名残り雪、雪崩の始まり-2

 晩御飯は上毛地域の郷土料理、おっきりこみだった。それは絹織物のようなコシの強く幅のある麺に嬬恋村のキャベツにカボチャが入った、体も心も温まりそうな逸品だ。


 光隆「これうまいぞ!」

 光音「おうどん、これ薄くてすごい!」

 興一「川にさらされる反物の様なひもかわどん、スープの味がその川みたいに広い麺に染み込んでる。芸術的で、荒々しい紋様の着物を見ている様だ。」

 樒果「食レポ、センスあげたね!」


 彼らは温かなおっきりこみをワイワイ食べていたのだが、ただ一人だけ机の前に正座して凍りついている存在がいた。


 掛瑠「…」

 陸唯「食べれないのか?」

 興一「そっか…掛瑠は暫くご飯と言うご飯を食べることが出来なかった、敷島にいる時も晩御飯を食べてる様でその実、口の中に入れた瞬間に凍らせて同化してたのだろう。」

 掛瑠「そうなんです…」


 興一「結果として胃腸の成長も止まっていると見て良い。だが今からお粥とか頼むわけにはいかない。だから…」

 信之「こちら、ひもかわうどんの素うどんです。しっかり食べて、元気をつけて下さい。」

 掛瑠「これは…温かくて、素朴で…」

 興一「こんな事もあろうかと、頼んでおいてよかった。さて、味わって食べてね」

 掛瑠「…はい!」

 興一「(にしても、なんで有理もそっち頼んだのだろうか…?)」


 掛瑠の口に、蓮華で掬ったスープを飲む。すると口の中でふわりと香る鰹の出汁が広がって行き、自分に「食事」と言う概念が思い起こされる感覚となった。


 有理「ご飯って、美味しいでしょう?」

 掛瑠「すごく」

 有理「みんなとご飯を食べると、もっと美味しいんだよ。」

 彼らの前には、光隆と光音、そして陸唯とグラバーズが食事をしながらもみんなでワイワイご飯を食べているのが見えた。


 光音「煮込みうどん初めてだったけど、かなり美味しい」

 光隆「この肉お前も食うか、うまいぞ?」

 光音「でも光隆のは…」

 光隆「じゃあ半分こだ」


 チョウナ「カンナ返してよ!」

 カンナ「この豆腐ホクホクですわ!」

 陸唯「お前ら豆腐気に入ったんだな、よぉし!」


 興一「ほいラムネ、美味しいよ!」

 光隆「良いのか?」

 樒果「貴方今月使い過ぎじゃない?」

 興一「樒果の金じゃ無いし大丈夫、先生としての給料で出してるから。副本部長としての給与とは別だから」

 掛瑠「お、俺も…ダメですか?」

 興一「言えたじゃないか、しっかり飲んで元気付けて」

 有理「良かったじゃん!」

 掛瑠「楽しい…ってこんな感情だったんだね」


 食事も終盤にさしかかった頃にはもう夜の23時を超えていた。


 有理「今日はみんなで寝たらどうかな?」

 興一「それはもうダメだ、倫理的な問題なんだけど」

 陸唯「俺たちがその倫理なんか破る奴らだと思うか?」

 興一「確かに無い、でも明らかに一人の横を狙って喧嘩する気がするけどなぁ…」

 樒果「今ここだけでしか出来無さそうだから、やってあげたら?」

 興一「そうだね…中学一年以降はダメだからね?」


………

 

 部屋にて、歯を磨いた後少しのんびりしていた。光隆は航海術を学んでいたからか、星についても興味があった。光音はその時、星座の本を読んでいてふと気になる記述を見つけた。


