恵みの行方②
この日、護衛艦ちょうかいは八丈島の沖合に居た。八丈小島を背にして、弓張重工にわざわざ発注した海護財団の標的艦へ向け発砲する。
標的艦は海護財団のノーザンプトン型巡洋艦に似た形状をしているが、硬さ以外は全てハリボテであった。
イタリア製のその砲塔は仰角を高く取れて優秀とされるが、威力は豆鉄砲で命中率はアメリカ製の砲塔の方が良かった。しかしどちらも戦艦からしてみれば豆鉄砲といわれてもおかしくない。
だが今ちょうかいの主砲から放たれた「46式軽炸重威弾」からは豆鉄砲とは思えない、圧倒的な破壊力を見せつける。
その破壊力はちょうかいの乗組員全体を困惑させた。
隆元「海護財団…どんなカラクリで、この様なものを」
光隆の父、相浦隆元。護衛艦ちょうかいの艦長を務めており、現在は海護財団の兵器を試す第404試験隊を率いている。
樒果「お気に召しましたか、艦長殿」
隆元「倅も驚くでしょうな」
樒果「あの子達にはSB弾として教えてますわ。軽炸重威と言うけど、サーモバリック弾の内部構造を少し見直しただけですわ。」
隆元「これは財務が武装の交換をしてくれなくなるでしょう。」
樒果はほくそ笑む。彼女もまた、ロートルな兵器でエイリアンをぶちのめせる存在を作れたと言う、出来に満足していたのだ。
…………
カーネリアン「大体調査は済んだ。にしてもまだ魔力源から微量に魔力の放射が見受けられるな…」
進矢「人間や、環境への影響は?」
カーネリアン「大した事じゃない。何ならみんな少しは魔力を持っているから、少し高まるだけ。ちょっと変な噂が立つ程度で落ち着きそう。君のおかげで調査が捗ったよ」
カーネリアンからの返答に、少し頭を掻きながらもこの先の草津の行く末を気にしていた。
成茂「そう落ち込む事もないぞ、今のお前が信じるもんを信じりゃいい。そんじゃお前ら、俺は来月の休暇にホテルで飯でも食べでっからさ!」
ヘリコプターに乗り込みながら作路は叫ぶ、戦友に「あばよ」は言わない。彼なりのポリシーなのだろう。
秀喜「そんじゃま、俺らは先に休暇取らせてもらうか。琴子、どこ行きたい?」
琴子「折角だし、草津温泉を周りたいかな」
進矢「お任せください」
………
光隆達が指宿温泉でゆったりしていた頃、草津温泉にて秀喜・琴子は進矢の案内で観光を楽しんでいた。カーネリアンと成茂は先に敷島の本部へ帰路につき、吉野兄妹と進矢はちょっとした休暇を味わっていた。
進矢「やっぱりいいわぁ…草津温泉」
秀喜「優秀なガイドを、タダで引き受けて良かったのか?」
進矢「いいんですよ、持ちつ持たれつですから。光隆達に良い報告ができるし、お客さん草津は初めてなんでしょう?」
琴子「そう言えば、温泉地って来たことあったっけ?」
秀喜「そー言えば無かったよな…」
進矢「それはそれは…別の温泉地では満足できなくして差し上げましょう!」
こうして始まった「草津温泉スキーオフシーズンツアー」。まず先に向かったのは捜査本部となった国際スキー場の下、西の河原温泉。
ここは広い露天風呂で有名だが綺麗な遊歩道が整備されていて湧く温泉が川となり流れる。流路は砂利道、歩道は石畳となっていて夜はライトアップがされる。スキーのシーズンでない草津を楽しむのに、非常に良いスポットだ。
秀喜「これはいいなぁ、ここでゆっくりしたい」
琴子「お兄、ゆっくりなら川内の旅館ですれば良いのに…もう」
秀喜「だなぁ、だがまぁ…ここもまた良い」
彼らの居る西の河原温泉公園は、熱い草津の湯を堪能した後の夕涼みとしてうってつけのスポットであった。
