向き合うこと-1

 2046年5月9日早朝、ぼくは壇ノ浦にいた。あの源平合戦最後の戦いが起こったところだが、思いの外潮は穏やかだった。


 イズナ「Good morning 景治」

 景治「うん、おはよう。」

 イズナ「This is 壇ノ浦?」

 景治「あぁ、よく寝れた様で何よりさ」

イズナ「デスね。LA15、新装備への換装完了。そして各種ダメージもリペアできてる。」

 景治「ありがとう、そろそろ2人を起こさねばね。」


 ぼく達が乗っているのは、海護財団ライラック艦隊総旗艦セイファート。LA15と同じ姿を持つ同型艦だ。ボクらの先祖が勇猛果敢に戦った壇ノ浦の、朝日に輝く水面を悠々と艦隊は進んでゆく。


 景治「そろそろ朝食にしようか、2人とも」

 光隆「ふぁぁぁ…」

 光音「ね、姉さん?」

 景治「直接は何も出来ない、されどいつも見守っていた。行こう、牛乳がぬるくなる。」


 ボクに連れられセイファートの中を歩く2人だが、少し違和感を覚えたようだ。


 光隆「なぁ景治、すれ違うの大体ロボットだけど人は俺たちだけか?」

 景治「全部プログラムで動いている、権限の逸脱は起きないさ。」


 そうして2人を案内したは艦橋で、LA15の様に戦闘指揮所がある訳ではなくちょっとしたラウンジになっている。


 イズナ「紅茶入れましたヨ」

 景治「ありがとう」

 光隆・光音「いただきます!」


 イズナが淹れた紅茶は最高級品ものと感じられる位だった。どうやらそうでは無いらしいが、淹れる際に沸騰させたままの熱湯ではなく70度付近の温度で最も風味が出るのだとか。

 ホットケーキの上にはメープルシロップが掛かっており、何処からどこまでもイズナのこだわりを感じる。


 光音「景治姉さん、いつも朝からこんなに美味しそうなのを食べてたの?」

 景治「はは、君たちはアタリだよ。ボク達本当に忙しい時なんか3食エネルギーバーで済ませちゃうのだから。」

 イズナ「景治がここまでリラックスするのは久々、いっつもTighten upしてるからね。それも2人と話せてるからですネ」

 光隆「もぐもぐ、このサラダ美味いな」

 景治「シーザーサラダ、もっと分けようか?」

 光隆「ありがとう!」

 光音「光隆がこんなにパクパクサラダを食べるって珍しい。そんなにシーザーサラダが好きになったか、光隆」


 光音は終始リラックスしていた。それもその筈で、たまの姉と親友と水入らずで食事をできる時間。彼女にとっては永遠に続いてほしいと思う20分間だったと思う。


………


 朝食を食べ終わって、ふとLA15を眺める。工作艦“あかし”と“ヴェスタル”が横付けされており、LA15を曳航していた。

 その前方と後方に何やら物珍しい艦艇が2隻、LA15を護衛していた。


 光音「景治姉さん、LA15の前後の船はなに?」

 景治「あれは…いいや、もう君には隠し事しないよ。エインヘリアル艦隊構想、アーキタイプ“ゴトランド型”。つい最近同名の艦が退役したから、受け継いだんだ。」


 LA15を護衛する2隻はゴトランドとトレ・クロノールと言う。ライラック艦隊の増産計画であるエインヘリアル艦隊構想が既に動き始めており、マーシア型の就役と同じ日にゴトランド型が就役したのだ。


