敷島の初日-1


 懐から、光音と光隆にペンダントを手渡しした。片方は圧縮空間筒と呼ばれる母の形見で景治も同じものを持っていた。光隆に渡されたのは、謎の緑色の宝石であった。


 景治「強くなれ、僕を超えるくらいに。僕と同じ領域に、最強と、究極の能力者に。」


………


 景治が去り、興一が二人にみんなの事を知らせる。


 光隆「そうか…掛瑠と祐希は?」

 興一「無事だ。その紅茶は掛瑠が、パンの耳揚げは祐希が拵えたんだ。昨日の今日だからアレだけど、取り敢えず食べて。」


 2人が淹れてくれた紅茶を、2人で取ることにしたようだ。興一は野暮だと思い戸を閉めて買い出しに行ってしまった。


 光音「聞き忘れてたけど、望みって…?」

 光隆『俺は、レトキシラーデとか言う怪物も、周りの人を困らせるマフィアも、どっちも全部ぶん流す‼️』

 光音「!!」

 光隆『そして…』

 光音はクスッと笑った。その願いは、とても光隆らしかったという…。


……………

……


 海護財団、敷島総本部。将校クラスの幹部が揃い、この日にあった沢山の死を悼んでいた。


 景治「歌浦直人ハワイ探題司令、そして沢山の方々の死をここに刻む。」

 歌浦イズナ「ダディ…」

 景治「副官の戸次君によれば、昨年末から狂乱していた。だから僕は休暇を取る様に命じたのだが…イズナ、君も少し休むべきだろうか?」

 イズナ「…NO.I am not。犠牲を積み重ねて来たのなら、ここで引くなんて出来ません。」

 彼杵茜「失ったものは多い。何も失わない様に、総司令はどうなされます?」


 景治の秘書であり親友のイズナのフォローを行いながら、副司令の彼杵茜が話の流れを変える。


 景治「兎に角、艦隊再編と戦力の増強を急がせろ。ハワイに緊急で応援を送れ。」

 西海澪「総司令、遠征打撃群が一つ丸々消息不明です。播責房子准将の艦隊なのですが…」


 東亜探題司令、西海澪が次に意見具申する。行方不明になった艦隊に関して、果苗は何か気になることがあった様だ。


 果苗「琴子ちゃんのお兄ちゃん、吉野秀喜が副官を務めている?」

 澪「…はい、」

 弓張作路「まーたあのおばさんの面倒事に付き合わされて、大変だな…」

 果苗「作路、またお酒飲んで…」

 筑紫双樹「若干おかしな感じがするなと思ったら、そう言う事だったとはねぇ…」


 弓張作路、興一の従弟にあたり海護財団事務局長を務める傍ら第3遠征打撃群“レガート”の指揮官を務める。とんでもない酒豪だが、この日はこの緊急会議が無ければお酒飲んで寝るつもりだったのだとか。

 筑紫双樹はもう一人の海護財団副司令であり、国際連合からの派遣官僚の一人だったがその才覚で上り詰めた者であった。


 作路「おい筑紫、お前の元いた場所の部下だろ何とかしあがれ!」

 興一「作路、都姫も心配していたぞ。お酒の失敗は永遠の失敗に繋がるからと」

 作路「兄者!姉者は関係ない、と言うか許嫁なら佐世保に帰って早く祝言でも挙げて下され!」

 景治「家族喧嘩は後にしてくれないかな?」

 興一・果苗・イズナ「「「貴方が言うな」」」


 こんな調子だから、ため息を付く茜。取り敢えずその間に6月までの作戦計画案を確かめていた。


 茜「話を戻すけど、取り敢えず私の第2機動艦隊と景治司令の第1・第3機動艦隊で損耗し過ぎている東亜探題の艦隊が揃うまでその領域で活動。柚木賢三率いる第4機動艦隊はハワイ方面への航路確保」

