眠り続ける者
長崎の沖に旭が昇る。されどこの日は雲が出ており、水平線から飛び出た太陽がすぐに雲に隠れてしまいほのかに薄暗いままだった。
光隆達はこの日、沈没船へとダイビングしようと魔導実験艦オーバーカムで五島の沖合へと辿り着いていた。
光隆「よぉし潜るぞ!」
こういち「ちょっと待て!君以外全員そこまで潜れないんだよ」
光隆「何だよ興一さん」
こういち「水深50メートルはある。それに海底遺跡とかプロのインストラクターが居ないと無理なんだ。あの時僕が無理と言っとけば良かったけどさ…」
光隆「そんなのいらない、俺の能力で海水から呼吸出来るから。」
光音「あ…あの時の?」
過去の記憶を反芻する。はじめて彼と会った時、海の神秘を教えてくれた時の事だ。海の中なのに息が出来た、彼の能力のおかげだった。
光音「懐かしい、あの時の…」
光隆「今日は水温低いから気を付けろ。でもカツオノエボシは居ねえな、クラゲも少ない。5月にしては磯焼けもしてない、いい海だ。」
信之「僕と興一さんは上で待機して皆さんの介抱をできる体制を整えときます。昨日の鯛茶漬けのスープ、温め直しときますので。」
光隆「潜らなくていいのか?海の中だぞ」
こういち「信之くんも行ってくるといい、僕ひとりでどうにか出来る。」
充分な準備運動の後、彼らは二班に分かれて潜ることにした。片方が大変なことになった時、片方が助けることができる体制にしたのだ。だが光隆だけは、今回の潜行の要である為に二回とも潜る事になった。
第一班、光隆・陸唯・信之・チョウナ。彼らが船体前方の甲板から吊るされた縄梯子を降り、海へと潜る。まず先に光隆が海の中を確かめ、海面にてサムズアップ。
それからチョウナ、信之、陸唯の順に潜水を開始。
チョウナ「本当に、海の中で呼吸ができる…!?」
陸唯「光隆は凄いんだぞ、本当に」
信之「うわぁ、すごいや」
こういち「だけど水圧と海流には気を付けろ、流されたり潰されたりするからな。後クラゲとサメ、あいつらもやばい。逸れないでね」
興一も少し潜り彼らに忠告する。それから彼は浮上し彼らを光隆に委ねた。
そして光隆は彼ら二人が迷わないように興一から命綱を託されていて、チョウナと信之はそれを伝ってゆく。
暫くそうしていると、目の前に大きな影が現れる。海の中に溶け込むひかりが、それを明瞭にしてゆく。
光隆「これが…」
チョウナ「伊号402潜、二次大戦末期にアメリカのアキレス腱こと“パナマ運河”を破壊する為に作られ、遂にそれを全うすることが無かった悲運の潜水艦。あぁ…美しく儚い」
信之「判官贔屓にも程が…にしても、ちょうど太陽が出たのかな、海の青にこの船は似合う。」
陸唯「綺麗だなぁ」
薄明光線に照らされた、巨大な黒鉄の廃墟。それは巨人の頸動脈を切り裂く為のナイフ。報われずに棄てられたそれを少しでも慰めるかの如く、陽光と珊瑚が祝福している。
チョウナ「光隆、中に入る事は出来ない?」
光隆「あぁ、出来るぜ」
彼らは潜水艦の横っ腹を登る。甲板には飛行機を飛ばす為のカタパルトと、円筒形の格納庫が存在していた。されど破口などは見当たらず、甲板からの進入は不可能であった。
チョウナ「晴嵐がここで出撃の時を待っていたのか」
陸唯「セイラン?」
チョウナ「伊400型が載せていた攻撃機」
光隆「おーい、こっちの船底ほげてた!」
光隆の方へと向かうと、着底した衝撃のせいか亀裂が走ってる部分があった。どうやらバラストタンクの様だったが、光隆は水の流れを読み内部への潜入口を見つけていたのだ。
チョウナ「とうとう謎に包まれた潜水艦の内部に潜入だ!!」
光隆「そこイソギンチャクあるから気をつけろよ」
信之「ちょわぁッ!」
陸唯「油断も隙もねぇな」
チョウナ「油断や隙を見せたら、もれなく彼らのご飯なのよ。多分」