 光隆「そう言えば平家星と源氏星って何だ?」

 光音「平家星がオリオン座アルファ星ペテルギウスで、源氏星がオリオン座ベータ星リゲル。赤いのと白いのでしょ?」

 光隆「そうなのか?」

 光音「最も私は源氏系統らしいけど、光隆は平家の方が好きかも」

 光隆「何でだ?」

 掛瑠「海で西日本を統べてたから…ですかね?」

 有理「光隆なら間違えない」

 陸唯「お前ら変わらないなぁ、良かった。って事でお前ら行くぞ!」

 光隆・陸唯「枕投げの時間じゃ‼️」


 林間学校・修学旅行夜のメーンイベント“枕投げ大会”、学生ならば一度は経験しただろうイベント。


 陸唯「ルールは簡単、最後まで立ってたら勝ち!」

 カンナ「どう言うことですの?」

 光音「Japanese good eventよ、とりゃ」

 カンナ「へぶしッ!やりましたね!」

 光隆「陸唯、これでもくらぇ!」

 有理「みーつーたーかー?」

 光音「光隆を全力で援護する、有理?松浦ならば護りたい存在は自分で守るのよ」

 有理「それを!景ねぇに!言えよ!」

 掛瑠「???」

 陸唯「隙あり!」

 光隆「とぉぉい!」

 掛瑠「ひゃぁ!」


 樒果「これ、旅館壊す気がする」

 興一「樒果、シールド展開。意地でも建物にダメージを与えるな」

 樒果「叱らないの?」

 興一「説教して彼らの思い出をこれ以上穢したくないんだ、だからサポートするに留めておくしかない。」

 樒果「興一くんってそう言うところあるよね…」


 チョウナ「超重土嚢砲…!」

 陸唯「土嚢⁉️」

 掛瑠「同化します?」

 光隆「アレ試させてくれ」

 チョウナ「発射ァ‼️」


 チョウナは枕に紛れて土嚢を用意しており、周囲にぶん投げまくった。


 光隆「んでもアレどうやるんだ掛瑠?」

 掛瑠「と言っても、同化は同化で…」

 光音「こうかな?」


 三名に対して的確にぶん投げられた土嚢、部屋の端から端へと瞬間的に吹っ飛んできたそれを光音は水へと変化させた。


 光隆「すげぇ!」

 光音「水の能力はパワーもスピードも応用性も持った能力、出来ると思い込んだ事は殆どなんでも出来る。そう母さんも姉さんも言ってた」

 チョウナ「錬金術、私の分野が…」

 光音「でも貴方の能力も素晴らしいよ、科学で出来た存在を魔力で再現出来るんだから。」

 

 ひと段落した所で、取り敢えず様子を見にきた樒果が出現した。

  