 柚木賢三「了解した」

 茜「それ以外は遠征打撃群と各支部・各探題の守備隊及び掃討隊で一応の所は持たせるしかない…か。」

 果苗「ここで私から、以前から進めていた構想の幾つかが完成した事を伝えます。まずは…」

 景治「その前に、興一准将は彼らの様子を見に行って貰いたい。会議の顛末は後でイズナか果苗少将から聞いてほしい。」

 興一「畏まりました。」


 会議は淹れたての紅茶が冷えるまで、夕暮れ時から天頂近くに月が登るまで続いたと言う。


……………

……


 興一「二人とも、もう大丈夫かい?」

 光隆「あぁ!」

 光音「問題なし、ですって」

 興一「琴子さん、ありがとうございます。」

 琴子「いえいえ…それよりも、うちの」

 興一「秀喜さんなら、きっと帰って来ますよ。でも怪我するかもだから、医療スタッフの仕事をしながら待っててあげてください。」


 興一は光隆と光音を引き取ると、カリブディスへと向かう。その間に、光隆は景治から貰った宝石を見つめる。


 光隆「これは…なんだろう」

 光音「ペンダントがダメなら、その長袖にしばり付けてたら?」

 光隆「ああ、そうだな」


 そう言いながら、カリブディスの居るドックへと入ってゆく。


 光音「カリブディス…」

 光隆「これから、よろしくな」


 カリブディスは元々海護財団の制空戦力を担う艦艇として計画されていたが、二段軽空母の出現により一隻だけ就役して持て余していた。

 それを興一が学校として活用したものであった。


 興一「ここが、君たちの学校となる場所だ。荷物は全部搬入してある。さぁ、入ろうか。」


 彼にとっては、はじめての生徒であった。と言うより、この“敷島能力術学校”自体のはじめての生徒が彼らだったのだ。


……………

……


 陸唯「おう、大丈夫だったんだな」

 光隆「あぁ、化け物を…どうしたんだっけ?」

 光音「あっという間に光隆がやっつけたけど…」


 興一を一瞥する光音、光隆の件に関して興一は説明をためらっている。すると陸唯、話題を転換して光隆と光音が悩まない様にした。


 陸唯「この中すげぇぞ、色々揃ってる。本当に軍艦だったのかって思う位だ。」


 過去に、軍艦が別の施設になる事は思いの外ある事だった。かの最強の前弩級戦艦三笠も、博物館になる前は武装を取り払われて水族館扱いされていた事もあった。軽空母ロングアイランドも、係留され大学の寮になっていた。


 興一「いや、今も軍艦でもある。君たちを守る為の…。じゃあ、ついて来て」


 興一はそう言いながら光隆と光音を案内する。まず陸唯と邂逅したのは、エントランスであった。そこから、狭い通路を抜けてゆく。階段の横を通り抜けると、そこには少し洒落た食堂があった。


 興一「ここが食堂…と言っても、僕ら以外誰も乗っていないから好きに使っていい。」

 光隆「うちの学校にはこんなの無かったぞ」

 光音「それはそうだよ、高校以上じゃないとこう言うのないもの。」


 食堂の奥には左右のバルコニーへと通じる扉があり、水密式であった。更に奥へと進むと教室や理科室、技術室が並び、体育館へと通じていた。


 光隆「広いなぁ…」

 光音「うちの学校のより少し広い位かな」

 興一「本来ならヘリが4機入る場所だったんだよ。更に奥に行けば倉庫があって、カッターボートとかを入れている。」

 光隆「やっぱり船なんだな」

 興一「動くとも」


 2階へと移る三人、2階は居住スペースに当てられており、奥には図書館がある。バルコニーになっている部分は左舷に美術室、右舷に御座敷談話室となっていた。


 興一「そして、ここが君達のお部屋。相浦家の二人と松浦家の二人で分かれている。」

 光隆「へぇ…ってあれ、掛瑠がいないぞ」

 祐希「あら、三人とも…掛瑠なら図書室よ」

 陸唯「あいつ、本当に何があったんだ?」

 祐希「…」

 陸唯「…余り聞かねえ方が良さそうだな、両家の目の前の部屋に俺は居る。」


 そう言い残して荷解きに陸唯は戻って行った。何せ彼はイギリス…否、イングランドのヨークから帰って来たのだから。


 興一「しっかりお風呂は入ってよ!ってお風呂は地下1階にあるからね」

 光隆「その前に俺は図書館に行きたい」


 図書館に入るも、掛瑠の姿が速攻で見えた訳ではなかった。


 光隆「掛瑠、どこだ?」

 興一「図書館はこことここの奥、後3階にも広がっている。」

 祐希「となると…」


 祐希は奥の間へと入って行く。図書室なので机と椅子もあるが、それよりも奥に歴史や科学の本のコーナーがある様だ。興一の想定では奥から本を持ってきて、机で読んでもらおうと思っていた。しかし…