光隆達が出たのは兵員室。されども米軍による接収・調査と長い間海の底に居たせいで腐食が酷く、部屋とは呼べるが当時の潜水艦乗りの生活は残っていない。
陸唯「でもこんな閉鎖空間に缶詰めとか、精神的に参るなこりゃ」
チョウナ「その分潜水艦乗りは他の船乗りよりも高い報酬が入るんよ」
信之「割りに合う…のか?」
光隆「〜♪」
ぐんぐんと奥に進む光隆。士官室に入ると、兵員室よりは若干マシと言える部類であり当時の計器類も多少残っていた。
信之「魚雷は…流石に残ってたら問題かな」
チョウナ「取り上げて、調べ上げてから沈めたんでしょ」
陸唯「諸行無常…ってコト?」
信之「わぁ…あ」
チョウナ「ハァ」
光隆「機関室、ヴァルター機関じゃねえな」
チョウナ「潜水艦用は無かった。あって局地戦闘機“秋水”の特呂二号原動機、その後も日本じゃ民主日本での72式魚雷位しか採用例が見当たらない」
光隆「光音の母さんが作ったレッドバルーン号にはあったのに…」
チョウナ「あれ言うて製造されたん10年位前やろ」
光隆「(´・ω・`)」
チョウナ「なんであると思ったの?」
光隆「父さんの漫画には書いてあった、だからあるかもなーって思って来たら無かった。それだけだ、次行こうぜ」
狭い沈没船の中、入り組んだこの船内を縫う様に泳ぐ光隆。まるで人魚の様であり、彼らを導いている。
改めて、信之は彼らの「異質性」を認識したのだ。
光隆「戦ってくれた皆様、そして伊号402潜水艦。俺たちはお前たちを忘れない」
再び沈没船から海底へと降りた彼ら、上に展開されて居る内火艇まで浮上する。この経験は、カンナや信之、陸唯達に刻まれた事だろう。
……………
……
その頃“望郷船団”を護衛していた筑紫艦隊はアラビア海を通過していた。現状海護財団の委任統治領となっているイエメンに身を寄せる為だ。
ボネット「マレーシア方面での戦況の悪化が、この長い船旅を強いてしまった。副司令、本当にイエメンに降ろすのですね」
双樹「あぁ…そろそろ彼らも限界だねぇ、船内の治安も悪化し刃傷沙汰が何件か報告されてる。これ以上の航海は不可能だろうよ。」
「副司令、2時半の方角よりレトキシラーデの大群。凡そ40、50…まだ増えます!」
双樹「全艦防衛陣形、後方の船団は左舷10時の方向に向かい増速。丁字戦だ、第二遠征打撃群各艦で迎撃を行う。」
戦闘の口火を切ったのは筑紫艦隊だった。旧式フリゲート艦ローカスト級RF831が15.5センチ連装砲の速射、6発の50kg砲弾が小型レトキを撃破する最低限の火力である。
だが一体程度倒しただけでは戦況への変化は大きくなく、そのロゼア級はすぐさま猪突してきたレトキの一体に串刺しにされ破壊された。
「RF831大破!」
「Pct334破断!」
ボネット「旧式ノーザンプトン級で牽制、カルミア重粒子砲型を戦列へ」
双樹「いや、同程度の火力たる旧式カルミア級を展開したほうがいいんじゃないかね?」
ボネット「承知」
船団を守る様にノーザンプトン級が展開され、カルミア級4隻が肉壁として展開される。荷電粒子砲は15.5センチ連装砲が同時に放つ二本の光線で漸く一体を撃破できる最低限火力である。人類はこの荷電粒子砲の存在により連中と互角に殴り合うことができていると言っていい。
「敵の20%を撃破」
双樹「これ以上の犠牲は許容できない、重粒子砲用意!」
「新たな目標、21時の方向!急速接近」
ボネット「タンカー狩りの本命か」
双樹「護衛のカルミア重粒子砲型を新手に向けろ」
筑紫艦隊、即ち第二遠征打撃群の練度は財団屈指のものだった。的確に敵に艦艇をぶつけて各個撃破する体制に至る。
