引き潮-1

 2046年、5/18日。

 光隆は一人で、日本国防軍の護衛艦「ちょうかい」にのる父親に会いに海護財団の江迎支部から佐世保海軍基地に向かっていた。

 しばらく列車に揺られ、車窓は里山の風景をうつし、町に近づくにつれ人がごった返すようになった。

 佐世保駅にて、興一から電話があった。


 こういち「君いまどこに居るの?」

 光隆「佐世保駅、ちょっと父さん所行ってくる。」

 こういち「待ってよ、日本国防軍の基地に入るって事だろう。せめて紹介状持ってってよ」

 光隆「母さんが忘れもの届けに行った時のカード、俺今持ってんだ。それ使うよ」


 光隆が言っていたのは日本国防軍の共済カードであり、これを門番に見せるつもりだった。


 こういち「君がそうであっても、君の父さんは明らか今の僕では手に負えない。君は財団にも所属してる事になってるんだ、くれぐれも基地で暴れるとかするなよ。」

 光隆「しないって、と言うかなに心配してんだよ」

 こういち「第二次硫黄島沖海戦で特殊能力の有用性を証明した絶対相殺能力の持ち主、それが君の父親だ。わかってるな」


 第二次硫黄島沖海戦、レトキシラーデ大戦の初期に行われ自衛隊とレトキ群の間で発生した大規模戦闘の事だ。


 孤立した硫黄島の救援のため、護衛艦隊が補給物資を携えて向かうも既に硫黄島は陥落。硫黄島のマグマだまりのエネルギーを得たレトキシラーデが艦隊を襲う。

 パイルバンカーが逃げ遅れた艦を襲い、76ミリ砲では焼け石に水。12.7センチ砲でも牽制が精一杯と言う状態で、その時旗艦とされた「こんごう」の退却の為同型艦で後方にもVLSのある「ちょうかい」が殿(しんがり)を務めた。


 最大戦速で戦域を離脱するこんごう、その後方をまるで囮になるかのように低速で進むちょうかい。僚艦を沈めた無慈悲の鉄槌がちょうかいへと迫る。


 「鬱陶しい」


 ある一人の補給要員の言葉に、敵は狼狽えたかのように思えた。しかしそれは違う、勢いを「相殺」され更に神経系の電気信号やエネルギーの悉くを「相殺」され、行動不能になり生物学的な「死亡」を強制されてしまった結果、彼は強大な敵を深海へと沈めたのだ。

 その術を持つ者は日本国防軍にただ一人、相浦隆元その人だった。


 隆元は更に迫り来るレトキの勢いを相殺、レトキシラーデは「戦術」と言うものを知らない。ゆえに戦場において下策とされる「戦力の逐次投入」を行ってしまい、硫黄島のレトキシラーデはとうとう壊滅したのだった。


………


 そんな事はつゆ知らず、光隆はセキュリティを正当に突破して埠頭に見える六角形を目指した。これはイージス艦の特徴である「フェイズド・アレイ・レーダー」であり、日本初のイージス艦「こんごう型」四番艦「ちょうかい」のトレードマークであった。


 光隆「父さぁぁぁん!!」


 横たわるこんごう型護衛艦四番艦「ちょうかい」を前に、光隆は大声で叫んだ。だが呼んでも隊員は黙々と作業を続けたままだった。


 光隆「何でだ、何で居ないんだよ!!」


 「焦っても、何も良いことはないぞ」


 後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。光隆はその正体がすぐ分かった。


 光隆「父さん!」


 隆元「よく来たな。でも、待合室で待っててくれたらもっと早く来れた。」

 光隆「自分で探す方が早いかなって」

 隆元「お前なぁ…次からは待合室で待っとけよ」

 光隆「はーい」

 隆元「それより、お腹空いてないか?」


 隆元の案内で、護衛艦ちょうかいの食堂へと入る。今日は金曜日、艦内はスパイシーな香りでいっぱいだった。


 隆元「光隆、今日は何の日だ?」

 光隆「金曜日、だけど…あ!」

 隆元「そうさ、カレーの日だ!」


 国防海軍では金曜日は即ち、みんな大好きカレーの日だった。これは海の上で曜日感覚を失う事を防ぐための慣例で、艦や基地ごとに違った味付けがされているのだとか。


 光隆「おいしい!」

 隆元「だろ、うちの艦のカレーは国防海軍イチだ。」


 護衛艦「ちょうかい」ではチキンとトマトをじっくり煮込んでつくりあげた出汁に、特製スパイスを投入してサッパリと仕上げたスープカレーが振る舞われていた。それを光隆は一般人の倍の、隆元は光隆の倍の量を一人で平らげてしまった。


 光隆「すごい美味しかった、ごちそうさまでした!」

 隆元「ごちそうさまでした。んで最後になったけど、今日は何で来たんだ?」

 光隆「おれも今日出港するから、あとこれ」


 かれは列車の中でしたためていた手紙を出す。隆元が受け取り、その中身を開くとこう書いてあった。


 「父さん。いつもありがとう。学校は楽しいし、友達もいっぱい出来た。でも、おれは絶対に強くなる。いつか興一さんだけじゃない、父さんも超える。そして…」


 隆元は目を細め、手紙を懐にしまうと光隆の頭をがしがしと撫でた。


 光隆「っわぁ!」

 隆元「父さん期待してる、この領域“ゾーン”に早くこい。それとお母さんや掛瑠たちのこと、よろしくな。」

 光隆「あぁ!」


 ちょうかいの汽笛が、佐世保のすり鉢状の市街地にこだまする。


 「艦長、そろそろ」

 隆元「分かった。光隆、父さん敷島に行って新しいお船を貰ってくる。レトキシラーデを、ボッコボッコにするんだ。お前も頑張れよ」

 光隆「もちろん」

 

