25.生き人形 4

 納が考えに耽る中で、銀は話を継ぐ。


「ユキくんたちは、有栖くんを独り占めしたかったんだよお。頼れるのは自分たちだけにしようと試みていたんだあ。だから、有栖くんに幻覚を見せることで故意的に彼女を孤立させようとした」


「すると予想通り、有栖くんは独りになってしまったってことだねえ」コーヒーの入ったマグカップに口を付けながら銀は呟く。


「そんな時に出会ったのが、凛さんだったんですね」

「うん。最初は人形っていう静止物だったんだと思うよお。でもお、有栖くんの痛みを凛くんが感じ取ったことで凛くんは『彼女を助けたい』と思ったんじゃないかなあ。それが具現化して、生き人形と言う怪異になった」


「そう考えるのが妥当だと思うよお」銀はそう付け加える。


「ですが、それがユキさんたちにとってあまり良い思いではなかった。だから、ユキさんたちは有栖さんに、わざと凛さんと喧嘩させるように仕組んだ」

「有栖くんを独占するためにはどうしても、凛くんの存在が邪魔だったってことだよお。随分と面白いことをするんだねえ」


 ケラケラと笑う銀。ガタンと椅子から立ち上がり、納と葉を交互に見ている。

 自分よりも背の高い相手に見下ろされても納は少しも動揺しない。納は降りかかる視線をただ見つめ返していた。


「でもねえ。一度は離れた絆を納のお陰で再び繋ぐことが出来たんだよお」


 銀ののんびりとした口調が耳を撫でる。納の前まで歩み寄り、視線をそっと合わせるように屈む。


「きみは良い仕事をしたんだねえ」


 銀は納の両肩を掴み、賞賛し始めた。口角を上げてにんまり上機嫌な様子だ。

 褒められたのか? 納は今自分が置かれている状況を把握しきれていなかった。迷った挙句、数秒後に「ありがとうございます」とだけ首で返事をした。


 その反対で、葉は相変わらず嫌な態度を示していた。


「お前、その笑顔辞めろ」

「ええ? どうしてなんだい。不審者みたいに怪しくはないだろお?」

「怪しさしかねぇよ。っておい、俺に近寄るな。納、こいつをどうにかしろ」

「随分と楽しそうですね」

「何処をどう見たらそう思えるんだ」




 暫く経ち、別の仕事があると葉は研究室から出て行った。部屋には納と銀二人に戻った。商店街の依頼は延長となり、納が引き受けることになった。

 納は本当の依頼情報書を確認する。反対側で銀は、ざっと数えて五百ページもありそうな分厚めの本を読み漁っていた。

 

