野良猫の夢

砂上楼閣

第1話〜生まれ変わってもあなたと…

ああ、寒いな…


もうとっくに感覚の無くなったはずの手足が、凍えるように冷たい。


今は冬が終わり、春へと差し掛かった辺りだというのに。


ここ数日は、まるで初夏を思わせるような陽気だったというのに。


横たわるアスファルトに、熱が、命が吸われていく。


自慢の毛皮も、この冷たさだけは防いではくれない。


意識が、遠のいて行く。


もはや霞がかった思考で、ふと思う。


これでようやく、あなたの元へといけるだろうか、と。


何度繰り返した事だろう。


生まれては苦しみ、最期のこの時を迎えるまでただひたすらと生きるだけの日々。


人成らざるこの身を何度呪ったことか。


早くあなたの元へと行きたくて、けれど自ら命を絶つのはダメだから。


早く会いたくて必死に生きて、何度も死んでは生まれ変わった。


なぜ私にはいくつも魂があるのだろう。


たった一度、あなたと生きた十数年を抱いて旅立てていたらどれだけよかったことか。


繰り返した、独り過ごして生きた数回の生。


どれだけ虚しく、長く感じたことか。


たった一度の、初めて貴方と過ごした日々がどれほど満ち足りたものだったことか。


どうせならば、あなたと一緒にいきたかった。


もしかしたらとあなたの面影を探して当てもなく彷徨った日々。


けれど長くは探していられなくて。


野良はただ生きていくにも大変で、必死だった。


今度こそ、9回目の今度こそは、あなたとまた…


…………。


また、ダメだったのか。


どこかの建物の軒下と思しき場所で目覚めた時、悟った。


ここはわたしたちの、あなたの家ではない。


まだしばらく、あなたに会いには行けないらしい。


なぜだろう。


産まれてすぐ死んでしまう子だっているのに、こんな死にたがりばかりが長生きしてしまう。


我が子のために必死に生きる親が飢えて死ぬこともあるのに、なぜ私は最期まで生き永らえてしまうのか。


これまで、飢えることはあっても不思議と飢えで死ぬ事はなかった。


危ない目に遭うことはあっても、他の生き物や車などに殺される事もなかった。


毎日必死に生きてはいたけれど、あなたのことを探して転々と旅をして回ることができた。


どうしてかな。


死ぬのを邪魔されてるみたいだ…


…………。


「◼️◼️…?」


体がようやく育ち、早めの独り立ちをしてからしばらく経ったある日。


季節は巡り、繰り返され、新たな生でも何度目かの夏を迎えた。


長い梅雨を越え、初夏などあっという間に終わり、酷暑も生き延びた。


うだる残暑に辟易としながら、とある民家の軒下で休んでいる時だった。


どこからか、懐かしい響きがした気がした。


それは遠い昔、何度も聞いた覚えのある大切な言葉。


聞き間違いだろうか?


◼️◼️


それはあの人がよく言っていた言葉だ。


私に向かって何度も、何度も。


長く生きて、繰り返すことで、ようやくそれが私を指す言葉だと、名前だと知ったのだ。


何度も繰り返してきたが、人に飼われたのは最初の一回のみ。


後の生で人に飼われていた者に、名前というものを教わったのだ。


今世もまた野良で、毎日が生きる為に大変だ。


一箇所に縄張りを持って、狩場を見つける方が楽だとは分かってはいる。


しかし、どうしてもあなたを探してしまう。


一箇所に留まってはいられないのだ。


今は、生まれ育った町からいくつも川や山を越えた、どこかの民家の軒下が仮の宿。


すでに空き家になってしばらく経つのか、荒れ放題の庭。


家そのものは定期的に手入れがされているのか、荒れ果てた様子はない。


どこか懐かしく、妙に落ち着くのでしばらくはここを拠点にしていた。


これは珍しいことだ。


どうしてかいつものような、旅に追い立てる焦燥感はなかったのだ。


遠い昔のように、怯えることなく、ゆったりと眠る事ができる。


もう何度目かの最期は、ここで迎えるのもいいかもしれない。


酷使してきた体は衰え、最近は日がな寝て過ごしてばかりだ。


うとうと…


「◼️◼️…」


おや、まただ。


聴き間違えではない。


◼️◼️と、私を呼ぶ声がする。


夢うつつではあったが、無意識になぁぉうと返事をしてしまう。


知らず尻尾が揺れる。


◼️◼️と呼ばれるのは心地よい。


うつらうつらとしながら思い出にひたる。


もう最近のことでも思い出すのが億劫だったが、不思議と昔の事は鮮明に思い出せる。


近づく足音。


いつもならどんなに疲れていても目が冴えて身構えるのに、どうしてだか怖くも何ともない。


もう匂いまで分かる距離。


私の名前を呼びながら近付いてくる人影。


ああ、まだ夢を見ているのだろうか。


そっと、私に温もりが触れた。


懐かしい匂い、懐かしい感触。


そっと見上げてみれば、懐かしい面影。


そうか、あなたも生まれ変わっていたのですね。


それならそうと言ってくれたらいいのに。


知っていたら、こんな生き急ぐこともなかったのに。


もっと、もっとあなたと一緒に…


あなたに抱かれて、幸せに眠る。


もう、日々を転々と旅をして過ごさなくてもよいのだ。


ここが、この温もりこそが、私が求めていたものなのだから…


「父さんが昔飼っていた子にそっくりだ。◼️◼️。父さんが事故に遭ってからいなくなったっていう…」


あなたが何と言っているのかは分からない。


けれど、◼️◼️と呼んで、優しく温もりを与えてくれるあなたがそばにいる。


ならばもう、他には何もいらないのだ。


なぁぉう


また一緒だ。


今度こそ、一緒に…


…………。


私は温もりの中、再び微睡みへと身を委ねる。


もう探して回る日々は終わったのだ。


そろそろゆったりと、まったりと。


とりあえずは、寝てから考えるとしようか…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

野良猫の夢 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