いとなみ-2

 光隆はただ海が好きなんじゃない、海と海に生きる生き物、そして人間の調和が好きなんだ。光音はこの日光隆の海が好きな理由を改めて知ったのだ。


 光音「(陸唯が引き止めようとするならば、私はそれを断ち切って光隆と海の上を渡り続ける。絶対に)」


……………

……


 光隆の大活躍から一晩明けたこの日、敷島でのイカの漁獲量はある程度減ってしまってはいたもののイカ釣り漁船を営む人々は無事だった。しかも、破損した漁船は海護財団が新しい船を提供する事となっていた。

 ゆうぐも艦内では、光隆たちが朝食をとっていた。


 光隆「昨日は光音と第5フロートに行ったんだけど、凄い“和”って感じだったんだぜ」

 カンナ「いやちょっと待ってよ、サントリーニ島やエディンバラみたいな洋風な町って聞いているよ?」

 光音「でも、実際におさかな横丁とか小江戸って感じだったのだけど…」


 光隆が昨日の散歩の話をした事を発端に、平穏だった朝食の席が殺伐とした論争の場になってしまった。しかしここで意外な人物が口を開く。


 弓張都姫「それ、全部本当よ」

 一同「えぇぇ⁉️」

 都姫「この町、私たち弓張重工が設計して施工したから間違えはないよ。」


 弓張都姫、弓張重工のCEO。弓張家のうち最も経営のセンスに富んでおり、物事を柔軟に判断できる切れ者であり、示現流と呼ばれる剣道の免許皆伝者であった。


 光音「師匠!」

 都姫「久しぶり、元気してた?」

 光音「はい、でもやはり…姉さんには敵いませんでした。」

 都姫「そっか…でもまぁ、きっと強くなる。信じてるよ、私も景治ちゃんも。」


 興一「一応話を戻すけど…この第5フロートは色々な国の特徴的な街なみを再現・保存するために建造されたと言って良い、これから実際に見にいってみるかい?」


 テレビでは朝ドラが終わり、計画では授業が始まっている時間帯。この日は校外学習として敷島市の第5フロートを探索することになったようだ。

 敷島第5フロートは中々奇異な街並みが広がっていて、碁盤の目のように道路は広がっているが一周しただけで世界旅行が出来る様な街並みだった。

 ゆうぐもが停泊するエリアは和風の住居が沢山並んでいて、時代劇のセットにも使われそうだった。道が石畳みでなければ。ここでは、スーパーやカフェも和風なテイストに仕上がっていた。


 光隆「さーって行くぞ!」

 興一「ちょっと待てや、昨日の体たらくは何だ?」

 光隆「いやだから、100均で揃えたじゃん」

 興一「この街の、伝統工芸の奴買ってきて欲しかったんだけど?」

 光隆「なら言ってくれよ…」

 光音「すみません」

 興一「別にいいよ、アレポケマネだし…君たちにも追加であげるよ」

 光隆「ありがとうございます」

 光音「二回もすみません」


 三人は先行する陸唯たちに遅れながらもおさかな横丁に着くまでには追いついていたようだ。


 興一「おさかな横丁、朝市はまだ有名じゃないんだよなぁ…」

 光隆「ここら辺の人口岩礁群、まだ育ちきってなさそうだからな。じゃあちょっと潜ってくる」

 光音「ちょっと待って、今日はみんなで探索するんだよ。」

 光隆「じゃあ今度でいいか」


 光隆がいつもの海ジャンキーっぷりを見せている中、他のメンバーは和風の町に興味津々なようだ。


 カンナ「Wao!it's traditional Japanese town!」

 チョウナ「カンナ母国語になっちゃってるって、でも本当に凄い!」

 祐希「ほら掛ちゃん見て、大河ドラマに出てきそうな街じゃない?」

 掛瑠「…そう思うよ」

 祐希「なんで暗いのさ!」

 光隆「美味しそうな和菓子、これなんて言うんだっけ?」

 光音「梅がや餅、まさか太宰府以外でも焼きたて食べれるなんて!」


 このおさかな横丁を含む小江戸エリアは、日本の古民家や江戸時代の市井をモチーフとしているエリアだが、その店に入るテナントは地方ごとに固まっていた。横丁は第五フロートを南北に貫き、南端は九州で北端は北海道のものが置いてあった。能力術学校に近いエリアは長崎県や佐賀県の物産を扱うエリアだった。


 光隆「瀬戸物屋さん?えっと確か…」

 掛瑠「瀬戸物は、所謂陶器の器を言います。織田信長が尾張の瀬戸と呼ばれる地域の陶工を支援し、そこで作られる焼き物が有名になった事から「瀬戸物」と言う様になりました。」

 光隆「掛瑠すごいな…」

 掛瑠「いいえ、単に知ってる事を話しただけです。」


 祐希「掛瑠、こっちに昔の本屋さんみたいなのあるよ!」

 掛瑠「…」

 祐希「しかも、大河ドラマとかを監修してる佐伯教授の本も!!」

 掛瑠「…今行くよ」

 陸唯「(何でこんな…暗くなっちまったんだ?掛瑠の方が明るくて、少し暴走気味で祐希の方が少し暗かったのに…)」


 その他にも、日本各地のお茶や寄せ木細工、焼き物のお店が並んでいて、日本に来た外国人にも人気であろうことはそれらの店の繁盛っぷりからみて分かるほどだった。

 光隆たちはその中でも焼き物のお店によったようだ。


 カンナ「これが…伊万里焼き?」

 チョウナ「朝鮮では重んじられてなかった陶工達が、日本に入って重んじられた事により開花したの。」

 陸唯「お前幾らイギリスがボロクソに言われるからって、エスニックネタ辞めとけよ」

 チョウナ「めんごめんご」

 光音「日常的に使うなら…あったこれ、この有田焼が良いって母さん言ってた。」

 光隆「これが、質実剛健って言うのか?何かシンプルで良いなこれ」

 光音「そうね」

 カンナ「にしても、思ってたより地味ね」

 光音「あの伊万里焼きは輸出やコレクター向けのブランド品なんだけど、有田焼きは普段使いの為のものなの。」

 カンナ「これが…ワビサビ?」

 光音「そうかも」

 