 ふと、納は資料から視線を外し、銀へと声をかける。


「そう言えば銀さんは、有栖さんの友達を見てないと言ってましたよね?」

「うん。そうだよお」

「それは、本当ですか?」

「と、言うとお?」


 銀は分厚い本から目を離す。その視線の先にはいつものポーカーフェイスの納がいた。


「どうしてユキさんたちの名前を知ってるんですか?」

「ええ?」銀は椅子を座り直す。


 納は確かめるようにもう一度だけ、同じ質問を繰り返した。銀は穏やかな笑顔を張っている。


「私は銀さんに、と言っただけです。ですが、貴方は最初からと言っていました。名前までは教えてなかった筈です。どうして……」

「そう言えばあ、あの団地での落とし物は何だったのお?」


 銀はコーヒーを飲み干すと質問を質問で返した。逸らされたと納は瞬時に理解をする。

 しかし、納は肝心なことを押し出されたまま銀の質問を簡単に答える。


 偽の依頼だったことにより、依頼情報書も出鱈目に記されている。印刷字も文字化けし、怪文章になってしまい読むことも不可能。

 当然、遺失物の写真も綺麗に写っていない。葉は他の資料まとめもあるため一々気にしてられないが、銀は寛大な心を持つ反面、こういった細かい事を気になりがちだ。


 銀が科学者のような性格を持っているからだろう。

 納は薄い唇を動かした。


「チョーカーです」

「チョーカー? それってあの首輪みたいなやつのことお?」

「はい」


 納は頷く。


「どうやら、プレゼントするみたいでしたよ」

「プレゼントかあ」

「銀さん?」

「ねえ、チョーカーを贈る意味って知ってるう?」

「え?」  

「贈り物を渡すことも、物によって意味が変わってくるんだよお。例えば、ピアスやイヤリングには「側にいたい」という意味が込められているんだあ」

「じゃあ、チョーカーは一体どんな意味があるんですか?」

「チョーカー等の首輪はね「束縛」「独占欲」そして、「首を絞める」「窒息させる」という意味があるんだあ」


 納は銀を見返す。

 まさか。

 納は表情の分からない顔で、銀に訴えるように見つめた。銀はこくりと頷く。


「あの感じからするに、ユキくんたちは彼らは、ってことがよく分かるねえ。、納はその手助けをしちゃったってことかあ」


 納は黙り込んでしまった。


「まあ、良いよお。ぼくらは怪異のお悩み解決って職業じゃないからねえ。関係のない話だから平気だよお」


 気にすることはない。銀がそう言っているように見えた。だが、納は何処か胸騒ぎがした。


「有栖さんたちはこれから一体どうなってしまうんでしょう」

「大丈夫だよお」銀は宥める。


「彼女には凛くんが居るんだもの。理解を得たあの子なら、きっと何とかなるさあ」


 納はほっと胸を撫で下ろす。


「それよりい、次の仕事が決まったんでしょお? 遅れても平気なのお?」


 納ははっと口を開け、勢いよく椅子から立ち上がる。


「そうでした。そろそろ行かなくては……」


 危うく失敗に失敗を塗り重ねる所だった。ここの所、凛の監視係を任されていた影響で気が緩んでいるのかもしれない。

 現に、怪異の幻術に引っ掛かり仕事に支障をきたしてしまった。


 焦りとは裏腹に落ち着いた態度で銀に向き直る。


「それでは私はこれで、失礼します」

「うん。お仕事頑張ってねえ」


 納が礼儀正しくお辞儀をする。彼の帽子のメッシュが微かに揺れるも、納の表情は相変わらず分からない。

 銀はそんな後輩に手を振り、納が研究室から出ていくのを最後まで見送った。


 ガチャンと扉が閉まり切ったことで、銀は挙げていた手を下ろす。


「どこまでも食えない子だねえ」


 小さく呟いたその言葉は天井に向かって掻き消された。本に栞を挟み、パタンと閉じる。

 そして、椅子からゆっくりと立ち上がり、使用したマグカップにもう一杯のコーヒーを注ごうと粉状のコーヒー豆を入れる。


「架空も現実に引き出せば幻覚になるんだあ。幻覚は誰にも止められないからねえ。見えちゃったら引き摺り込まれるのが最後だからねえ」


 銀の独り言は更に続く。


「難しいんだよお? 幻覚はその人にとったら現実で、他の人からすれば虚像にすぎないんだからあ。だから、否定せずに受け入れることが大切なんだよお」


 あ、でも。

 銀は言葉を漏らし、自身の顎を触り始める。


「でもそれは、あくまでも。怪異となるとどうだろお? 怪異はねえ、生きとし生ける者たちの思考を覆すようなことを沢山するからねえ。確かあ、それを怪奇現象と言うんだっけ」


 お湯を注ぎ、出来上がったコーヒーからはほろ苦い香りと湯気が立ち込めた。視線を横に移すと、昨日実験したビーカーの液体が変色している。

 銀はそれを見て満足げになった。


「この世の中は科学で証明できないものはないって言うけどお。そしたら、ぼくたちの存在は誰が証明してくれるんだろうねえ」


 まるで自分とは無関係とでも言うかのような銀の呟きは誰にも届くことはなかった。

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