名残り雪、雪崩の始まり-1

 海護財団本部、敷島第七フロートがすぐ北にある第五フロートと約1.2kmの長大な橋により繋がっているのは理由があった。海護財団は船で持つと言われるが、超大国に比肩する(実質的な)軍事組織であるならば船だけでなく航空機も取り揃えている事は語るに及ばない。


 このメガフロート自体が大きな航空基地と言っても過言ではないが、南側は海から現れる怪物の大群を相手にする要塞として整備された為、北側に飛行場を作るしか無かった。


 北側にX字を切る様に滑走路が整備されている海護財団総本部/東亜探題本部の航空基地では、今大型のヘリコプターが発進しようとしていた。


 成茂「お前ら全員、持つもの持ったなァ?」

 琴子「ちょっと待って!」

 成茂「琴子、お前なんでこの時間にこんな所に?」

 琴子「歌浦さんからのお願い、これから行く所にこの“機密”を届けてほしいの。」

 成茂「歌浦…科学技術副本部長“大目付”の方か?」

 後ろから、フードを深く被った人間がヘリに向かって来た。その“機密”は成茂に深々とお辞儀をしていた。


 成茂「全くしゃーねぇな、多分俺が理由聞いちゃいけねぇ事案なんだろ。機密とやら、お前も早く乗れ、少し揺れるが行くぞ」

 琴子「お土産買ってきてね!」

 成茂「全く、秀樹にどう言い訳しようか…」


 ヘリコプターのハッチが閉まるとプロペラの回転が加速し、後方のヴァルター機関と言われる過酸化水素を用いたスラスターが火を吹き、夜空へと舞い上がって行った。


………


 光隆「よく寝たぁ!」

 光音「南極って、あそこまで夜空が綺麗なのかな?」

 光隆「わからねえ、行って確かめたいな」

 興一「2人とも、ありがとう。」

 光隆「お礼を言う方は俺たちだ、信之もありが…ってあれ?」

 興一「仕事に戻っちゃったよ、」


 三人が話している間、有理は掛瑠の側を離れなかった。


 興一「まだ、起きないのか?」

 有理「身体の修復に、時間掛けてるのかな?」


 凍結は手足の末端にまで後退していた。だが氷結により四肢の殆どを欠損していたのは事実であり、心臓に及ぶまで時間の問題だったことも忘れてはいけない。

 幾ら説得したからと言っても、目を覚ましてくれるかはあの場に居なかった興一にとっては不安でしかなかった。


 「湯冷め、させてしまったなぁ…」


 氷結していた身体から、か細くその言葉が発せられた。掛瑠が、意識を取り戻したのだ。


 有理「おはよう、おねぼうさん!」

 掛瑠「ごめんなさい。でも、ありがとう。」

 光隆「お前の身体も冷えてんだろ、まだご飯も出来てないみたいだからお風呂浴びてこようぜ!」

 光音「さっきから雪が降ってる、今年最後の雪かも。」


………


 雪が降る中、露天風呂からは日本庭園が望めるのだ。日本庭園に降る粉雪は、まるで自分が宇宙を旅しているかに思える。


 光隆「いいなぁ、こう言うのも」

 掛瑠「この景色のどこに魅力が?」

 光隆「掛瑠、いいか?」

 掛瑠「はい?」

 光隆「こころで感じるんだ、こころで良いと思ったものがいいんだ。そこに理屈なんて無いと思うんだ」


 少し離れた所で、興一はそのやりとりを見ていた。あの父親にしてあの息子あり、なのかもしれないと思っていた。

 露天風呂と内側を繋ぐ扉が開いた、


 「主役は遅れて登場するってことだ!」


 聞き馴染みのある声に三人は振り返ると、そこには大きなタンコブを付けた少年が目の前に居た。


 光隆「陸唯、陸唯じゃねぇか!」

 陸唯「諫早陸唯、只今参上ってな!」

 興一「君も、もう良いのか?」

 陸唯「お前らがスキーでワイワイしてるとなりゃ、俺も行くっきゃねえと思ったんでな!」

 成茂「副本部長案件って、お前の事か興一」


 陸唯が露天風呂の中へと入ったその時、後ろからドスの入った声がこだまする。


 興一「成茂さんも湯治に?」

 成茂「そいつをお前に届けるのが俺の任務だ。あと興一、ちょっとサウナ付き合えよ」

 興一「構いませんが、今度は負けませんよ?」


………


 2人は子供たちと離れ、サウナに入る。その中はログハウスの様になっており、無人だった為心置きなく話すことができた。


 成茂「さっきロビーがしっちゃかめっちゃかしてたのを見たぞ。」

 興一「寿圭が案の定変な勢力と癒着してた。狙いまでは分からんかったけど、この旅館が目的なのだろうとは分かった。」

 成茂「狙い分かってんじゃねぇか」

 興一「何で狙ったかは分からない、だが碌でもない事は分かってる。それで、そっちが仕入れた情報は?」

 成茂「奴らの葉山の拠点に家宅捜索が入った。完全にもぬけの殻だったが、儀式的殺人の痕跡があった。お前の義弟、弓張作路事務局長によりゃ死んだのは寿圭の実子だった様だ。作路少将の命で動いているが、興一は何か知ってるか?」