………


 掛瑠「そう言えばこの船見た時、何でおおせって言ったのです?」

 陸唯「まぁなんだ、昨年夏公開されたサメ映画に出てきた“第七大瀬丸”に似てたんだ」

 チョウナ「二人ともおはよう、コーヒー持ってきたよ」


 チョウナは二人にパンとコーヒーを渡して、何の話をしていたのか尋ねた。


 チョウナ「なるほど、確か第七大瀬丸は改装を終えて敷島-大洗航路に渡される前に映画のロケ地になったんだっけ。」

 掛瑠「元々軍艦だったんです?」

 チョウナ「海護財団カルミヤ級重ミサイル型オウル級、同型艦5隻。第七大瀬丸は確か3番艦オラニエだったはず。」

 有理「でも、1隻戦没・3隻改装の後民間に売却・1隻改装中って書いてあるわ。なんで何だろう?」

 チョウナ「一隻改装中の奴は恐らくオーバーカムの事、そんでもって戦没したのは昨年1月の4番艦オーディールの誘爆事件かな。」

 カンナ「誘爆ですの?」


 カルミヤ級は他の艦よりもVLSの数が少なく、それを補う形で建造されわずか半年しか海護財団で活躍できなかった悲運の船ウムフ級。

 4番艦オーディールは第六遠征打撃群に所属し防空に当たっていたが、シンギュラリティ事変にて戦没したとされる。


 有理「あれ、この第六遠征打撃群の司令官歌浦准将って!」

 チョウナ「故歌浦玉望氏、誘爆したオーディールの横に居た旗艦に乗って貯蔵されていた荷電粒子を大量に艦橋に浴びてお亡くなりになった…らしい」


………


 景治「タマモちゃんが最後に旅立った日も、こんな綺麗な青空だったっけ。」

 イズナ「もう、姉よりも高くなってしまった。あの口調で私を励ましてくれていた。」

 景治「イズナ…君は強いよ、本当に…」

 イズナ「私が彼らの壁になったのは、姉妹を亡くす恐怖に怯える貴方の代わりに貴方の覚悟を伝えたかったから。だから本気の攻撃は当てなかった。」

 景治「改めて、礼を言うよ」


 景治率いる第1機動艦隊の1A中隊は玄界灘を抜け平戸島と九州本土を隔てる“平戸瀬戸”(スペックス・ストレート)に到着した。


………


 光隆「結局、興一さんをどうしてこんな姿に?」

 景治「君たちを、成長させたかったようだ。その為に自分の力を制約した。でも流石に死なれたら嫌だから、絶対的な破壊耐性を付けておいたけど。」

 チョウナ「武装漁船とキマイラオート、クライトゥス級の大群を崩しました。」

 景治「興一さんの指揮なしに…分かった、取り敢えず集合まで待機だ。陸唯は少し来て欲しい」


 一同「はーい!」


 景治は陸唯を連れて上のヘリポートへと向かった。


 陸唯「なんですか、話って?」

 景治「興一さんの代わりに福岡で指揮を取ってくれたんだってね、本当にありがとう。でも何でそうしたの?」

 陸唯「あのメンツで指揮出来そうなの、俺しかいなかったから。掛瑠はガンギマリで有理は日和ってたし、グラバーズはあの調子で草津組や泰郎も持ち場があって…」

 景治「そう…偉かったね」


 景治は陸唯に差し入れのジュースを突き刺すように差し出す。


 陸唯「っちょ何ですか?」

 景治「もっと聞かせて」

 陸唯「もっとって言われても、あぁ…何かサッカーの時とはなんか違う、別の難しさがあった。」

 景治「別の難しさ?」


 陸唯「と言うのも、サッカーじゃ敵に立ち向かう事はあってもラフプレーじゃなけりゃ怖がる事は無い。相手は妨害とかそうじゃなく、本気で殺しに来ている…そんな感覚をみんな持ってたんだと思います。」

 景治「君はどう感じた?」

 陸唯「やっぱり俺も怖かった。でも、あいつらを纏められるのは光隆や興一が居ない時は俺なんだ。だからサッカーの時みたいに、みんなの様子に気を配ってたよ。相手の様子も勿論」


 景治「そう…君は、優秀な指導者になるかもね。まぁ、かく言う興一くんも新任に等しいんだけどね。」

 陸唯「あと、俺は…泰郎のオカンを取り戻した戦いで、あのボネットとか言う変な騎士と光隆と二人で戦って負けた。光隆は結構やれたみたいだけど、俺じゃあ無理かもしれねぇ。」


 景治は、心境を察したのか口出しをせずに黙って話を聞く。


 陸唯「俺はサッカー以外全部出来ない、だけどあの日約束したんだ。俺は、あいつの岸なんだって。あいつに出来ない事全部、俺が出来なきゃダメなんだって。

 俺の能力の形質は熱、んでなんでか魔法も使えた。だからそれも満遍なくやろうとした。でもボネットには抗えなかった。アイツらと合流してから俺は足手纏いだ。興一さん…いや、先生!俺はどうすればよかったんですか?」