 樒果「明日もスキーするんだから、そろそろ寝て?」


 樒果のその一言で、彼らは大暴れを辞めて能力を使った者は各自リカバーをして床についた。


 興一「それじゃあ、しっかり休んでね」

 光隆「おやすみなさい」


………


 樒果「興一くん、みんな消灯したので言うけど…」

 興一「案件?」

 樒果「修学旅行といえば…なのでさ」

 興一「?」

 樒果「…そうだった、碌に学校に通った事無かったんだっけ。あのね、修学旅行の先生ってのはね…」


 修学旅行や林間学校は消灯してからがある種面白いと言えるかもしれない。


 陸唯「光隆と寝るのは俺だ」

 掛瑠「いいえ弟である俺だと思います」

 光音「いや、ここは私が…」

 掛瑠「倫理的にNOを叩き付けます」

 光音「この…」


 光隆「なぁ、何でこう、揉めてるんだ?」

 有理「ニブイ奴め…」

 カンナ「陸唯…」

 チョウナ「日本では「男の子は男の子で、女の子は女の子で恋愛をすればいいと思うの」とか言われるくらいですからねぇ…」

 有理「そ、そうそう恋愛と言えば聞いてなかったわね。グラバーズの事」

 カンナ「わ、私から話すのは恥ずかしいですからチョウナやって下さいまし…」

 チョウナ「えー、興味ない」

 カンナ「そ、それよりも当の本人の側で言うのは…」


 光隆「あ、この時計光ってる?」

 陸唯「カッケェ…!お前の親父さんに買ってもらったのか?」

 掛瑠「20気圧にまで耐えれる時計?」

 光隆「いや、何か樒果さんが…“君が持ってて欲しい、まだ試作品だから使い心地を試して欲しい”ってさ」


 有理「話聞いてないし良いか、カンナ…話しなさい」

 カンナ「私は陸唯の事をよく分からない、分からなくともいて楽しかったから居るだけですわ。」

 有理「ほんとぉ?」


 樒果「みんな寝てる?」

 有理「スースー…」

 樒果「ふふ、良かった」


 カンナ「有理もう寝ましたの?」

 有理「そんな早く寝れるわけ…」

 陸唯「お前の腕時計光んなくなってんぞ」

 光隆「あぁ、何で?」

 掛瑠「蓄光式でしたか…」

 光音「ふふ」

 一同「はははは!」


 少し笑い声が聞こえる廊下、そこには興一と樒果が壁に寄りかかりながらロイヤルミルクティを飲んでいた。


 興一「こ…これは?」

 樒果「これが粋ってものよ、興一くん。多分あのまま話を続けるだろうけど、こうして緊張感を持たせて…ね。ある意味いい思い出のヒトカケラ、青春旅行のセオリーよ。」

 興一「まさか、君がそんな非合理的な事を言い始めるとは。相当はっちゃけてるな」

 樒果「私はただ、好奇心の赴くがままに動いてるだけよ?」


……………

……


 進矢「嬬恋村のキャベツの出荷量、過去最低…地下水の急激な渇水と少子高齢化の影響か…?」

 「そろそろ寝なさい、明日は湯畑の点検を手伝うのだろう?」

 進矢「ばあちゃん、分かったよ…」

 「悪いな、指をやっちまってからカラクリを教えてやれなくて…」

 進矢「いいよ、ばあちゃんも休んで。」


 小佐々商店の明かりが消えた後、少し空気を変えようと窓を開けようとする。するとそこには成茂が仁王立ちで待っており、彼を部屋に入れた。


 成茂「ご協力ありがとうな、これでやっと奴の正体に見当がついた。」

 進矢「後はどうにか奴らを駆逐するだけ。そうすれば、白根山の綺麗な山の木々が戻って来るんだ!」


 進矢が残しておいたお茶をいっぱい飲み干すと、進矢は続ける。


 進矢「あいつら…クリーンな世界を作ろうたって、クリーンな温泉街を作ろうだとか言っても…周囲の木々が倒されて」

 成茂「俺の仲間はこう言ってたな…「奴らは森の木を木と思っていない、それと同じ様に自分にとって邪魔な人間は人間ではなく害虫と思っている」ってよ。」

 進矢「夜空が綺麗と有名だった万座と嬬恋の村から夜空を奪った存在の正体…そう言うことだったんですね。」

 成茂「俺の仲間にも、故郷が奪われた奴がいる。俺は名前通り壱岐出身だが、一時期島全体が飢餓になった。ここは山だ、籠城戦になる危険すらある。お前は家族と友達を連れて今のうちに逃げろ」

 進矢「誰が逃げるものですか、僕かぁこの町が大好きだ。この町のみんなが大好きだ、だから…最後まで手伝います!」


………


 万座温泉、草津よりも白根山頂に近いエリアに存在する知る人ぞ知る秘境温泉だ。

 しかし、昨今少し下った所にある表万座エリアにて大規模なスキーリゾートの開発が行われた。


 その名前は「SDキュース表万座」そこは「持続可能な、多様性のある楽しみを」と言うキャッチフレーズでで環境に優しいものが好みの人や若者受けするような統合リゾート施設となっていた。

 その陣容は新たに3本のゲレンデを備えたスキー場と有数のスケート場などを取り揃える全国有数のウィンターリゾート、更にボウリングを代表する室内レジャー施設、更にはカジノも完備している。