 興一「そのイケニエの年齢は?」

 成茂「享年11歳、死後4ヶ月程と見られる。」

 興一「因果応報だな。」

 成茂「何か知ってる様だな?」

 興一「僕は奴のアジトを強襲して潰した。更に事務処理の過程で、現総司令が再開発の名目で立ち退かせミームの力で工事中に見せかけている様だ。にしても連中にしてやられた、エージェントの目を掻い潜って再起するとは…」

 成茂「そろそろ時間になりそうだから重要なことを伝える。」


 サウナから上がり、内湯で暖かそうにしている光隆達を尻目に掛瑠が自殺未遂を図った壺風呂に入る。


 成茂「ついさっき、スキー場のロッヂ付近の駐車場を緊急対策支局にしたが、不測の事態に備えてメロディーライン沿いのグラウンドやオートキャンプ場に支局分遣隊を置いている。白砂川経由谷沢川方面からの奇襲攻撃の手の内は、お前の弟子たちが見破った。となると本陣が動く可能性がある。」


 興一「ここまで君が言うとすれば、奴らは草津エリアを乗っ取るつもりだな?」

 成茂「もう既に嬬恋エリア北部、つまり白根山麓の半分を奴らは占領した様だ。そして自分たち“だけ”の楽園とする為に、草津を狙っているとの事だ。」

 興一「それが判明してからの即応部隊って事か、相当情報収集に苦労したのだろうだな。となると…これは相当不味いな。」

 成茂「旅館川内に関しては、ことが起きたら籠城して欲しい。少なくともここの土地なのか何なのかが目的のようだからな。」

 興一「分かった、そろそろうどんが出来そうだから行くかな。」

 成茂「じゃあ、このつもりで頼むぞ。」


 去っていく成茂の後ろ姿を見つつ、興一は少しぼやいた。


「平時でも、その位は頭使えよ」…と


……………

……


 女湯の露天風呂では、光音達は恋バナをしていた。


 カンナ「先生は彼女居らっしゃいますの?」

 樒果「私は興味に従う人間よ?興味があるなら居たかもね」

 チョウナ「じゃあこれまで気になった人とかは?」

 樒果「生まれてこの方、恋愛とかも漫画の話かと思ってたわ。」

 チョウナ「なかなかに手厳しい…」


 ため息をつくと、夜空を眺めている二人の天女の方へと向かって行く。


 光音「チョウナ、どうしたの?」

 チョウナ「ねえねぇ、光音は光隆の事、有理は掛瑠の事どう思ってるの?」

 有理「今聞く?まぁ致し方ない。少し私も話すことまとめたいから光音お願いね!」

 光音「え、ちょ?」

 カンナ「光隆君のこと、お慕いしてますわよね?」

 光音「そ、そうだけど…分かった話すよ…」


………


 2037年、馬堀(まぼり)海岸。

 私はお母さんに連れられてこの砂浜に来た。私は海なんてそこまで好きでもなかった、でも女の子はキラキラしたものに惹かれるの。そこで、砂浜に置いてあった青くて透明な“何か”が気になってそこへと行こうとする。


 「なんだろう」とそれの元へ2mくらいの所まで近づいた所で、波がそれを連れて行ってしまった。だけど、波打ち際に比べたら割と離れていて少し驚いた。その横で、海のような目をした髪の毛が短い女の子に遭遇した。


「あの子、カツオノエボシは人を殺す毒を持っているんだって。でも、海に居る怖いサメとかから身を守るために、必死に頑張った証なんだって。」


 彼女は、そう言いながら波打ち際へと入って行く。そして水面に足をつけると、海のお水が急に柱を作ってかれを包み込む。


 その水の柱から「おいでよ」と彼女は私に手を差し伸べた。私は少し怖かったけど、興味で彼の手を取った。すると自分の体がふと持ち上がり、まるで天使になったのかなと思った。


 その後、何故か海の中で呼吸が出来たから海の中を2人で探索した。アマモやサザエ、おさかなの群れが私の前を通り過ぎて、海の中は青くて、綺麗で神秘的だった。私は、この景色を見せてくれた彼女がとてもかっこよく見えた。