………
次に彼らが向かったのは射的場。秀喜は仕事を思い出すからと嫌がったものの、いざ入ってみると懐かしい縁日の様な雰囲気を思い出す。
パァン
豆鉄砲そのものである射的、秀喜はやはり本職であるからか狙った獲物は逃さなかった。
一方で琴子はと言うと、全くもって射的は下手であった。
琴子「なんで…?」
秀喜「若干ターゲットより上を狙え、そしたらきっと…」
パァン
2発目。しかし弾道は予測した方向とは明後日の方向へと行ってしまった。
秀喜「何だこのクソシステムは!」
進矢「まぁ射的ってこんなものですので…」
琴子「お兄、まだまだ!」
二度のコンティニューを挟み、どうにか目的のキーホルダーをゲットした琴子。今月もう成茂と飲みに行けないなと悟る秀喜だが、妹が喜ぶ姿を見れて良かったなと思うと同時に進矢の脳天に拳骨を喰らわせた。
………
進矢「イテテテ…八つ当たりですよ今のは」
秀喜「いや、何となくだ。俺の町じゃ当たり前のことだからなぁ」
琴子「お兄は進矢くんの事、財団の一員として認めてくれてるんだよ。」
湯畑を眺められるベンチに腰掛ける三人、滔々と流れる熱き大地の恵みを前にして彼らはソフトクリームを食べていた。
進矢「財団の…一員?」
琴子「多分、興一くんが居たら制止されてたと思うけど私たちの住んでいた所は割とそう言う…スラムみたいな所だった。」
秀喜「んで俺は、どうにかして一旗上げたかったんだ。カッコいい奴になりたかった。その為に団を立ち上げたんだがな…恥ずかしい話だよ」
進矢「お客様の身の上話を聞くのも、ガイドの仕事ですから。」
………
二人は昔から仲のいい兄妹であった。しかしながら家は貧乏で、築60年越えのアパートで細々と暮らしていた。片親は戦災で失われ、母親の手で育てられた。忙しい母の代わりに頑張る秀喜だったが、いつしか「カッコいい」を探究する様になった。
その時、図書館で不良漫画を発見してワルの道に進む…と思われていたが、やっている事はいじめられっ子を助けていじめてる奴をボッコボコにしたり、困っている老人への道案内や道の掃除などであり格好だけが不良になっていた。
結果として地元では有名な賊の頭目にまでのし上がってしまった。しかしいつしか悪い噂が立ち、秀喜は親に失望されてしまった。
以降、育ててくれた母への信頼を取り戻すべく仲間と共に海護財団に入ったのだと言う。
秀喜「まぁ…小っ恥ずかしい昔話さ」
進矢「今は…お母様とは?」
琴子「まぁ、文通はしてるけど…私は教育系の大学に進もうとしたけど財団に入らなきゃダメになっちゃった。」
進矢「なれますよ、貴方ならいい先生に」
……………
……
翌朝の事。オーバーカムは鹿児島県薩摩半島南端にある指宿の山川港を出港し、一路内之浦宇宙空間観測所の沖合へ向かっていた。
この日、実は人工衛星の打ち上げが行われるので光音がどうしても行きたがったのだ。
このロケット発射場は大隅半島南端、禰寝と言う難読地名で有名な南大隅町の隣、肝付町に位置していた。
「5・4・3・2・1」
爆煙を伴い、空高く舞い上がる。遅れてやってくる轟音、ミサイルなんかよりも大きな大きなロケットが、宇宙ステーションに物資を補給すべく空へと旅立った。
光音「すごいなぁ…やっぱり」
光隆「逞しい、だけどすぐに見えなくなっちゃった。」
こういち「宇宙へ向かう人の想い、こんな時なのに凄いな。」
カンナ「理解出来ませんわ…」