 光隆「にしてもこれが修理したものなのか。何か、独特で手に馴染む気がする」

 チョウナ「何で修理するんだ?器くらいまた買えば良いのに」

 祐希「使えるものは最大限使う方が、1番でしょう?」

 陸唯「確かにな。俺も綺麗なサッカーボールよりいつもの使い慣れたサッカーボールのほうが使いやすいし、メンテナンスもするからそんな感じなんじゃないのか?」

 光隆「愛着が湧くってやつか?」

 光音「そうね!」


 そんな感じでお店を物色するもの、中々小学生が買えるような値段で良いものは見つからなかったので、結局ここでは買い物をしなかった。

 次に、彼らは興一の誘いで茶の湯を体験することになった。


 興一「まず、僕と都姫が手本を見せる。」

 都姫「私が亭主(もてなす側)かしら?」

 興一「いや客側やってほしい」

 都姫「お手前拝見ね、流石に時間的に茶事は出来なさそうだけど…」

 興一「流石に4時間掛かる茶事は本家でやりたい、ここでは一服だけ。にしても、ここに体験スペースがあって良かった」

 光隆「あの、茶事とかパンフレットの懐石とか濃茶って何ですか?」

 都姫「茶事は茶の湯を沸かすために炭を継ぎ足す事から始まり、懐石(食事)を食べてお抹茶を頂く濃茶、最後の締めである薄茶を飲んで終わる。」

 興一「厳密にはもう少し作法があるんだけど、多分ここで言ったら頭パンクすると思うから各自調べてね。」


 興一はそう言いながらもせっせとお茶を淹れる。本来なら店員さんに任せる所だが、興一はこの日の為に頼み込んでいたのだ。


 都姫「じゃあ、一旦この部屋から出て。光音ちゃん、確か貴方なら作動の心得はあると思うけど」

 光音「は、はい。叔母から教わってます。」

 都姫「映美ちゃんから、私の一個上なのにここまで…兎も角光音ちゃんはお詰めさんをやってもらおうかな」

 光音「分かった。」


 光音は列の1番後ろに並ぶと、光隆に手招きして光隆を自分の前へと並ばせる。


 興一「そろそろ入っていいよ?」


 興一はそう言いながら襖に手が掛けれるくらいに開けた。そして、一気に都姫が開ける。


 都姫「本来の茶室なら、裏口で亭主たちがもてなす支度をしているけど流石に店の奥に入れなかった様ね。」

 光音「本来、先に床の間に飾られた茶器や掛け軸といったコレクションを見せてもらって、それから亭主が登場してもてなす感じなの」

 興一「流石ですね」

 カンナ「や、やっぱり正座するのですの?」

 光音「するしかないと思う」

 カンナ「(´・ω・`)」


 興一は昔から茶道の心得を叩き込まされており、はんなりとした言い方も役に入っている状況だからだ。末席の光音がピシッと扉を閉めたら、一服がスタートする。

 興一は用意した最中と一膳の箸を取り出し、人数分の太い楊枝を置いた。


 興一「お菓子です、どうぞ」

 光音「あのお箸はお菓子を自分の前に置いた懐紙に置くための、いわば菜箸なの。」

 都姫「お先に使わせていただきました、どうぞお次に。」

 祐希「は、はい!」

 都姫「そうそう、そしてお菓子を食べる際は懐紙ごと手に乗っけて楊枝で食べるの。おお、これは美味しい。」


 彼らは教わった通りにお菓子を楊枝で食べ、興一はそれを見計らったタイミングでお抹茶を出す。流石に濃茶(コーヒーで言えばエスプレッソに近い)ではなく薄茶(一般的に知られる抹茶)を興一は選んだ様だ。そして衛生的な部分を考え、回し飲みではなく興一はそれぞれにお茶を立た。


 光音「(光隆と間接キスが出来ると思ったのに…)」

 光隆「?」

 都姫「流派によって茶器の回し方は違うけど、正面の絵柄が抹茶で汚れるのは嫌なので正面を避けて飲むの。お点前頂きます。」


 そう言いながら、都姫は時計回りに2回回しつつ正面を外して口をつける。都姫の手本は、まさに優雅なものでお茶を嗜んできた経験を感じた。その姿は、光音も見惚れるほどだった。


 光音「お、お相伴させて頂きます。」

 一同「お相伴ささて頂きます。」

 

 子供達も正座に耐えながら、もなかで甘くなった口に抹茶を注ぎ込む。口に残る甘みが抹茶の苦さで中和され、なんとも言えない独特な味へと変わる。

 

 光音「いい、お点前でした。」

 都姫「興一くん、今日はありがとう。私は仕事で戻らなきゃいけないの。興一くん、一緒に過ごせて良かった。」

 興一「気をつけてね…っと言っても僕同様強いんだから、もっと能力鍛錬はしてよ」

 都姫「分かった、じゃあまた来月!」

 興一「うん!」


 ここで都姫とは分かれた。興一も出発の支度をして、店の人に感謝して再び敷島の街へと繰り出す。

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