 親子はあつい握手を交わす。光隆はタラップから降りて、ちょうかいの出港を見送った。


……………

……


 掛瑠「…ここは?」

 有理「1番のお寝坊さんが起きたね」

 掛瑠「一番の…取り敢えず、憑き物は取れた感じがするよ」


 この男、相浦掛瑠はあの戦では意識を保っていたが緊張の糸が切れるとたちまち6日間も意識を切らしていたのだ。

 有理はまだ、あの戦いでこなした仕事は少なかったから昏睡せずに済んだものの都姫と共に世知原の温泉で湯治していたのだと言う。


 掛瑠「6日も寝てた…取り敢えずシャワー浴びてきます」

 有理「分かった、そしたら平戸城に行こう?みんな昨日行っちゃったから…」

 掛瑠「有理は行かなかったの?」

 有理「呼子の朝市にメイド長さんに連れてって貰ったの、信之に自慢されて少し腹立ったから」

 掛瑠「(いつの間に弓張家の方々と仲良くなってるんだろう…)」

 有理「元々関わり合ったよ?」


 それもその筈だ、掛瑠は自分を納得させてシャワーを浴びるべくお風呂に向かった。そしたら…


 「つめった!!」


 よく考えればその筈である。シャワーを最後に誰かが使ったのは夜であり、朝になったら真っ先にシャワーから出る水は冷たいはずだ。


 有理「やばい!」


 冷たい水に狼狽える掛瑠、そして不幸にも床に置いてあった石鹸に足を滑らせてしまう…。


 有理「わぁ…あ」


 流石の不幸のコンボに有理も唖然とするしかなく、掛瑠もこんなに恥ずかしい所を他人に見られては厭世的な彼であれど情緒が壊れてしまう。


 掛瑠「うぅ…もう、もう…溶けて死にたい」

 有理「また、またそんな事を!!」


 熱めのお湯を出すべくカランを回すも、有理はそれを左腕が変形した触手で食い止める。


 有理「正直なところ私のこの能力も望んでないし恥ずかしいよ、今あなたが恥ずかしいと感じているのと多分同じくらいには。これでおあいこ、平等よ。」

 掛瑠「…」

 有理「だからこれを理由に死ぬなんてしないで、平戸城に行くんでしょう?」


 カランから手を離す掛瑠、それを見た有理も触手を元の左腕に戻す。そして掛瑠は大人しく身体を洗い、有理が淹れたコーヒーに口を付ける。


 有理「どう、おいしい?」

 掛瑠「…ありがとう」


 猫舌な掛瑠の為に温度を調整したコーヒーが掛瑠の身に沁みた。しかし、この感覚に掛瑠は少し不思議さを覚えていた。


 掛瑠「不思議です、熱湯は身体を傷付けることも出来るのにこうやって身も心も温めることが出来るだなんて。」

 有理「そこまで不思議なことかな。包丁だって人を殺せるのに食材を切れるし、火も家とかを燃やせるのに身体を温めたりお鍋を温めれる。こう言うのは、使い方次第なんだと思う。料理そこまで得意じゃないけど」


 そう言いながらも、信之が用意して行ったBLTサンドを頬張る。掛瑠もそれを頬張っていたが、ふとある事に気づく。


「「サンドイッチ、お城で食べればよかった」」


………


 昨日朝の光景とはまた異なり天気に恵まれ、木々の緑と空の青に囲まれた平戸城を訪ねるにはうってつけの日だった。


 掛瑠「わぁ…すごい、平戸城。亀岡城とも言われ、三方海に囲まれ文字通り亀の背中に見える山に築かれた蹄廓式平山城。一度破却されたけど、綱吉公時代に藩主松浦鎮信公(武家茶道・鎮信流を作った方)の長男棟公が再建したんです。」

 有理「なるほど…」


 掛瑠「鎮信公の師である軍学者山鹿素行が縄張りを作った全国でも珍しい山鹿流のお城で、出っ張りを多用した塁線がキルゾーンを多量に形成してるんだ。オーソドックスだけど手堅いなぁ」

 有理「よかった、調子…戻ったんだね」


 平戸城に着くや否や掛瑠が嬉々としてこの城の歴史を語りはじめた。その姿を見て、有理は安堵した表情であった。


 掛瑠「この狭間と櫓門、そして後ろは崖。こんなの殺意の塊でしかない、こんなの攻めたくない。松前城の搦手が貧弱すぎて否定されがちな軍学だけど、松前藩が財政難で搦手の守りが弱かっただけ。やっぱり研究してるだけあって強い。」

 有理「(分からないけど、掛瑠が幸せならOKかな)」


 有理は歴史を知らぬ。並の小学生程度の知識はあるものの本分は生物なのだが、あんなに辛そうだった彼が笑顔を見せてくれたのだから歴史知識の壁は些細なものに感じた。

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