陸唯「理解しなくてもいいんだぜ、こう言うのはすごいと思ったらすげぇんだから。な、光隆?」
光隆「そうだ!」
ニシシ、そう笑う光隆。いいものを見たからと満足げな一同。船を南西へ進める。
………
光隆「あれれ…間違えたかなぁ」
光隆は羅針盤を見ながら頭をかく。種子島の方向へと進んでいたはずが、どうにも当初の目的地である沖縄の方角に進んでしまっていたのだと言う。
掛瑠「弘法にも筆の誤りがあるんですね…」
光隆「船を東に進めるぞ、光音!」
光音「あれ…何あれ」
光隆の横で光音が呟く。
光隆「ん…あ、まさか!」
有理「レトキシラーデ?」
光隆「すぐに光音は艦橋に戻って船を動かせ、掛瑠と有理は船の後方に移動。あいつ舵切ったら後ろっからくるから見張ってくれ!」
光隆の迅速な指示に三人は従う。代わりに光隆の横に興一が飛び乗って来る。
こういち「動きが違う…もしや」
光隆「光音!回避だ!!」
光音「もうやってる!」
こういち「遊撃タイプ…とうとう太平洋にも現れたか」
光隆「遊撃タイプ?」
こういち「大西洋戦線が押されまくって、米国が一時期フロリダを放棄した原因。高速高火力、それでいて単騎での奇襲を得意とするタイプだ。ニューヨーク沖でも最近ドンパチがあったらしい。兎に角今この船じゃ勝てない」
光隆「帆を畳め、強行脱出だ」
光音「有無も言わせない…LA15を出すイトマも与えられてないのね。魔石の出し惜しみは無し、今は逃げる事に集中!カンナ!」
カンナ「何なんですの!これグラバー家の所有物、財団が勝手に」
光音「貴方が死んだらお家断絶なんでしょう、今は逃げるよ」
チョウナ「陸唯!1番後ろのマストをパージ、一撃でも荷電粒子砲を当てれれば良い。牽制にしかならないけど、お願い!」
陸唯「お、おう!」
掛瑠「牽制と言わず、手負にしてやる。有理、タイミングを教えて」
チョウナは後方で見張りをしている掛瑠と有理に連絡を取った。掛瑠は牽制よりも足止めをして時間を稼ぐ腹積りのようだ。
光音「作戦は分かった。でもどうやれば?」
有理「敵が避ける方向を探る。そしたら必ず敵が自分の後方に付くように動いて」
光音「分かった、そしたらチョウナがやるのね」
陸唯「探るんなら、1発目はこれだぁ!」
陸唯は自身の精一杯の力を振り絞り、最後尾のマストを引き抜き、遊撃型にぶん投げる。
光隆「やっぱり避ける。陸唯、有理、掛瑠、頼んだぞ」
有理は頷くと、触手をバズーカ状にして狙いを定める。そして敵に向かって撃ち放った。
有理「避ける…このぉ!」
第二射、されど遊撃タイプは必ず避ける。
掛瑠「懸氷・ガトリング!!」
渾身の猛攻、されどもやはり避けられる。30フレーム程の時間、有理は考えた。
有理「敵は必ず右舷に逸れる…」
掛瑠「!?」
有理「チョウナ、掛瑠が氷塊で牽制する。そしたら…」
チョウナ「わ、分かった!」
掛瑠の献策と有理の高い動体視力、この二つを興一は見抜いていたのだろう。
有理「今だ!」
掛瑠「当たれ!」
掛瑠が放った氷の塊は避けなければ必中のルートを取る。しかし敵は右舷へと逃れ、オーバーカムに肉薄を試みる。しかし、肉薄し仕留めると言う習性が祟った。
光隆「南だ!」
光音「お願い」
光隆に言われた瞬間身体が動く。敵が自分からして真北に逸れたのだ。そしてチョウナの照準が敵を捉えた。
チョウナ「失せろ」
二本の赤い閃光が一瞬のうちに敵を襲う。遊撃タイプレトキシラーデは途端に狼狽え、悶えていた。
光隆「しっかり掴まれ、光音ェ!!」
光音「両舷全速前進」