されど敵は多い、数に頼った戦法で逐次投入する様な奴等ではあるが、兵糧攻めの重要性は敵の方がよく知ってる様に思える。故に輸送の大動脈であるスエズ運河ルートを遮断するのは、効果的に人類を干上がらせることができる手段と言えた。
「フェリー1隻、流れ弾により轟沈!」
ボネット「何だと…」
双樹「今は置いておけ。守備隊大口径砲艦連動、重粒子砲、用意!」
「エネルギー充填スタート、セット26-28、及び13-17。ターゲットスコープ、オープン。」
粒子の加速が開始され両舷に接続された砲身に粒子が溜め込まれ、周囲との間に温度差が発生。空冷式故に蜃気楼のような物が生じて船の輪郭が少しぼやける。
「エネルギー充填、100パーセント。」
双樹「重粒子砲、撃て」
十文字の閃光、そして粒子の猛攻がレトキの群れを襲う。四隻から放たれた重粒子砲で漸く敵の群れを完全に取り除く事に成功する。
双樹「美しい、まさに人智の炎だ…」
……………
……
日本時間10:30分、第一陣と第二陣が交代する。海中の潜水艦を見て満足そうなチョウナ・陸唯・信之からカンナ・光音・有理・掛瑠に交代する。尚光隆は今回のダイビングの要なので引き続き潜る事となった。
こういち「戻ってきた三人は即座に風呂に入って、低体温症が怖い。それと四人は光隆と絶対に離れるなよ、光隆も無理と判断したら即刻戻ってこい。」
第二陣が出発した。海の中は静寂が広がり、彼らは先程光隆が張った命綱を頼りに伊402潜水艦へと進む。
光音「久々だね、こうやってみんなで潜るの」
光隆「あぁ、海底神社以来だったっけ?」
数年前、彼らはレッドバルーン号を用いて館山の波左間にある海底神社へと詣でた様だ。それ以来のことで、光音はまだしも掛瑠と有理は海中での身体の動かし方について四苦八苦していた。
掛瑠「流される」
有理「ワイヤーを掴んで、そしたらあとはそれを伝って行けば良い」
掛瑠「でも係船索が切れてスリングショットの要領で大変なことになるって…」
有理「海底に重しで固定してるから、係船策とは違うのよ。だから多分、大丈夫」
どうにかワイヤーを掴んだ有理の手を取った掛瑠が、どうにかして三人に随伴できていた。
「海…還るところ?」
カンナ「何なんですの、その…海底神社」
有理「水難事故防止のために海の中に建てられたお社なの」
掛瑠「帆船の船首に像付けるのと理由は同じ、と言ったら分かりますでしょうか」
カンナ「何か…納得行きましたわ」
光音「光隆、後どのくらい潜るの?」
光音がふと気になって彼に尋ねる。しかし、何故か反応がない。そもそも海の中でこうやって会話出来ているのがおかしい話であるが、光隆の力によりそれが可能となっていた。
そんな光隆から応答がない、光音は訝しんだ。
光音「え、うそ…身体が」
前にいるはずの光隆の姿が、自分よりも海面に近い位置に浮遊していて、しかも彼の身体を通して海面が透けて見えていた。
光音「みんな、いますぐ浮上して。」
有理「それはな…アボボ」
光隆の能力の効果が切れ始めていた、即座に浮上しなければ三人の命に関わる。そして最も危険なのは光隆だと判断した光音は、踵を返しワイヤーを蹴り浮かんでる彼を救いに向かう。
光隆を掴もうと、光音は手を伸ばす。しかし彼の身体はまるで掌では掬えぬ水のよう。何度も救おうと足掻くが、最早身体の形状を保てていない様に思えた。
「斯くなる上は…」
そう心の中でつぶやいた彼女は、能力を展開して彼の周りに力場を発生させる。そして海面へと拳を突き上げた。
………
海面に顔を出し息を荒げる。先ほどより少し荒れた海面の波が、まだ自分はここにいる事を強く刻む。
光音「光隆、光隆!!」
能力の応用でどうにか掴む事ができた光隆を、光音は抱きかかえて船へと急ぐ。
「み…つね」
ふと光隆が零す。自分の存在がまだここにある事を、光音に示す為のものなのだろうか。少なくとも光音はそう、好意的に解釈した。
