五島沖海戦-後章-
光隆「人の心に勝手に入って、抉り上がって!」
恙「木偶の坊は飯を食わぬのか?魚を、肉を植物を!」
光隆「そこじゃねえんだよ!!」
後方に振りかぶった腕に、水のオーラが流れ流動するまま増大。体長10メートルはある恙を飲み込む様な渦潮が形成された。
『ア ク ア ・ プ レ ッ サ ー』
渦潮が一気に収束、ひと束の大きな水柱となり恙の顔面に突き刺さる。その勢いたるや、LA15ミライの居る椛島-奈留島間の水道から椛島の南端を軽く300メートル越した先の凍った洋上にクレーターを作るほどだった。
光音「アビリティブースター無しに?」
こういち「作戦会議の時からパワーを貯めてたんだ、あの一撃はLA15のリニア砲より強いぞ…」
恙「何だ…あの餓鬼」
光隆「人間って言うのはなぁ、生き物って言うのはなぁ、みんな誰かに必要とされてるんだ!お前なんかが、その価値を決めて良いもんじゃねぇ!」
………
陸唯「俺たちの戦車も出せ!」
有理「承知した!」
カリブディスの船体側面ハッチが開かれる。ハッチがそのままランプとして機能し2両の中戦車チハが出撃した。
草津事変にてアルニラムが運用した車両のうち、残存したのは3両。1両は本部の博物館に残し2両がカリブディスに積まれていた。
陸唯「ひゃっほーい!」
進矢「バイプレーヤー、君はしゃぎ過ぎだよ」
信之「僕らでキマイラオートを倒し、陸唯や後続の成茂さん達が船を制圧する。」
進矢「前方より敵多数、主砲装填」
そこに船のもう片舷から飛び出して来た成茂のチハが合流する。
成茂「お前らも来んのかよ、危ねぇからカリブディスに芋ってりゃ良かったのに」
陸唯「んな訳行くか!親友が命かけたんだ、俺がかけなくてどうすんだよ」
信之「そうです、このチハで戦う事が」
進矢「自分たち出来る戦い方なんだ!」
チハのうち一両を陸唯隊、もう一両に成茂隊が運用する形だ。陸唯はチハから武装漁船へと飛び乗り、草津組と泰郎がキマイラオートにぶつかる。
成茂「ったくしゃーねぇな。お前らこっち!」
隊員達「ウェーイ!」
成茂「お前らあっち!」
隊員達「ウェーイ!」
成茂達もチハを指揮車に移乗攻撃を開始、船内に残る恙の眷属を撃ち殺しまくった。
信之「まさか…殺しているの?」
進矢「それは当たり前、いや致し方ない事なのだろう…そうするしか、守る手立てが無いんだ。」
信之「多数の為に少数を犠牲に…?」
進矢「僕たちも犠牲になるかもしれない。君はそれでも良いの?」
信之「それは…嫌だけど、こう…何とか。あぁもう!」
信之は運転手をしながらも、壁を叩かなければやってられなかった。無常すぎる、無情過ぎると言わざるを得ない状態を飲み込めずにいた。
その時、生き残っていた船から57ミリ機関砲が放たれる。チハの薄い前面防楯に直撃し、車内に衝撃が走った。
信之「うわぁぁぁぁ!」
進矢「このぉ!」
反撃、同じ57ミリの砲撃で機関砲を沈黙させると、陸唯がすっ飛んで来て武装漁船を破壊した。
陸唯「お前ら無理すんな!ヤバいと思ったら戻るんだ」
進矢「分かった。まだ大丈夫、それと…」
陸唯「なんだ?」
進矢「サッカーでは、シュートを打たれる前にボールを奪うんだろう?」
陸唯「あ…あぁ」
進矢「やらなきゃやられるんだろう?」
陸唯「だからやられる前に奪うんだ」
信之「命もなの?」
陸唯「これはサッカーじゃねぇ、ぼうっとしてると殺されんぞ!」
…………
……
総旗艦セイファート、ここは常に戦況の推移がモニターにて確認出来る場所だ。だがレーダーが使えない以上、大まかにしか戦況を把握出来ていない。
100万にも満たない兵力で残存地球人類48億人を救う必要から、無人化・省人化思考の強い海護財団にとって不慣れなマニュアル戦法だった。