 陸唯の独白は、いつしか悲痛な叫びとなっていた。


 景治「全てにおいてパーフェクトな人間なんて居ない。ある者はコミュニケーションの不行き届きで数年もの間姉妹と関係が最悪になり、ある者は感情のコントロールが出来ず故郷を壊してしまった。

 完全ならば起こり得ない事が起きる、それが人間なの。されど不完全であるならこそ、可能性が見えてくる。」


 陸唯「どう言う…事ですか?」

 景治「その心意気は持ち続けるんだ。その上で強くなりたいなら、君の能力を極めろ。ただひたすら、技を撃ちまくるといい。光隆は多分、そうやって強くなった。」

 

 陸唯は親友が、少し上の存在であることをこの日知った。


………


 景治に言われた通り、この日はヘリポートで能力の特訓をしていた。


 陸唯「ふう…素振り、サッカーの時もみんなパスとかをひたすらにやってた。それを応用すれば…」


 意気込んでいる彼の背中に、少し冷気を感じた。


 掛瑠「陸唯、君が羨ましいよ。」

 陸唯「ちょま、いきなりなんだよ?」

 掛瑠「陸唯の力がもし、俺が虐められてる最中に在れば…一人で拮抗できたかもしれない。でも兄さんは化け物だけど、陸唯は集団戦に向いてる。兄さんや俺には無い力です。」


 陸唯はここで気づいた。掛瑠は励ましに来たのだと。


 掛瑠「俺も、深夜に技の特訓をしてたんです。ひたすらに撃ち続けると、なんか清々しくなりますから。」


 午前中この珍しいタッグは宙に向かい技を一心不乱に振り続け、昼食の頃にはクタクタになってたと言う。


………


 トトスケの身体にされてしまった興一。されども、彼は現状として術を仕掛けた景治となら意思疎通ができた。


 興一「景治総司令」

 景治「興一さん、そんな剣幕でどうしました?」

 興一「我々は目的を達しました、今晩には佐世保江迎支部を離れ敷島に帰投します。」


 剣幕を張りながらも淡々と、景治に今後の方針を伝える。されど景治は怪訝な表情で興一を見つめる。


 景治「この期に及んで悪あがき…ですか?」

 興一「今回の敵は、弘安の役と同時に飛来し松浦党が制圧した“恙”と呼ばれる怪異。ここから先は我々だけで始末する必要があると思います。」


 恙、中華王朝・前漢の時代に記された『神異経』にて記されている怪異であり、三皇五帝の最初の帝「黄帝」により成敗されたと言う。

 元々「恙」と言う漢字は病気や災いを表し、それが存在しない事を「つつがなく」と言うのだ。


 景治「あれは…その漢字を冠されただけの、人の心に付けいる悪魔だ。奴を倒すには、特殊能力者の力が、特に君の生徒の力が鍵であると考えた。」


 興一「そんな危険な奴と、僕の生徒たちを戦わせるつもりですか!?」

 景治「僕は、光隆たちに僕と同じステージに立てる様になってほしい。それだけなんだ。」

 興一「だからと言って、僅か数ヶ月での錬成は非常識過ぎます!」


 景治「時間が無いのだ。ゆうぐもやLA15ミライ、カリブディスに搭載された催眠学習装置。あれの主たる機能は特殊能力の出力強化にあり、それと同時にミームを刷り込んでいるに過ぎない。

 故に彼らはどんどん強くなる、11月にはハザードクラス5E、神奈川県の面積を特殊能力で覆える位にはなるだろう。無論、君も浴びている訳だから多少強くなるだろうけど。」


 彼女の理屈は間違ってなかった。レトキシラーデはこの先半年後に最低でも全地球規模の災害を引き起こすと試算されており、その中で生き延びさせることを重視するならば景治の要求はある種妥当と言えた。