 しかし黒い噂もあり、カジノで負けた人間は奴隷として売買されるか運営側にて強制労働させられると言う、陰謀論かと疑いたくなる事例が幾つか出ていた。


 寿圭「全くあのクソオス共は、どう痛めつけてやろうか…」


 旅館の占領失敗の後、寿圭はSDキューズ表万座にある自分の豪邸へと入っていた。尚その後ろにはスケート場がある。


 ベリル・コラターレ「国からの助成金だけでなく、海護財団艦艇を売った資金に麻薬の売買による利益。このエリアに“底無し沼”がかって良かったですねぇ」

 寿圭「そんな事よりあの邪魔者をどうにか出来ないんザマスか?」


 秀樹「彼方からの増援多数、ゲートに到着したとの連絡が入りました。」

 部下「でかした、これで漸く奴らを地獄に…」

 秀樹「現在トラックに積み替えてこちらに輸送中です」

 寿圭「特別軍事作戦の予定は?」


 コラターレ「先んじてこの表万座に主力50を配置、搦め手守備側に」

 寿圭「搦手とかキモい事言うなクソが」

 コラターレ「では守備に20程を置いておきます」

 寿圭「100と言ったよな?」

 コラターレ「どうやら発注元で輸送に於いてトラブルが発生した様で…」

 寿圭「つったく、明日はアテクシが指揮するザマス。完璧な指揮を見ておくがいい」


 秀樹は悩んでいた。気に入らない上司であれど、彼は家族を養う為に海護財団に入った。家族の為にゃ仲間に愚痴りはすれど、裁量権が上司にありその上司が悪行を働いていたのならどうしようもない。


 秀樹「俺は…半端者だ、こんな奴上司とは思いたくないのに従わねばならない…畜生」


………


 その夜、みんなが寝静まった辺りの事だった。


 有理「(掛ちゃんは立ち直ったけど、あの“正しさの輪”案件は解決してないんだよね…)」


 彼女はふと立ち上がり、寝静まった男部屋へと入る。無論補聴器は付けていて、誰も起きていないことは確認済みだった。


 有理「掛瑠のノート、このUSBの中には確実に…」

 有理は掛瑠のノートの画像が入っているUSBの中のあるファイルを開く。


 有理「生真面目で、負った屈辱は忘れられない、それが貴方。奴らの動向は映美姉ぇ辺りから把握してるんでしょう?」


 そのファイルの中には、半ば執念で勝ち取ったと思われる様々な計画書や謎の魔法陣の様なものが記録されていた。彼女は即座に映美に連絡を取り、レポートを送った。


 映美「これは良いレポート、正しさの輪の悪事を全て追跡していたのね。あ、まさか…あの子が不登校になってからもう一発裏切られた原因ももしかして?」

 有理「そうみたい、信じていた人がそのシンパだったらしい。」

 映美「しかも何、社団法人作って助成金を元に不動産業?しかも反政府組織に金を回して…何なの、これ?」


 有理「しかも奴が絡んでた事業、どこに金が流れていたのかが不明。不動産も、工事を発注した相手が何処か掴めてない。」

 映美「あれ、ちょっと待って…その“正しさの輪”の不動産って何処?」

 有理「えっと…SDキューズ表万座、だけど?」


………


 樒果は寝る前に必ず文学系の本を読むのが日課だった。そもそも文系科目が苦手で、羅生門など見ようものなら5分で寝落ちする程だったため睡眠導入剤として使っていた。

 数ページ読み進めた辺りで、けたたましく円周率のアラームが鳴った。電話の相手は海護財団本部オペレーターの波佐見里帆だった。


 樒果「え?5年前、表万座で重力異常って…貴方火山なら土地の岩石の密度で重力異常は起きるってのは普通でしょう?」


 里帆に対して少しキツめの言動を取っているが、ある種彼女の甘えなのだろうか。


 里帆「しかし樒果本部長、その数値が異常でかつ広範囲で…フォッサマグナのせいと言ったら解決するのだけど、それなら草津でもそのはず。でもそうじゃないって所しか専門外の私には分からないわ。」

