第4話 何かに狙われている

 2階に行った時、違和感を感じた。嫁の私物がかなりまだ残っていたからだ。お気に入りのフィギアなどがそのままで、さらに数が増えている。出て行ったというよりも、ちょっと出かけているだけで、すぐ戻って来る気がした。


 俺が階段から一番遠い一角のソファーの方に行き、部屋全体を振り返る。

 静かすぎて怖かった。


 ヒュン 


 弓が放たれたような音がした。

 同時に顔をかすめて、ダーツの矢のような物が壁に刺さった。


 え!?

 何だよ、これ!?


 俺は背筋が凍るような恐怖を感じた。

 見られてる?一体、どこから飛んで来たんだろう。

 まるで、からくり忍者屋敷のようだ。

 まさか、俺を殺そうとしてるのか?


 そうだ・・・あいつは家の中にいるんだ・・・!


 俺は気が付いた。

 玄関ポストにあった鍵は、ただのスペアであいつは在宅している。あいつはなくし物が多い。外出した時に、鍵をなくして家に入れなくなると困るから、鍵は常時ポストにいれているんだ。ただそれだけだ。鍵を返して出て行くはずなんかない。俺は部屋の中を見回すと、天井にカメラのような物が取り付けられている。

 以前はなかったものだ。

 この家には俺を殺すための仕掛けがあるのかもしれない。


 俺はそのまま、1階に引き返すことにした。ゆっくりと、足音を立てないように、さっき通ったルートを思い出して、静かに移動した。すると、またシュンという音がした。


 それと同時に俺の背中に、さっきよりも太い刃物のような物が刺さった。彫刻刀みたいだ。痛かったが、滑りながら走って、階段までたどり着いた。


 俺は背中に何かが刺さったまま1階に降りた。確か刃物は抜かない方がいいんだ。その時は気が付かなかったが、抜く余裕がなかった。そして、すぐに玄関から逃げようとして靴を履いたが、ドアが開かなくなっていた。


 すぐに、110番通報しなくては。殺されてしまう!俺は焦った。


 それから、さらに胸をめがけて、金属の矢のような物が飛んできた。


 ギャー!


 俺は悲鳴をあげた。金属の棒が胸に刺さっている。

 俺は外に向かって叫んだ。そして、ドアをバンバン叩いた。

 胸の傷が響く。


「助けて!殺される!誰か!助けて!助けて!助けて!」


 助けて!

 助けて!

 助けて!

 誰か!

 誰か!

 誰かーーーーーーーーーーーーーーーぁ・・・


****


 俺は目を覚ました。

 夢か・・・。俺はほっとして、嬉しくなった。

 俺は癌じゃないんだ。

 しかし、随分、リアルだった。

 まるで現実のようだった。


 全身、汗びっしょりだ。


 ここはどこだろう。

 床には毛布が敷いてある。その下はクッション材だ。足の上にはテーブルとパソコン。あ、ここはネットカフェだ。俺はすぐに気が付いた。俺は家に帰りたくなくて、ネカフェに逃げ込んでいたんだっけ。傍らには会社に着ていくパンツがハンガーに掛けて吊るしてあった。


 結婚してわずか2ヶ月しか経ってないのに。

 あんな頭のおかしい妻だったとは、想像もしなかった。

 俺はようやく離婚を決意した。


 ***


 俺は朝起きると、シャワーを浴びて、洗濯済みのワイシャツに着替えた。しばらく家に帰っていないが、コインランドリーがある漫画喫茶で洗濯していた。シャワーもあるから、完全に生活できる。何て便利なんだろうと感心する。


 年収1000万のサラリーマンが漫喫で寝泊まりしている。おかしくないか?

 笑いがこみ上げて来る。

 俺は何のために働いているんだろう。

 俺は、その夜家に帰った。


 鍵を開けたが、玄関にはドアガードがかけてあって入れなかった。3階には電気がついている。俺はインターホンを鳴らしまくった。

 しかし、やつは出て来ない。

 LINEを送る。シカトされている。

 もしかしたら、中ではオーバードーズでもしてるんじゃないか。


 俺は不安になったから、交番に相談しに行った。


「何度も、リストカットしていて、私もしばらく家に帰ってなかったんで、心配なんです」

「じゃあ、ドアガードを外しましょうか?そういうケースあるので」


 俺は警官と一緒に家に戻った。警官がドアガードを開けて、俺たちは3階に急いだ。


 すると、ドアの向こうからアンアンと妻の喘ぎ声が聞こえていた。

 ドアの向こうに男がいる。

 俺といた時よりもずっと激しかった。

 俺は妻を寝取られて恥ずかしい。

 警官も気まずそうに、目をそらしていた。

 しかし、俺は遠慮なくその場に踏み込んだ。

 相手の顔を見てやろうと思っていた。慰謝料を請求してやる。


 そこにいたのは、新妻とうちの会社の人だった。新宿西口で声を掛けてくれた人だ。


 俺は混乱した。

 どこから、どこまでが夢で、何が現実なのか!