 されど、1番強い光隆と陸唯でハザードクラスは3.0クラスでまだまだ上があった。


 景治「教師が、自分の教え子の可能性を信じないとはどうなんですか?」

 興一「…」

 景治「戦に出ようとするのは、ある種彼らの意思です。今の興一さんは、あなたが最も忌避した連中にそっくりですよ」


……………

………


 樒果「今度は単体での操縦試験となる。光隆をたいほうの艦上のヘリに待機させてるから、危険なら言ってね。」

 光音「分かりました。」


 LA15の第一主機と光音の精神が繋がれ、操縦桿を握らずとも船を操作できる状態になる。


 光音「光隆…そこに、乗ってるの?」

 光隆「え?俺は今ヘリに…」

 光音「存在を感じるの。目の前に、座ってるように見える。」

 都姫「監視カメラからは全然そんなの…」

 樒果「暴走した時に彼の精神が取り込まれ、その精神のコピーがあれか?」


 光隆の言っていた存在の正体、それは自分のコピーだったと判明した。


 樒果「でもあり得ない、この世に二つの存在が同時に存在できるだなんて…」

 景治「純正トレンシウム結晶はそれ自体が異なる宇宙と言って差し支えない、異世界ならば情報パラドックスは起きないと言えるだろう。」


 実験をヘリの中で見ていた景治はそう仮説を述べた。


 光音「私にそこまで負荷が掛からないのって、そう言う事だったの?」

 光隆「俺が入ってたのかぁ…」

 光音「ちょっと反応薄いよ」


 樒果「結果を統合すると、厳密には極限までに再現された“鏡像”なのかもしれない。それなら光音へ負荷を抑えるだろうし、光隆くんが乗った際にLA15がリーディングするから光隆くんとシンクロする…と。」


 LA15の暴走の謎、それは光隆の精神を読み込む際にOSの不具合ではなく記憶を読み取るのに過負荷がかかったからの様だ。

 しかし、一度でも読み込んでしまえば後はアップデートを繰り返すだけ。


 景治「だけど彼女は光隆ではない、光音の事も読み取っている…興一さんはあの時、気絶させて医務室に運んだ。ならばその時にコアに読まれてたとしたら…」


 景治の考察を、光隆はポカンとした表情で聞いていた。


 光隆「要するに、不思議な船って事か?」

 景治「…まぁそう理解してて良いかな。」


 たいほうの上空でバレルロールを行い、平戸大橋でバク宙した光音。その表情には、まだまだ余裕を感じさせた。主砲発射実験としても、標的に極音速航行であれど的確に命中させていた。


 光音「やっぱりここまで動いても負荷が軽い。この船での接続の他に、旗艦として無人艦や無人機を動かせるはず。やっていい?」

 樒果「そう言うと思って、既に待機させてるわ」


 後方にカリブディスやカルミヤ級、更に幾つかのアーロン複葉音速無人機などがリモート航行で迫る。


 都姫「まず無人機から行こう。」

 光音「受け取った。よし」


 光音は小手先で無人機をいじる、されどふとため息を付きペットボトルの中の緑茶を飲む。


 光音「無人機を下げてください。カルミヤ級、前進せよ。」


 続けざまに6隻のカルミヤ級がLA15の後方へと足を進めると、LA15は再度極音速航行モードへと移る。同時に引き連れてる6隻も間隔を維持しながらLA15に付いて来ようとするも、音速の壁を越えられなかった。


 光音「無人艦は音速は超えられない…でもこっちの方がなんか楽です。目標標的艦、撃て!」


 無人艦による連動砲撃、そして空中から接近するターゲットに対する自動迎撃の試験を行った。どれも結果は良好と言えたが、艦隊運用は問題無くとも無人機の運用はそれらとはまた別のヘッドスペースを使う為負荷が高かった様だ。


 景治「やはり持って生まれたか…まだ荒削りだが、機動艦隊を一人で操る事も容易になるだろう。」

 光隆「景治、お腹すい…」


 光隆に昨日の負荷が一気に押し寄せてきたようだ。そのまま、ぶっ倒れてしまった。


………


 光隆「…うう、ここは?」

 光音「よかった、とてもうなされてたよ」

 光隆「光音…生きてた、良かった…」

 光音「私は死ねないって…何があったの?」

 光隆「昨日の…夢が、もう一度…」


 彼はあの日起こったことを話し、それから景治からあの日公園で光隆が倒れていた事を光音は聞かされた。


 光音「そんな、私何も知らないよ…」

 景治「僕の力で、記憶を封印させた。余りにも、余りにも酷だったんだ。それと、あの日が僕の総司令就任初日だった。だから光音はあの場にいなかったんだろう。」

 光音「私に何も言わずに…ううん、言えなかったんでしょう。光隆、ご飯行こう」

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