 樒果「今FAXが届いた。2044年のものと2039年のもの、そして2034年のと2029年、2024年と2019年…って」

 里帆「届いたかな?」

 樒果「ええ」

 里帆「それでこのデータ、何に必要?」

 樒果「成茂さんの言う通り、2039年から2044年の間にあのスキー場周りだけが特段異常になってる。特殊能力を使ったか、それとも…呪いの類か?」

 里帆「休暇しに行ったと思ったら、何か巻き込まれたのかしら。」


 樒果「科学技術本部長として、特殊能力研究家として気になってたのよ。ありがとう、今度お詫びを兼ねて最高級チョコレートのアイスクリームを奢ってあげるわ。」

 里帆「分かったわ、でももうすぐチョコの価格が大変動しそうだけど」

 樒果「となると、あの作戦がもうじきってことね?」

 里帆「まぁ楽しみにしてるわ、あのチョコレートをたらふく食べれる日々が帰ってくるのだから!」

 樒果「…市場が少しパニクるかも知らないのなら、チョコバイキングは一月後でいいかな?」

 里帆「ケチ令嬢」


………


 映美からのレポートは景治の元へと送られた。だがそれは民間人からのタレコミであるとして、相当信憑性が低いものであると本来は判定されるはずのものだった。しかし…


 景治「手本通りの悪行だな、しかし掛瑠と有理が入手したのか…」

 イズナ「これ、カゲハルは知ってたの?」

 景治「あぁ、でも僕の力は観測できてもその事象の客観的証明ができない。この職務以外では正直役に立たない」

 イズナ「どう言う事デスカ?」

 景治「この力、この地位に居なければ役立たず、いや本当に守りたいものを守れない危険性すらある…か。」

 イズナ「また何か見てたんデスか?」

 景治「寝れない、目を閉じても千里眼は現実を突き付けてくる。全く、こんな業は誰も耐えることが出来ないだろうな…。ううん、こうしてても仕方ない。イズナは寝てて良い、ボクが仕事をこなしておくよ。」

 イズナ「(早死にしないか心配デーズ…)」


……………

……


 翌朝、雪は降っていないがどんよりとした空が広がり白根山頂も雲に覆われていた。


 光隆「周りが灰色で、もやってしてる」

 陸唯「そりゃお前、雲の中だからな」

 光音「山頂は晴れてるのかな?」


 白根山頂、嬬恋村を内包するカルデラの外輪にある山の一つ。カルデラを挟み反対側には浅間山が存在しているが、早朝の為うっすらとしか見えなかった。


 信之「みなさん足元に注意してください、少々滑りやすくなっていますので…」

 進矢「録画準備完了、さぁ日の出どんと来い」

 信之「あれ、生配信じゃないの?」

 進矢「今回は一味志向を変えてみようかなと」

 チョウナ「貴方が、草津の非公式配信者小佐々進矢さん?」

 進矢「まぁ、そうだよ。」

 チョウナ「サイン、サイン下さい。日本に来ようと思ったきっかけの20%なんです」

 進矢「いや微妙な数字だなぁ…でもいいよ、ほい。僕なんかよりも、日の出を楽しんで」

 陸唯「その機材すげぇな」

 進矢「いや…だからその…君ら?」


 興一「ここをキャンプ地とする」

 光隆「焚き火暖かい…」

 光音「ロイヤルミルクティー淹れましたよ」


 進矢と信之はここまでのフリーダムっぷりに少し放心状態となっていた。


 掛瑠「光隆兄さんって言うのは、こんな感じですよ?」

 信之「他の人たちもそうなってるんですがね…」

 有理「そろそろ時間じゃない?」


 オリオンの三つ星も薄くなり、ようやく霧が晴れ、高い雲が淡い紫に染まり遠く地平線が明るくなってゆく。


 光音「綺麗…!」

 光隆「あたたかい」


 はじめてそれを見た、大地や海を照らす陽光が登るさまを。山々を照らし出し、霜や梢を輝かせ、海に輝きを与え続けてきた存在を。


………


 興一「こんな感じだったのかな?」

 掛瑠「何がですか?」

 興一「かつて、大きな禍根を残した25年前の大災厄。父さんから聞いた話なんだけどね、」


 そして、一同は湯釜に向かった。その最中、烈風が彼らを襲う。


 光隆「うわぁ!」

 光音「光隆…!」

 

 光隆は風に煽られ足を踏み外す。そして助けようとした光音もバランスを崩してしまう。


 興一「能力てんか…」

 進矢「任せて!」


 そう言うと進矢は手からワイヤーの様な物を飛ばして2人をキャッチする。


 光隆「大丈夫か、光音」

 光音「ええ、どうにか。神通力で上に登る。今度は私に身を…」

 進矢「そのまま、僕が引っ張る。」

 興一「重力緩和アシストを展開してるから、多少軽くなってるはずだよ」

 光音「(折角光隆にいい所見せれると思ったのになぁ。)」

 