 一体、どうなってるんだ!


 逮捕してください!


 俺は絶叫する。


 無理ですよ。


 警官は無情にも言った。


 浮気相手の男はベッドの上で土下座して謝った。

 あまり反省が感じられない。彼は床まで降りるべきだったのに。


 俺は納得がいかなかった。その人は、身長160センチくらいと小柄で、チンコも小さいし、仮性包茎。何がよかったんだろうか?年齢は俺より10歳くらい下で、まだ課長だ。なぜ、俺は負けたのか?年収だって、学校だって俺の方が上だ。俺はお前なんかに負けちゃいない!そうだ、俺は絶対お前なんかには負けない。そう考えて、俺は切り返した。


「こいつを捕まえてください。妻はまだ16歳です」


 そうだ。16歳だから淫行だ。今年民法改正したけど、2022年の4月で妻はすでに16になっていたから、俺たちは結婚できたんだった。


「お前なんか絶対、離婚してやる!」

 俺は妻に向かって怒鳴った。

「どうしてあんなのと浮気したんだ?」

 俺は詰め寄った。嫁は不機嫌そうに一言だけ言った。

「気分」

 女はベッドでタバコを吸っていた。

 禁煙の我が家で! 


 同僚がパトカーに連れ行かれたのは、ちょっと面白かった。

 俺は黙って家を出た。

 またネカフェに戻る。

 その日はずっとニヤニヤして、顔が緩みっぱなしだった。

 やっと自由になれる。

 

 その後、弁護士を通じて、妻に離婚を申し入れたが、妻は拒んでいた。

 楽で怠惰な生活を手放したくないからだろう。


 俺は妻から慰謝料を請求された。妻とは婚前交渉があったから、その辺を突いて来た。家を寄こすようにとも言われた。7千万の家を結婚期間2カ月の妻に渡せるわけがない。だから、俺は家を売りに出したが、元妻がそのまま住んでいるみたいだ。不動産屋から、客を連れて内覧に行ったのに、見せてもらえなかったと、苦情を言われた。


 俺は弁護士を通じて明け渡しを請求した。

 嫁からは返事がなかった。


***


 昨日、妻が死んだと連絡があった。

 俺の家で首つり自殺したそうだ。


 誰も家に行く用事がないから、遺体が見つかるまで1週間以上かかってしまったらしい。臭いがひどくて、近所の人が交番に相談したそうだ。

 妻が亡くなったのは、なぜか風呂場。

 片付けが楽だからという配慮だろうか。

 ユニットバスだから全部交換できる。


 しかし、俺の家は事故物件になり、売り止めになった。

 俺には、価値のない家と、ローンだけが残った。


***

 

 俺の家は、近所の人から幽霊の出る家と言われている。

 誰もいないはずなのに、夜中、電気が付いていて、女の笑い声がするそうだ。

 妻の狂ったような笑い声。


 ワハハ、ワハハと不気味に響く、笑い袋みたいな声だそうだ。

 生前も、仕事を終えて家に帰ると、誰かとチャットで話している声が道路まで声が漏れていたものだ。


 俺は今もネットカフェで暮らしている。

 ネカフェにいると落ち着くからだ。

 俺が戻った時、ネカフェ友達は喜んでくれた。

 ここが俺の居場所だと思った。


 同僚は不起訴になった。妻が既婚者だったからだ。

 俺は寝取られ夫として、彼に見下される。

 

 そのすぐ後、仕事で大きなミスをしてしまった。

 今までやったことのない、単純なケアレスミスだった。

 一気に信用を無くす。会社のみんなが冷たくなる。


 現実を忘れたい。

 俺はネカフェのパソコンの前で膝を抱えている。

 

 俺はすべてを捨てて、ホームレスになった。

 もう、逃げる場所はどこにもない。

 

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現実逃避 連喜 @toushikibu

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