 掛瑠「…何故、何故来たのです?」


 床に正座で座り、歴史の…高校の教科書を読んでいた。


 光隆「ただいま、掛瑠」

 掛瑠「…答えて下さい」

 光隆「ただいまって言いに来た、またやつれてるけど飯とか食べてるのか…?」

 掛瑠「…」

 興一「これは重症だな…祐希、ここで二人で待っててほしい。後で晩御飯ができたら呼ぶ。」

 祐希「全ては私の責任です、わかりました」


 3階の図書室に上がる階段を登ると、漫画の単行本などのコーナーがあった。


 光音「わぁ、懐かしい…宇宙戦艦フソウ」

 光隆「こっちには蒼藍のファルナーがあるぜ!」

 興一「え…(かなりニッチなの攻めるなぁ)えと、奥がグラバー姉妹の部屋で更に奥には艦載機格納庫がある。この図書室、本を取り出すときにアクリル板の扉を開ける仕組みになっているのは船が揺れるからなんだ。許してほしい」

 光隆「別にいいぞ?」


 彼らはその後、船の前の方へと移る通路を通る。


 興一「さて、艦橋真下だけど…左にユニットバス、右に僕の部屋があって前には…」

 光隆・光音「前には?」

 興一「空き部屋がある」


 二人はズッコケた。何か特別なものでも隠されているのかと期待していたらこの様子なのだから、若干呆れてもいた。


 興一「まぁでも、必要になったら倉庫にでも使えばいいし…こう言うのも必要かなって。因みに軽空母時代からここら辺は改造してないよ?」


 そして艦橋、ここは船を動かす大切な場所であり辺り一面が見渡せるスポットである。


 光隆「ここが艦橋?」

 興一「二人とも、そこらへんに座って。」

 光音「は、はい」


 艦長席に興一が座ると、船全体にアナウンスを流し始めた。


 興一「本船はこれより、敷島能力術学校としての航路を征く。その道は、僕は君たちに切り拓いて貰おうと思う。相浦光隆!」

 光隆「はい!」

 興一「発進の号令を頼む」

 光音「え…よかったじゃない、光隆!」

 光隆「あぁ」

 興一「ガントリーロックそのまま、海中E4リニアカタパルトによる発進要請」


 興一は通信で本部CDCにそう求めた。


 要「カリブディスからのリニアカタパルトE4の開門要請」

 澪「許可します」


 そう言うと要はコマンドを入力し、カリブディスが動き出す。


 光音「船が、船が沈んでゆく…」

 興一「大丈夫だ、元よりここは海面下。外に通じるハッチは全て閉めてある。」

 光隆「いつ、いつ言えばいいんだ?」

 興一「E4ゲートが見えてから…かな。主機点火」


 ゴゴンと鈍くくぐもった音が鳴る。目の前には「Linear Catapult-E4」と書いてあるシャッターが現れていた。


 興一「スラスター展開、発進準備オールクリア」

 光隆「カリブディス、発進!!」


 勢いよくカタパルト内を船が走る。全長190メートルの船が、約1kmのカタパルトを一瞬で飛び抜け海中へと駆ける。


 興一「光音、舵は握れるよね?」

 光音「都姫さんに、少し教えてもらいました」

 光隆「頼むぞ、光音!」


 海中にこのまま進むととてつもなく遠くに行ってしまう為、方向転換しつつ海面へと浮上する。


 光音「見えた、海面」

 光隆「行っけぇぇぇ!」


 一瞬、夜空を船が舞う。そして、水飛沫を上げながら舞い降りた。


 興一「初航海…大成功だ、二人とも」


 目の前に、夜景輝く街並みが広がっていた。それはどこか優しく、どこか冷たい様に思えた。


 興一「光隆、あの街が…君が守った街なんだよ」

 光隆「綺麗だ…」

 光音「夜空…余り期待できないか」

 光隆「そうしょんぼりするなよ」

 興一「さてと…」


 再び放送が流れた、夕飯の時間だ。

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