第4話 春の火曜の夜
「お前は毎回新しい手を使ってくるな。」
先月から始まった軍閣はだいたい火曜と日曜の夜に開かれる。セシーリアはいつでもよかったけれど、ヘルムフリートは委員会やら研究室やらで忙しいらしい。男子には研究室の制度がある。うらやましい。希望者だけだけど。女子にはその代わりに文化的教養のゼミがあるのだが、セシーリアが興味のあるような内容ではない。お花とか、被服とか。学問的なものだと言語学だけが開講されていた。ううん、語学にもあまり興味はない。
なので春の短期休暇はセシーリアは特にやることもなく、軍閣のことばかりを考えていたのだった。友人たちはこの短い期間でもいそいそと国に帰っていったけれど、自分は特に帰還要請もないのでスコリオに残ったのである。軍閣あるし。
「暇だからね。」
からかうように眉を上げてふっと笑う。相変わらず絵になるやつだ。人をおちょくる表情なのに顔面が整っている。顔が良いからって万人に許されるとおもうなよ。私は優しいから許してあげるけど。
「まあ、暇だろうな。」
一言余計だ。そういうの良くないと思う。
「モテないぞ。」
「それはない。」
むっとして言うとすぐさまバッサリと切られた。それを否定することはできないので口をつぐむ。フォルグとこの席以外でしゃべることはほとんどない。軍閣をしながらでも特にたくさん話をするわけでもないが…。いつも誰かに囲まれている印象がある。それは女子でも男子でも。
おかげさまで学年末の成績は中の下といったところで、いつもより少し悪いくらいだった。それなのにこの男はあろうことか学年3位。なんでだ、試験前日の夜に私と仲良く軍閣をやっていたのに。ちゃんと勉強しているんだろう、凄いなあ。
スコリオは春を迎えた。多くの国々の学校は秋から始まるが、スコリオは春から新年度が始まる。大陸にある葛の国の“サクラ”というらしい木々が中庭でピンク色の花を咲かせていた。満開の花々が風に誘われてまばらに散っている。うわあ、すごく綺麗。スコリオに残って良かったかもしれない。
相部屋の先輩は卒業してしまって、また同じく相部屋の先輩が卒業したという同級生が505号室にやってくる。そういえばフォルグと先輩は結局どういう仲だったんだろう。聞いたら彼はきっと普通に教えてくれるだろうが、聞くほど興味はない。
もうすぐ陣が張れそうだ。よしよし。
そんなことより相部屋の人とどう仲良くなるかが私の目下の問題だった。
「ねえ、相部屋の人って同級生?」
「そうだけど。」
「……どうやって仲良くなった?」
「……は?」
それを俺に聞くか、と続ける。なんだなんだ。男も顔面で陥落させたのか。
あ、陣とられた。
「今友達がみんな国に帰っているから聞けるような人がいない。」
「それで俺ってことか?」
「それでフォルグさんってことです。」
なんでこの人はしゃべりながら攻撃的な布陣をひけるんだ……?天はイケメンに二物を与えるということか。くそう、私もイケメンに生まれたかった。
「相部屋のやつが積極的なやつだったからな……」
「………。」
「お前、手詰まり早くないか?」
「ちょっ、静かにして。」
あれ、昨日私が考えた布陣が全く機能してないぞ。というよりもすぐ破られた。失敗だ。立て直せないしもうこのことは忘れて途中から始めた体で行こう、そうしよう。
兵を一つ動かす。
「……それでどうやって仲良くなったんですか。」
ため息を一つ吐いて呆れた目で見てくる。そんなことしたって顔が良いだけだぞ。
「やっぱり聞いてなかったろ、向こうが積極的な奴だったんだよ。」
「全く参考にならない。」
「悪かったな。参考にならなくて。それで相部屋の子の名前は?」
「それ聞いてどうするんですか。」
「知っている子かもしれない。」
プレイボーイもこういう時には頼りになるのか……。
ちょっと待った、まだ中盤なのに負けそう。しめしめ、みたいな雰囲気を出しているのがむかつく。一発逆転を狙って将を一つ動かしてみたのだった。
・・・・・
「ああ、負けた。」
「あんなに序盤でひどい手を打っていたら誰でも勝てる。」
「初心者になら勝てる。」
「初心者と張り合ってどうする。」
「それもそうだ……。」
うわー、とソファ質の柔らかい椅子にだらりと座ってなだれ込む。くやしい。
ふふん、みたいな顔で見てくるのやめて、敗因はわかっている。身長高いなちくしょう。
「そういえば相部屋の子の名前は?」
「ああ、えっとたしかルイーズなんとか……。」
「ルイーズ・ダンバル?」
「そう、そんな名前だった。よく知ってるね。」
「相部屋か、よかったじゃないか。」
「ん?」
「学年2位の成績優秀者だ。」
自分が載っているわけではないのでいちいち順位表は見ないのだが、なるほど有名人じゃないか。明後日転居してくる予定だがこれからはぜひ勉学面でお世話になろう。
「それから。」
「はい、なんでしょう」
「暇ならこの本でも読んどけ。」
立ち上がって受け取った袋はずっしりと重たかった。私に貸してくれるという本はどういうやつだ、あれか、勉強しろっていいたいのか。重さ的には1冊どころではなさそうだ。
「えっと、これは………本。」
「国から送ってもらった軍学の本。全部アサク語。」
「うわっ助かります!本当に助かります!ありがとう、本当にありがたい…!」
あまりの嬉しさにセシーリアの口から笑みがこぼれる。さっきの敗北なんてどこへ行ったのか、かなりテンションが上がっていた。興味があるものはどんどん知識が入るもので、図書館にある本は一回しか読んでないけれどほとんど内容は頭に入っていた。この春休暇で特に新しく入れられる知識もなく、うだうだと暇をするか軍閣のことを考えるかで日々を過ごしていたのだ。
中を見るとしっかりとした分厚さのものが5冊。そのうち2冊は大陸でも著名な本だった。読みたくて、読みたくて、でも読めなかったやつ。全部読んだことのないやつ。こんなうれしいことはない。どうせ明日も暇だからこの後部屋に戻ったら読んでしまおう、しめしめ。
いいことを企んだ、と言わんばかりに笑みを深めるとそれを見てなのかヘルムフリートはすかさず水を差す。
「お前このあと徹夜して読もうとしているだろう。」
ばれた。
そう思うと一変、絶望的なリアクションをとってしまった。いや別にばれてもいいか。
あまりにも表情がころころと変わるのがおかしかったのか、ヘルムフリートも吹き出す。おいおい顔面が強いぞ。ちょっとだけときめいた。人間ときめくと眉をひそめてしまうものなんだな、学んだ。
「別に勝手にしてもいいとは思うが朝食は8時までだからな。知っていると思うけど。」
あと口開いてるぞ、と付け足す。やっぱり一言余計だ。
「徹夜はやめておきます。」
それがいい。満足そうにうなずく。
おまえ、私のお母さんかなにかか?
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