 今思えば、この時点で彼女に惚れてたんだと思う。私をカツオノエボシの猛毒から守ってくれた、そして海の素晴らしさを教えてくれた。


 こんな事を幼稚園の先生に話したら、熱中症を疑われたり除霊に行ってと勧められた。でも、母さんは違うと言って跳ね除けて、また馬堀海岸へと連れてってくれた。


 彼女は私の家の近くに引っ越した、それから幼稚園に一緒に通った。その時、彼女…相浦光隆が女の子じゃなくて男の子だったことが分かった。

 そしていつの間にか、彼の天真爛漫な性格に惹かれてゆく人が増えた。その中に埋もれないように、私は必死に彼にアピールしたけど、幼稚園児や小学生のアピールは可愛らしいもので、彼の核心的な部分に刺さったのかは分からない。それでもあの景色を見せてくれた光隆を私は好きであり続けた…。


………


 カンナとチョウナは、彼女の感情の圧に押し潰されそうになっていた。

 カンナ「一瞬セイレーンか何かかと思いましたわ…」

 樒果「へぇ、光音ちゃんよりも早い時期にはあそこまでの力を…?」

 光音「どうなんだろう?」

 有理「私も言わなきゃ…ダメ?」

 チョウナ「ダメとかじゃない、やれ」

 有理「(´・ω・`)」

………


 私も掛瑠と出会ったのは、物心付いてからかな。両親が仕事が忙しいからって光音の母さんの家に厄介になって、幼稚園に入った。


 白い髪の転校生だからチヤホヤされては居たけど、最近の幼稚園の子も進んでるのかな、女児グループに嫌がらせを受けた。光音とは違い結構浮いてしまってたのが原因だったんだろう、奴ら泥団子を投げて雪女だとか罵って来たの。

 だけど掛瑠がそのグループから私を庇ってくれたんだ。そして掛瑠は「いじめんじゃねえ」とその子達をボコボコにして助けてくれた。掛瑠は大したことないと言ったけど、あの時の掛瑠は邪竜を討つサムライみたいだった。


 小学校に入った後も光音と光隆と陸唯、そして掛瑠といつも仲良く遊んでいた。先輩だったけど景ねぇも一緒にいた。あの時が一番楽しかった気がする。

 2年になると、景ねぇは海護財団に、陸唯はイギリスに行ってしまった。更に残った四人も一緒のクラスではなく、分けられてしまった。


 そこの学級委員長を私はくじ引きでやらされてしまったのだけど、当時はとても真面目な子だった掛瑠が居てくれたからやっていけると思ったの。

 あの時の掛瑠の性格は、あんな無気力な人間ではなく、真面目な学級委員長みたいな性格だったの。サボっている子とか、変なことやってる奴は許さない堅物だったの。それでも、兄譲りの優しい人だった。

 でも、またあのいじめっ子が居た。また難癖をつけて来て、物を隠されて殴られた。

 それに対して激怒した掛瑠が能力を使って、助けてくれた。そこから地獄の様ないじめっ子とその親、その郎党を相手にした抗争を、私のために戦ってくれた。だから、今度は私が支えたいんだ。


………


 カンナとチョウナは感情の重さに完全に耐えかねて温泉で溺れそうになっていた。しかし、樒果も一端の能力者。神通力で引き上げると、二人を自分の横に座らせ、肩を貸す様な形となる。


 樒果「二人とも、良い話をありがとう。それと光音ちゃん、二週間後にまた佐世保に行くことになってるけど来る?」

 光音「佐世保…?」

 樒果「都姫にまた、薙刀とか教えてもらえるよ?」

 光音「い、行きます」

 有理「私も行きたい、掛瑠にとっても九十九島の景色はセラピーになるわね!」

 カンナ「グラバー邸!グラバー邸もお忘れなく!」

 チョウナ「米軍の最新鋭巡洋艦も見れる‼️」


………


 一方、男湯の露天風呂では壺湯で難しい話をしている興一さん達を他所に三人が話していた。


 掛瑠「兄さん、本当にありがとう。」

 光隆「でも、今がお前の船出なんだ。どんな事があっても俺はお前の味方で居続ける。」

 陸唯「俺たちが知らねぇ時に、こんな事があったのか…。光隆、お前も三年間の間気づかなかったのか?」


 光隆「それは…」

 陸唯「辛かっただろうに、本当にお前は何で寄り添ってあげなかったんだ?」

 掛瑠「それは、兄さんが曇ってほしくなかったから。みんなの、太陽だから…」

 陸唯「そうかお前も…」

 光隆「まも…る?」

 陸唯「光隆、もう上がるのか?」


 光隆が露天風呂の石段を登ると、振り返り仁王立ちした。寒空の中、彼は腰タオル一丁だった。


 光隆「おれは、最強になるんだ。もう掛瑠がまた酷い目に逢わないように。光音や有理、景治たちも、みんなを守れる力を‼️』


 光隆の“戦う理由”は定まった。天には平家星と源氏星が煌々と輝き、彼の覚悟を見守っていた。


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