が詰まったお守り袋を持たされて呉老人の工場を立ち去った。布を丸めて後部座席に投げ込んだ八は、早速というべきかお守りをルームミラーに結んでいた。


「お前、そんなに信心深いタイプだったか」


ゲンは担ぐタイプなんだよ」


ばたん、とドアを閉めると視界の端でお守りが揺れる。ルームミラーの角度を微調整しながら八が口を開く。


「七、来てくれてありがとよ」


「お前だって毎回ついて来るだろう。当たり前のことだよ」


「そうかね」


「そうさ」

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