光音「何で…何で…ううん、無事で、良かった。」
光隆「あぁ…何でだろうな、帰りたくなった。」
こういち「二人とも、大丈夫か?」
光音「どうにか、でも色々と聞きたい事がある。」
こういち「分かった、重力浮遊で掬って空でいいよね?」
そう言うと、興一が自身の能力で二人を浮かせてオーバーカムへと運ぶ。そして甲板上へと降りたその時、先に戻っていた陸唯とチョウナが三人を迎えた。
陸唯「おいおい、聞いたぞ光隆。何で溺れたんだ?」
光隆「溺れた…?」
チョウナ「いや、それはあり得ないんじゃ?」
光音「そう、興一さん。どう言う事か説明して下さい」
こういち「三人と君から聞いた情報を総合するに、能力暴走が起こった可能性が高そうだ」
能力暴走、それは特殊能力が意図せずにその力を発現させてしまう事を言う。だがその説明でも違和感があった。
光音「でも、何故に光隆があんなに身体が海に溶けた様に…?」
こういち「それが分からない。島を破壊光線で削るならまだしも、何故溶けた…いや、能力が自分の意思によるコントロール下から外れた時点で暴走と呼んで良いけどさ…何故だ?」
彼はその経験上、何度かその場に立ち会っていた。しかし今回の光隆の件はイレギュラー中のイレギュラーであり、興一も頭を抱えていた。
こういち「光隆、今日以降暫くは海の中に入るな。入っても能力を使うな。原因が分からない以上、また同じことが発生するか分からない。」
光隆「…」
少し海が荒れてきている。雨は降っていないが風が強い。興一はヴァルター機関を動かして時化を避けようかと悩んでいたその時、近くに雷が落ちたような音がした。
……………
……
光隆「レトキシラーデ…!」
チョウナ「何で?米軍や国防軍から接近情報とか来てないよ」
こういち「この間の件で上層部連中が顔色悪くしたな、情報共有が遅れてるんだ。光音!」
光音「はい?」
興一「火器使用自由、奴らが戦列を組んでる間に火力で捻じ伏せろ」
光音はコクリと頷くとブレスレットに仕込んでいた圧縮空間筒を展開、LA15を召喚する。
光音「リミッターそのまま、1パーセントでも溜まり次第に撃ちます。」
こういち「リミッター1のまま被害を最小限にして撃つ、君らの初撃と同じだな。」
光音「光隆がダウンしている事も…プロトゲイザー砲、射撃可能最低限出力に到達。」
こういち「頼む」
光音「プロトゲイザー砲、発射!!」
凄まじいエネルギーの奔流が、堰を切ったかの如く放射され敵を包む。そして一瞬にして林立しているビルの様な大きさの怪物共を、薙ぎ払い全て跡形もなく消し去った。
チョウナ「一瞬で中型40体を撃滅した…?」
掛瑠「熱量だけでも重粒子砲の5倍以上、改めてこれで“最低限出力”とは…」
僅か一隻で、一瞬でこの破壊的な威力を発動できる。それがライラック艦の末恐ろしい所であり、これでも全く本領を発揮していないのだ。
光音「焦った…」
こういち「よくやった。戻って、すぐに風呂に入って、今日は部屋で休め。」
光隆「えー、嫌だ。それだったら俺は潜りたい」
こういち「駄目だ、本当は敷島に高速機を飛ばして君を身体検査に掛けたいところだ。しかしまぁ、大声で文句言える位には体調いいなら問題ないかな…」
掛瑠「それで良いんですか…?」
こういち「最悪の場合、景治司令が飛んでくるから…」
彼らは一路、ヴァルターエンジンを回して長崎港へと向かう。下手に荒れている海を渡るより、穏やかな内海に入る方が危険性が少なく消耗している彼らを休める事が出来るだろうと言う配慮からだった。
だがすぐに興一はその配慮が空振りだった事を知ることになるのは、また別の話である。
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