第2話
とは言え、あんまりがっつきすぎるのもなぁとは思う。その辺りを履き違えたら、一発で嫌われる可能性が高い。だから、大胆かつ慎重に行動しないといけない。だけど、俺にはそういう駆け引きが出来るほどの経験はないし……。
「無垢? いつまでそうしてるの?」
「え? あぁ……いや……」
デート、もとい考えごとに夢中で玄関のドア前でうっかりボーっとしていた。母親に声をかけられなかったら、いつまでこうしていたのやら。
「……さすがに浮かれ過ぎか」
「ん? 何の話?」
「いや、何でもないよ」
そう言いながらスマホで時間を確認してみれば、いつの間にか八時を過ぎていた。思ったよりも悠長にしてたらしい。訝しんでいる母親は放っておいて、そろそろ学校に行かないと。徒歩十分圏内だから今から出たとしても遅刻することはないけど、ギリギリに行動するのは好きじゃない。
「んじゃ、行ってきます」
「はい。気をつけてね」
母親に見送られながら外に出て、敷地外へと続く石畳の上を歩く。そんな中、ふと仄かなフルーツ系の甘い香りに鼻をくすぐられ、おもむろにそちらの方へと目を向けていた。そこに在ったのは、母親が好きで手入れしている庭園と、その中に映える色とりどりのイングリッシュローズたちだ。
なんでもイングリッシュガーデンってやつらしく、隅から隅まで綺麗な印象を受ける。
「フリージアとかもそうだけど、いい匂いだよなぁ……見た目も綺麗だし、母さんがちょくちょくご近所さんと庭でお茶会開く理由も――待てよ」
あのバラ、好きな娘を家、いや、自分の部屋に呼ぶ口実にならないか?
(んでもって、俺以外が出払ってる時を狙えば……人目のない所でふたりっきりに……)
父親は言わずもがな、平日なら母親も不在の時がある。だったら、そういうチャンスや綺麗な庭園を利用しないワケにはいかない。条件的にも、あっちの気持ち的にも、俺の勇気的にも、すべてが合致するタイミングで家に誘うってのは難易度高めだけど、デートを重ねて好感度を上げていけば……。
(そうだよ。俺に足りなかったのはキッカケなんだよ)
そのキッカケさえ掴むことができたのなら、俺だって。そして、それが今度のデートなんだと思えば、やっぱり、失敗は許されない気がする。
(可能な限り好感度を稼いでおかないと……)
何ともゲーム脳的な考え方かもしれないし、現実はギャルゲーのようにはいかないとは思うけど、何も意識しないよりかはマシだろう。まぁ、ゲームみたいにわかり易く選択肢が出てくるなら、その方が楽で良い――。
『あぁ、バラを眺めて考えごとですか……やっぱり絵になりますね……』
「へ?」
突如、どこからともなく声が聴こえた気がして、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「…………」
辺りを見回してみても、特に誰が居るわけでもない。一瞬、母親かとも思ったが、姿も見えなければ、玄関のドアは閉まったままだ。そもそも、今の声に聞き覚えはない。となると、家の周りを囲んでる塀から覗いてる不審者でも居るのか?
なんて思いもしたが、声が届きそうな範囲に影はない。可能性としては俺が反応したから逃げたということも考えられる。ただ、それにしたってそういう気配がまったくなかったのも事実。
(勘付かれたのを悟ってから逃げたにしては、声も足音も出さずに……スパイか、ニンジャかよ……)
だったら、幾分か面白いもんだけど。そういう妄想も大概にして現実的な可能性を考えれば、ひとつは俺の気のせい。ふたつは声の主が最初からそういう想定をしていて、逃げる時も冷静に対処した、ということだ。しかし、前者はどうでもいいとして、後者だった場合は――意図を考えると薄ら寒い想いになってくる。
(泥棒の下見……だったら、犯行前に見つかるほどのリスクを冒すか? じゃあ……まさか、ストーカー……?)
意外と今までそういう経験はなかったけど、ついに俺にもそういう存在が付き纏うようになった、ということかもしれない。いつかは来るとは思っていたが、いざとなると背筋に冷たいものを感じる。
(いやいや、待て……まだそうと決まったワケじゃない……きっと気のせいだって……)
ストーカーなんて怖すぎて、存在自体を信じたくない。少しくらい現実逃避したっていいだろう。で、気のせいじゃなかったら、すぐに警察に相談だ。実際に被害がなければ、ただ相談に乗って、付近のパトロールを強化するくらいしかしてくれないって話だけど、こういうのは何かあってからでは遅い。家族に被害がないとも限らないからな。それだけでもありがたいと思わないと。
とりあえず、人の多い通りまでは早足で行こう。大丈夫。勘付かれて逃げるようなヤツなんだから、その直後に迂闊な行動を取るはずがない。そう思いたい。
(って、気のせいだって……)
ったく、念願のデート前だってのに。余計な心労なんてゴメンだ。
銀花無垢の類稀なる純潔 古瀬 風 @fuu_furuse
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