敷島の初日-3
掛瑠「(そんな夢物語を、弓張と言う大財閥の主だった存在が…。同じルーツを持つ存在であれど、違いを“洗い出して”それを根拠に、対立を挑む。それなのに…)」
…………
春の陽気に包まれた海護財団本部、一面の海を見渡せる屋上は職員の憩いの場となっていた。
興一「えっと、来月までにこうこうこうして…」
興一は、この日は果苗に教鞭を任せて財団本部で事務仕事を終えていた。午前中にはその仕事が終わり、授業計画を再検討していた。漸く試行錯誤期間を設けて光隆たちの学力や授業の進め方の具合を把握し、それに沿った授業こそ彼らの知識や頭脳を向上させる。
琴子「あ、興一さん」
興一「どしたの?」
琴子「新しく創設された学校の先生なんですよね、なんで私に言ってくれなかったんですか?」
興一「なんで今になって?」
琴子「私だって科学技術本部の一員ですよ興一さんや成茂さんみたいな実地部隊じゃないですけど、それに私だって2年前まで大学で教職取ってたんですからね!」
興一「は、はぁ…」
琴子「それにその授業計画、一体何でそんな事になってるんですか?国数英理社って単調かつ午前に詰め込み、8時から始めるって一体何で?」
興一「そりゃ、寄宿だもん…早起きは三文の徳とも言うし、8時には授業始めていいでしょ」
琴子「それに、サブ科目が全くないってどうして?人事だったら副本部長である興一さんなら見れたでしょ、何で相談してくれなかったんですか?」
興一「許嫁に浮気疑われたら困るし、だから女友達と話す際は樒果に緩衝帯になってもらってたから…」
興一の返答がしどろもどろし始めた時、周囲に居る女性職員が黄色い歓声を上げていた。
賢三「おーい、興一。ここにいたか!」
興一「賢三先輩!」
賢三「こいつの相談に乗って、これから飯なんだ。」
琴子「お兄ちゃん!?」
吉野秀喜「おお、居たのか。」
彼らは転落防止のフェンスのそばにゴザを敷き、各自持ち込んだ弁当を開いた。興一は豚肉の生姜焼きが入った爆弾おにぎり二つと塩漬け野菜、賢三は財団内の売店で買ったサンドイッチ、吉野兄妹は秀喜が作ったお弁当だった。
興一「いつも弁当作ってるんですか?」
秀喜「あぁ、当番制だ」
賢三「お前シスコンだからいつまで経っても彼女出来ねえんだよ」
秀喜「はぁ?賢三こそ異動しちゃった澪の事好きだって言いふらして回るぞ!」
賢三「さ、させるかよ!」
興一「青春してるなぁ…」
こうして集まると分かるのだが、最も背が低く未熟な容姿である興一さんの方が対応はある程度大人だった。なお此処での身長差としては、賢三>(都姫)>秀喜>(澪)>琴子・(果苗)>興一だったりする。
興一「ここに出席してない弓張家や本部長居るのは気にしないでね」
賢三「おいおい、誰に言ってるんだよ?」
興一「いいえ、特には」
………
この日の午後、到達度テストが終わった光隆たちはおおせの艦内で思いおもいに過ごしていた。
光隆「なぁ、いつの間にか岸から離れてないか?」
光音「確かに」
果苗「興一くんが、自分が帰ってくるまで岸から離せって言ったからね…。」
光隆「なんで?」
果苗「さぁ?」
光隆はみんなで敷島散歩に行くつもりだったが完全に出鼻を挫かれた形となった。当然それは、グラバー姉妹も同じだった。
カンナ「チョコクランチバー!」
チョウナ「ここ書斎だから静かにしてよ」
カンナ「食べたい、何で興一さん此処に閉じ込めたんですの?」
チョウナ「そんな事よりこれ見てよ、ロイヤルネイビー重巡エクセターと皇国海軍駆逐の雷・電の話!」
カンナ「今そんな気分じゃない、りーくーたーだー面白いこと何かない?」
チョウナ「ついさっき体育館の屋上に行ったよ」
陸唯は忘れては居なかった。昔まだ彼も弘明寺に住んでいた時、近くの運動公園で光隆と特殊能力で凌ぎを削っていたあの日のことを。そして、自分の父親の転勤のせいでイギリスに行くことになったあの日、紅色の電車の戸が閉まる刹那に交わした再戦の約束を…。
陸唯「約束、覚えてるか」
光隆「当たり前だ、今やるか?」
陸唯「当然だ。昨日ザコ相手に無双したとは言え、お前サシだと弱ってたとか言うなよ?」
光隆「そっちこそ、魔法ばっかり使って熱くなくなったとかだったら吹き飛ばすからな」
果苗「ルールは簡単、この体育館の屋上コート甲板から転落して一段低い庭園甲板に、もしくは海面に落ちたら負けとする。」
光隆「4年振りだな、陸唯」
陸唯「あぁ、久々に本気で掛かって来い!」
果苗「無理はしない様に全力でぶつかってほしい。それじゃ、バトルスタート‼️」
光隆と陸唯は互いに間合いを取りながら相手の動きを伺う。
先に動きを見せたのは光隆だった。そのお得意の水圧砲を至近距離から打ち出したのだ。
陸唯はバク転で軽くかわした後すぐに火の玉を発射し光隆の横を掠めた。
光隆「危っぶなッッ」
陸唯「おっと油断すんなよ!」
そう言うと更に熱波を繰り出した。
この「熱波」は、ロウソクの炎の上の方をよく見ると透明ではあるけど後ろの物がぼやけて見える部分があるだろう。あの様な透明な熱の塊を陸唯はぶつけてるのである。
しかし光隆も軽々とかわしさらに水圧砲を二、三発放ち陸唯に命中させた。
この水圧砲もまた水の塊の様な存在で、それを鉄砲…というか大砲の様に射出している。
そしてその勢いのまま光隆は陸唯へ蹴りを入れた。しかし、陸唯はすんでの所でかわし更に右ストレートを顔面加えた。
光隆は少し怯むもすぐに攻勢を開始してゼロ距離から水圧砲を射出、その反動で2人は球技場の端っこまで吹き飛ばされてしまった。
光隆「どうだ、俺も強くなってるだろ?」
陸唯「そうだな…次はこれだ!」
陸唯は、彼が誇る最強格の技たる火炎放射を展開し光隆にトドメをさそうとする。それに光隆はウォータージェットで迎え撃つ。直撃した青と赤の閃光は温度差から大爆発を起こし周囲を煙幕で包んだ。
ここで先に動いたのは光隆だった。弱冠11歳でありながらその脚力は世界最速の陸上選手に匹敵し、カンガルーにも劣らないと言われていた。その機動力を以って一気に距離を詰める。
しかし、陸唯も負けず劣らずで留学先のヨークの少年サッカークラブに所属してそのクラブの最年少エースとして全国大会出場させた実力者だった。
そんな2人がコートのど真ん中で直撃した。
…………
……
勝ったのは光隆だった。
何故なら陸唯は光隆なら脇腹に水の能力を纏わせた蹴りを入れるだろうととっさに判断して、アキレス腱にチョップを加えたのである。
しかし、アキレス腱への攻撃は叶わず光隆は直上へと飛んだ。そして空中を一回転して陸唯の肩にかかと落としを食らわせ、陸唯がバランスを崩して前方に倒れてしまったのだ。
果苗「勝負辞め、光隆君の勝利!」
審判の声が甲板に響く。
この勝負は彼女曰く、特殊能力者の中でも運動神経の良い2人だからこそ出来た完成度の高い戦いだったという。
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