敵が追いつく間も無く、光音操るオーバーカムは敵の認識圏外…即ち半径20Kmを超えてゆく。
「レトキシラーデ認識境界面より中型財団艦、離れる。」
「間も無く“ちょうかい”認識境界面に突入」
隆元「軽炸重威弾用意」
「軽炸重威弾、主砲にセット」
「敵認識境界面に衝突、このコースでの滞在時間後20」
「遊撃型早い、15秒で攻撃されます!」
隆元「放て」
下される鉄鎚、海護財団から受領した兵器の一つ「軽炸重威弾」。護衛艦の12.7センチ砲と言う艦艇としては低威力の攻撃しか出来ない主砲で、かつての戦艦級の大火力を投射できる様に開発された存在。
カラクリは不明だがその威力は絶大であった。周囲に放たれる衝撃波は原子炉を電源に用いたカルメア級の15.5センチリニア砲弾4発と同格。貫徹力よりも周囲への衝撃波が尋常では無かった。
「認識境界面ごと離れる、敵の撤退を確認」
「いやはや艦長、馬毛島での試験の筈が早速実戦とは…」
隆元「だが幸い、レトキシラーデに効力があるどころか連中の荷電粒子砲の倍の威力を見込めるな。2発撃ち込んだか」
「はい」
隆元「避けなければ真っ直ぐ向かってくる、新型弾頭と遊撃型のデータを即座に市ヶ谷に送れ」
隆元は戦闘の全容を振り返り、レトキシラーデの戦術になにか変革があったのかもしれないと思案する。
隆元「逃げる事を覚えたか?」
………
海護財団本部、CDC。ここで景治と双樹が対談していた。と言うのも、単なる立ち話に過ぎなかったが。
双樹「そちらの計画はうまく行きそうじゃないか。」
景治「君の方は、どうなんだい?」
双樹「ぼちぼちってところかねぇ、所で私を呼び出した理由って何なのですかい?」
景治「イエメンに帰る前に、よって頂きたい場所があって…」
双樹は目を丸くした。だがすぐに、自分で良ければと承諾する。
……………
……
光隆「全員…無事か?」
有理「こちら後部甲板、松浦有理、相浦掛瑠ほか一名。しっかり居ます」
掛瑠「兄さん…」
陸唯「俺の名前も呼べや」
光隆「艦橋も、全員無事だ。三人の活躍と、光音とカンナとチョウナのおかげだ」
信之「あ、見えました」
こういち「種子島!」
全力で逃げたその先、平たく細長い島。古来から魚介と米、そして鉄が豊富に採れる黒潮の島「種子島」。この旅の第一目的地に到着したのだった。
………
この日光音は、日本の宇宙好きの聖地二つを巡る事になった。一つは内之浦宇宙空間観測所、そしてもう一つが…
光音「ここが…種子島宇宙センター!?」
世界一美しいロケット発射場、それがこの種子島宇宙センターである。緑の草木と海の美しい青ののコントラストに、最先端技術を詰め込んだロケット。彼女の横にいる光隆も、とても喜んでいた。
光隆「泳ぐぞぉぉぉ!!」
こういち「待ちなさーい!!」
泳ぎたくなるのも当たり前の、そんな蒼の海をたたえるこの島は歴史も興味深いものがあるのだと言う。
掛瑠「古来から米が取れる豊穣の島で、遠くの海底火山から流れ着く砂鉄と黒潮で流れてきた船が、鉄砲を伝えた…かぁ」
光隆「黒潮ってスゲェだろ、やっぱり。だから泳ぐぜ俺は!黒潮を感じて、超えてぇんだ!!」
こういち「だからまだ、君は泳ぐなぁぁぁ!」
何かについて興味のある三人、しかし日焼けが嫌だからと木陰で彼らを眺める有理だけが、何か憂鬱な表情をしていた。
アビリティアチルドレンズ-光妙の鋼- 宮島織風 @hayaten151
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