琴子「第三遊撃隊、第四遊撃隊により後方のクライトゥス群壊滅。壱岐海兵予備隊の氷結水域への浸透も順調です。」
景治「そうか…作戦第2段階、アルニラム中隊に発光信号」
チョウナ「総旗艦から発光信号」
カンナ「ここぞとばかりに敵が撃って来ますの。」
チョウナ「無視して、海護財団の船は船底に核を撃ち込まれても無事なんだから!」
泰郎「了解」
思いの外冷静な泰郎に対してチョウナは少し興醒めしたのか、からかい始める。
チョウナ「そんな反応なのね。てっきり「なんでやねん!イギリスから来た外様なのに何故にそこまで信頼できるん?」とか言ってくるかなと」
泰郎「んな事言ってる暇ないねん、光隆が身体張って作ったチャンスを無駄にするな!」
チョウナ「承知…!」
敵の対空砲に対してミライが防壁を回し、沿岸戦闘艦四隻の被弾を防いでいた。そのバリアが低空に入った所で解除される。
光音「チャンスは一回。ここに接近出来るのもこれが精一杯、よく狙ってよ」
カンナ「ど、どうするのですの?」
泰郎「こちらでちゃーんと見えとる、わいが指示した瞬間に呪文を振ればええ!」
カンナ「承知しましたわ!」
山もスレスレ、椛島の特徴的な採石場へとオーバーカムは入ってゆく。
泰郎「今や、放て!」
カンナ「行って下さいまし!」
四隻の沿岸戦闘艦が投下される。地球の重力に釣られて四隻とも魔力源へと吸い込まれる様に入ってゆく。
光音「離れて!」
チョウナ「急速離脱!」
泰郎の「これ以上恙の被害者を出したくない」と言う思いが沿岸戦闘艦を銀の弾丸に変え、魔力源を破壊したのだ。
魔力源から強烈な断末魔が響き、空へと登る巨大な塩の柱が現れた。
オーバーカムは若干山肌にバルバスバウが接触するも辛うじて離脱、クライトゥス級の残骸の上を堂々と飛ぶ。
カンナ「やり切りましたわ…!」
泰郎「カンナさん、大丈夫なんか?」
カンナ「しばらく休ませて下さいまし…」
チョウナ「光音、この後作戦では」
光音「そうね、陽動でミサイルを撃ち切ったゴトランドとの交代。」
チョウナ「貴方はここからが正念場ね」
光音「そんなこと無いと思う」
チョウナ「信頼してるのね、彼のこと」
LA15は椛島の南にまわり、完全な恙陣営包囲網が完成したのだ。
そして、チョウナは覇気に満ちる光音を見て安心したのかLA15から離れ再び前線へと駆けて行った。
………
チョウナ「本艦は今から陸唯たちの援護へ向か…何だこれ」
オーバーカムの目の前に謎の物体が現れた。そしてそれは視線のあちらこちらに移動しながら迫って来る。肉薄した時、それの正体がわかった。
カンナ「キマイラオート!?」
そう。空を飛んで来たのはキマイラオート、それも謎に素早く空を飛んで来た。
ベリト「こいつは唯のキマイラオートではない。キマイラマトンだ」
泰郎「何やて?」
ベリト「魔導兵器に13センチ砲を積んだこいつの実力、見あがれ!」
チョウナ「対空戦闘!」
刹那、船体に凄まじい衝撃が走る。VLSが撃ち抜かれたのだ。
カンナ「きゃぁぁぁぁ!」
泰郎「畜生め…!」
チョウナ「このぉ、隔壁閉鎖。それから荷電粒子バルブも封鎖、1発で仕留める!」
前甲板左側面のVLSが次々と誘爆。船が姿勢を崩し左回転、そのまま海面へと落下してゆく。
チョウナ「この…っ!」
ベリト「もう1発だ、喰らえ」
半笑いになりながらキマイラマトンから放たれたトドメの一撃は右舷の荷電粒子砲の砲身に直撃した。
チョウナ「うわぁぁ!」
トドメに使おうとしていた荷電粒子が暴発。砲塔が吹っ飛びレーダーに破片が直撃、対水上レーダーはへし折られ対空用フェイズドアレイレーダーが損壊してしまう。
チョウナ「(終わった…ここは潔く、か…)」
ベリト「クソガキ共が、大人の邪魔をするからこうなるんだよ」