 光隆「ありがとな。光音、進矢、興一さん。」

 光音「ううん、大丈夫。」

 興一「2人に怪我が無くて良かった。それと進矢くん、君も特殊能力者だったんだね」


 進矢「いや、単純に腕に仕込んでただけなんです。おばあちゃんに作ってもらって…」

 光隆「へぇ、いいなぁ!」


 そして、湯釜の淵をしばらく歩いていると何やら人影を発見した。


 強い風が吹き続け、人影の方向から四角いものが飛んできて光隆の額に当たった。


 光隆「あ痛ッ!なんだこれ?キャンバス?」

 光音「今日は何か、踏んだり蹴ったりね…」

 掛瑠「俺が居るからか…」

 有理「そんな事は無い」


 信之「ごめんなさい…って光隆?」


 人影は信之だった。彼は絵を描くために時折この湯釜に通っていた。


 湯釜はいわゆる火口湖で釜と言うよりはお椀の様な形状の火口の真ん中に、綺麗だがとても熱い水をたたえていた。そこは水素ガスや硫酸が溶け込んでおり魚は住む事を許されない過酷な環境だった。

 しかし、そんな所でも極限環境微生物は生きていた。全ての生物の元祖も海底火山の辺りに居たので、彼らは我々の大先輩なのかもしれない。


 カンナ「なるほど、日本のコンビニのサンドイッチはかなり美味しいですわ!」

 チョウナ「やった、薩摩騎士ハルバートルの主人公たるジャック=タイラーが出た!」

 信之「薩摩騎士ハルバートル?」

 進矢「知らないのかい?」


 興一「宣教師の護衛として送り込まれた騎士が遭難し、薩摩の海岸に流れついて記憶喪失をしてしまったけど、そこからカルローシャ帝国やミント国と戦う作品だね。」


 光隆「興一さんも見てるんです?」

 興一「そりゃだってあの作品のスポンサー、弓張重工(ウチ)だから」


 ご飯を食べた後、一同は再び散策を開始して信之は再び絵を描き始めた。

 この頃には風も鎮まってきて、キャンバスが飛ばされる事は無いだろう。

 

 光隆「何描いているんだ?」

 信之「これは…その、」

 光音「綺麗、海かな?」

 信之「白根山の雲海も湯釜も大好きだけど、本当の海を見て味わいたい。でも…僕は叔父さまに育ててくれた恩がある。だから行こうにも…」


 「恩を言い訳に憧れを諦めるな」


 信之「え…?」


 信之の叔父、川内旅館の主人が信之を見据えていた。


 「お前と過ごした9年間は本当に楽しかった。でも、外になんぞ連れ出してやる事はできなかった。だから海に行きたいなら、世界中を見て立派な船乗りになって帰って来い。」

 

 信之「でも、本当にいいの?」


 「弓張興一は頼れる男だ。彼の下で学べば、新たな発見があるはずだ。興一、後は任せますぞ。」


 興一「はい、分かりました。」

 進矢「(世界中を見る…か)」


………


 バスに戻り、スキー場へと向かう最中、陸唯はパンフレットを眺めていた。


 陸唯「なぁ、さっきパンフレットでこのSDキュース奥万座ってのがあったけどさ…今日ここ行ってみないか?」

 興一「どんな所だい?」

 陸唯「スキー場だけじゃない、スケート場やショッピングモールに屋内レジャー・アスレチック施設があるんだぜ」


 いかにも光隆も食いついてきそうな話題の数々、陸唯も楽しもうと思って話を持ってきていた。しかし…


 光隆「俺は陸唯とスキーがしたいんだ!」

 陸唯「スキーも出来る、他の楽しいことも沢山」

 光隆「だけどさぁ…草津に来たからにゃスキーをしたいんだ、その屋内アスレチックとかスケート場とかは東京とか敷島行けばあるんだ。だから俺は、ここでお前とスキーしたいんだ!」

 陸唯「よぉし分かった、国際スキー場行くゾ!」


 猛プッシュに陸唯は負けていたが、また光隆と一緒に楽しいことが出来るとノリノリだった。

 

………


 光隆「いやっほぉぉ!」

 陸唯「負けねぇぞ!」


 カンナ「思いの外、ヨークにいた時よりもはしゃいでいますわ」

 チョウナ「…!」

 光音「楽しそうで良かった、私たちも行こう」

 掛瑠「中級者コース、今度こそ…!」

 有理「よしいくぞ!」

 


 残雪と、雪解け水が湧き出る陽光の日。ようやく光隆も陸唯も揃い、弘明寺カルテットがお天道様の元へと舞い戻ったのだ。


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