引き潮-2

 光隆が帰ってきた時にはたいほう率いる財団の輸送部隊が荷下ろしを終えていた。


 光音「もう、光隆…どこ行ってたの?」

 光隆「ごめんごめん、それとこれ」


 光隆は佐世保駅で買ったフィナンシェを渡す。


 光隆「好きだろ?」

 光音「う、うん。でも次勝手に出てったら許さないから」

 光隆「わかった」


 そこに陸唯がはしゃいだ様子で現れた。


 陸唯「光隆!オーバーカム見に来いよ」

 光隆「オーバーカムがどうしたって?」

 光音「あれ、もう終わったんだ」


 とやかく、光隆と光音と陸唯の三人は地下港に入りオーバーカムを見に行く。

 地下港特殊工廠にて、その異形の艦は鎮座していた。


 景治「やっときた。これが海護財団の現状の魔術と遊び心で改修した、新生“オーバーカム”だ。」


 景治の後、紅色の船を光隆は見ゆ。


 光隆「おいおい…これは」

 光音「あきらかに…」


 光隆・光音「帆船だ(よね)…!?」


 あろうことか、オーバーカムに大きなマストと帆が増設されて史上類まれな巨大機帆船になってしまっていたのだ。


 景治「どうだい、この船は」

 光隆「最高だよ、景治!やっぱ冒険行くならこう言う船じゃないと!」

 光音「うまく操舵できるかな?」

 景治「みんなで頑張らなきゃこの船は動かせない、一人の力ではなくみんなの力で。」


 景治の言っての通りだった。自動化の道を行く海護財団にしては、手を出せない運用思想。されどアルニラム隊ならばと、彼らの結束力を信じる事にしたのだと言う。

 だが彼らを励ます景治の顔に、この間以上の更なる険しさが浮かんでいた。


 光音「体調、悪いの?」

 景治「大丈夫、ちょっと午前中に急な仕事が入ったからね…今は本部の茜が対応してるから、今は仕事大丈夫。それよりも、君はこの先どう言った航路を取りたい?」


 光隆「それは…」


………


 オーバーカムに物資を積み込んでいる最中、掛瑠と有理が何やら樒果と話していた。


 掛瑠「という事は、カリブディスは暫く改修工事で使えなくなると?」

 樒果「そう、この技術試験が上手くいけばカリブディスはもっと強くなる。」

 有理「どのくらいの時間が必要ですか?」

 樒果「そうね、六月上旬までには返すよ」

 掛瑠「(元々科学技術本部のものでは…とツッコむのは野暮かな?)」


 掛瑠の心配をよそに有理から樒果に始動キーが返納される。


 光音「そういえば、冒険ってどこに行きたいの?」

 光隆「それは勿論世界一周だ!!」

 こういち「流石にLA15でも使わないとだね、今のみんなの実力を鑑みた場合は。」

 光隆「えーそんなぁ!?」


 ここでLA15を用いられて仕舞えば、光隆はオーバーカムの帆走ユニット装備を使って冒険できるワクワクを失ってしまうんじゃないかとがっかりしかけた。


 光隆「光音、LA15はしばらく封印してくれないか?」

 光音「あー…うん、分かった。」


 渋々了解した様で、LA15が入った圧縮空間筒をトレードマークの白衣の懐から鞄の奥底に仕舞い込んだ。その様子に景治はクスりと笑った。


 景治「君達らしいな。ただどこに行こうと、僕が君たちを守ると約束する。安心して行ってこい」


 「セイファート」と「たいほう」の汽笛が地下港に響く。


 景治「そろそろ行かなきゃだね。久々に2人と話せて嬉しかった。」

 光音「私も」

 光隆「俺もだ!」

 光音「姉さん、くれぐれも無理をし過ぎないで。」

 景治「わかっているさ、君たちも気をつけて行ってこい。」


 景治のコートが風になびく。不敵な笑みを浮かべ、その総司令は自らの艦へと戻っていった。


……………

……


 泰郎「じゃあ、うちらも帰るねんな」

 春子「おおきにでした。これからも泰郎の友達で居てな?」

 光隆「もちろんだ。じゃあな、泰郎!」

 陸唯「今度はもっとサッカーしようぜ」

 泰郎「あたぼうよ!!」


 そして進矢も「たいほう」の艦隊に随伴してある事を調べる事にした様だ。


 進矢「キマイラオート…なにやら胸騒ぎがする。ごめん、しばらくはこっちの調査をするから…」

 光隆「わかったぜ、また冒険行こうな?」

 進矢「ああ、絶対に」


 「オーバーカム」の左舷から「たいほう」が遠ざかる。その後に護衛艦やコルベットの群れが続き、佐世保江迎支部はがらんどうになった。

 最後尾、だがそれでも良い。寧ろゴチャ付いているよりも出港に際しての見栄えは今の方がいい。


 光音「全員乗ったよ」

 チョウナ「帆を張れ、出港する!」

 陸唯「了解!」


 陸唯がカラクリ仕掛けを引っ張る。すると設置された3つのマストから帆が張られてゆく。しかしそれは盲点が存在し、艦橋から外が完全に見えなくなってしまうのだ。


 光音「見えない…!?」

 掛瑠「見張り台の兄さんを信じるんだ」

 光隆「アルニラム隊・オーバーカム、出港だぁぁ!!」


 地下港から平戸の瀬戸に向かう追い風を背に、その数奇な帆船は旅立ちの日を迎えた。遠く、藤色の大艦隊とそれに混じる八角形を持つ船がよく見えた。


 光隆達はそれに信号旗で答えると、かの艦隊とは逆の進路を、平戸の瀬戸を北に征く。

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