上空500メートルから急降下するオーバーカム、すぐに凍った水面が視界に広がり終焉を悟る。カンナは白目を剥き気絶、泰郎は慌てふためいていたがチョウナだけが静かに神に天獄行きを祈っていた。
………
「シールド展開」
チョウナ「!?」
捨てる神あれば拾う神あり。凍った水面に体を叩き付けられての死亡がほぼ確定していた彼女らを、陣地転換するゴトランドが掬い上げたのだ。
澪「よく戦った、少年たちよ。さてと…」
賢三「分かってる、アレを始末すれば良いんだろ。」
ベリト「な…的が増えたとして同じ事だ、こんの!」
13センチ砲が再び投射される。されどシールドに全て弾かれ側面に回り機関砲をぶつけるも効果なし。
ベリト「こいつ…クソッタレがぁぁ!」
それでもこの硬いシールドを突破しようと機関砲をバカスカ撃ちながら再び正面に回り、シールドごと艦を押そうとするも無力。
澪「ぶつかる」
賢三「いいさ」
そしてゴトランドとセイファートのシールドでキマイラマトンが挟まり、クシャという音と共に潰れてしまった。
イズナ「もう…危ないデース!」
賢三「済まんな、でも流石にキレてしまったよ。」
ゴトランドは即座に上空へとコースを変えて、セイファート率いる戦列に加わり光隆と恙の決戦を見守っていた。
澪「これ以上何も出来ぬのが惜しい、総司令…再出撃を具申します」
景治「ダメだ。僕らでも恙は制圧できただろう。だけど…新芽が泥を払いゆく方が、風流であろう。」
…………
……
氷結海域末端まで恙を追い詰めた光隆。されど恙は魔力で、否妖力で出来た焔で光隆に襲いかかる。二つの力が氷の上で爆発し若干の膠着状態が発生した。
恙「テメェ…」
光隆「俺を信じてくれてる友達を、沢山お前は傷つけた。だからお前は絶対に許さない」
恙「ひとえに正義感で…笑わせてくれる。吾輩からしてみればその他の愚か者と同じ、正義感が人間を堕落させるのだ。」
恙の濁った瞳が光隆を嘲笑する、清水も濁りし沼に入れば同じ濁りし沼の水。そう暗に示している。
光隆「そうかもしれない、でもお前の様にはならない。自信と守りたいものがあるんだ!」
恙「そう、愚直に盲信しているといい」
LA15艦橋、こういちは光隆と恙の決戦を俯瞰して見ていた。
こういち「なぜ彼が寿圭どころか恙にあそこまでぶつかって行けたのか分かった。」
光音「それは、何なんですか?」
こういち「死ぬのが怖くないのだろう。いや、厳密には死ぬのは生物の必然でありそれがすぐ隣にある事を理解している。だけど、自分が存在する内は誰も失いたく無い。だから…」
光隆「うをぉぉぉぉ!!」
恙「このクソ餓鬼がぁぁぁ!」
自身の10倍程の大きさを有する魔獣を相手にほぼ互角の争いを出来ている。更に相手は元寇の主力をホームベースで撃退した松浦党が、その足で総出で討伐せざるを得ない程の化け物だ。
光隆が無理をしているのは明らかであった。
光隆「うぅ…っ!」
恙「そろそろいいだろう、お前を喰らうとしよう」
魔力源を破壊しても尚残る絶望感、それを打ち砕く策が彼のライバルから放たれようとしていた。
陸唯「塩の柱…そうか!」
絶望感漂う船の後ろ、陸唯はふとある事を考えた。そしてトランシーバーで掛瑠へと繋げた。
掛瑠「そんな事が…しかし魔力源から出たもので本来の塩とは限りません」
カンナ「いいえ、ただの塩ですの。魔力源が中和されて、中和に使われたお力が飽和して吹き出しただけですわ。」
有理「艦載機全機塩の柱へ向かえ!あれを崩す!」
掛瑠「周囲の氷が塩と大気中の熱で溶けます、そしたら取り逃すんじゃ?」
有理「兎に角塩の柱を木っ端微塵にする、指示するタイミングで三八弾を撃って!」
陸唯達の方へと逼迫するキマイラオートの群れ、先陣を切るのはマトンタイプであり操縦席には洗脳されたと見られる人が乗っかっていた。
進矢「陸唯」
陸唯「なんだ?」
進矢「あの重機っぽいのの操縦席のってるやつ、奪えないかな?」
陸唯「お前中々にワルだな、よし行こう!」
肉薄するマトンの一体に狙いを定めた陸唯。一瞬のチャンスにかけてキマイラマトンの操縦席へと飛びかかる。
陸唯「気絶しろ!」
強化ガラスを蹴りでこじ開け呪文をけしかける。そして操縦席を奪取し信之と進矢の元へと戻った。
進矢「すごい、これで塩の柱を?」
陸唯「あとは逃げるぞ!」
こうして鹵獲したキマイラマトンに三人が乗り込み、後方にターボを吹かして遁走する。
陸唯「オーバーカムに喰らいかかれるなら…振り落とされんなよ三人とも!」
海護財団が鹵獲した初の二足歩行機動兵器、彼はその少年サッカーで培ったセンスで武装漁船の群れの間を華麗に駆け抜け椛島-奈留島間の水道を通る。
陸唯「ぶちかますぜ!!」
ミサイルも撃ち落とせる4基の20ミリ機関砲が柱をアジの開きにするが如く切り裂いてゆく。
陸唯「やったぞ!」
進矢「こんな事して、一体どうするんだい?」
有理「光音ぇ!」
光音「シールド展開、突き崩す」
艦首のみにシールドを展開したLA15が塩の柱へと猪突。間一髪で避けた陸唯機だが塩の柱が木っ端微塵に崩壊して、キマイラオートの群れへと襲いかかる。
有理「今だ、掛ちゃん!」
掛瑠「炉号弾、撃て!!」
カリブディスの主砲から撃ち出された一撃は粉微塵となった塩の柱、そのど真ん中…即ちキマイラオートの群れの中心部にて炸裂する。
刹那、砲弾から燃料のエアロゾルがばら撒かれ燃料気化爆弾が炸裂。更にその高温に曝された塩の粉塵に降りかかった燃料も含めて大誘爆、気化爆発と粉塵爆発の乗算爆発は五島の空を震撼させた。
尋常で無いその衝撃波は、爆心地付近を前進するキマイラオートの大群を悉く撃ち破る。
琴子「危うく上空の金属雲にすらエアロゾルか爆発が届いてたらと思うと…」
イズナ「五島列島が地図から消えてましたネ…」
陸唯「いやぁ想像以上」
信之「二度とこんなのごめんだよ!」
掛瑠「だけどあとは、兄さんが勝つだけ!」
光音「負けるな光隆ぁぁぁ!」
その言葉に反応したかの如く、椛島の薮から光隆が飛び立つ。大爆発に恙が慄く最中、彼は力をためていたのだ。次の一撃で、全てを決めるために。
『の ぼ り 鯉』
誰がどう見たって死を覚悟した特攻だった。
それは大妖怪ですら捉える事の出来ない速度で懐まで飛び込み、猛烈な海水を纏った鋭い右アッパーをぶちかました。
恙「(前のとは違う、速度も塩の濃度も…吾輩は負けたのか…こんな餓鬼に…)」
光隆「おおおおりゃぁぁぁあ!!」
恙の腹に突き刺さった右ストレート。そのまま遠心力で海面へと叩き付ける。海面に直撃したその時、とうとう恙の体が弾け飛んだ。
…………
光音「光隆…!」
親友が死を覚悟しての突撃、そして上空100メートルから海面に落下したのだ。彼女がその身を案ずるのも当然と言える。
景治「光音、彼は…?」
そこに仕事を全てイズナに丸投げした実姉が飛んでくる。
光音「姉さん…あ、いた!」
暁の夜空を海からのぞむ、一人の少年が浮かんでいた。そう、彼が五島列島から大妖怪を討ち払った少年…
『光隆』
光隆「ぷはぁ、おーい!光音!景治!」
彼は未だ暗い海に浮かぶ、大きな戦艦(いくさふね)へと泳ぎ向かう。景治がロープと浮き輪を持ってきて、光音が投げる。その浮き輪に捕まり、彼ものぼる。
光音「光隆…よかった、生きてて」
光隆「あぁ、ただいま」
景治「見て、空が…」
また今日も日がのぼる。止まない雨がないように、夜もまた必ず明ける。それがこの星の定めなのだから。
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