25.生き人形 3

「この前……?」

「あぁ。問題があってな。この前のだがな」

?」そこでやっと、納は首を傾げる。 


 今まで仕事は忠実に行ってきた筈だ。葉からの小言は頻繁に出たが、叱られるということはされていない。

 仕事で何かをやらかしたと言う記憶は納にはなかった。納の様子に葉は一つ溜息を吐いた。そして、面倒くさそうに声を出す。


「生き人形の件」

「え?」

「お前が仕事で負傷して回復するのを待った後、最初にやった仕事だ」

「もしかして、有栖さんの団地での件でしょうか?」


 心当たりを見つけると葉は一瞬だけ顔を固まらせるも渋々頷く。だが、途端に納は困った表情になった。


「私、何か足を引っ張ってしまった記憶はないのですけれど……」


 生き人形である凛の持ち主有栖を見つけ、無事に返すことが出来た。そして、団地での落とし物も持ち主の元へと返ったのだ。

 二件の問題を解決出来たと言うのに、納が犯した失敗とは一体なんだろうか。


 それにも関わらず、葉は話を進める。


「足を引っ張ったも何も……お前、仕事する以前の問題だろうが」


「まぁ、ことで良かった部分はあったがな」葉は深い溜息を吐く。

 それでも、納の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされたままだ。

 むしろ、葉の発言で更に訳が分からなくなっている様子だ。


「どういうことでしょうか? 確かに、仕事場所はだったのですが……」

「何言ってんだ? お前の仕事はだって言っただろ? 資料を渡したのを忘れたのか?」

?」


 聞き覚えのない単語を納は繰り返す。銀がすかさず質問をする。


「団地での落とし物の依頼主は一体誰だったのお?」

「チシャさんと言う方ですよ。有栖さんの友達なんです」

「おい、お前正気か?」葉の表情が更に渋くなる。納も表情は見せないが、明らかに声が焦り色になる。


「ちょっと待ってください、私は確かに団地での仕事と言われたのですが……。それに、書類だって返しましたよ?」

「ああ。確かに返してくれた。だがな……」


 ピラり。よく見ると葉の右手には一枚の紙が握られている。葉はそれをぶっきらぼうに納に渡す。


「え?」


 納は思わず気の抜けた声が漏れてしまった。

 その資料は納が有栖と出会った団地での件だ。依頼情報書には、納がかつて探していた落とし物の詳細が事細かに記載されている。


 記載されている、筈だった。


「これは一体どう言うことでしょうか……」


 資料が完全に文字化けしている。納は思わず目を凝視させた。


「まさか、そんなこと……」

「あちゃあ。これは完全にやられたねえ」銀は苦笑する。そして、「」と何かを知っている様子だった。


 銀はその資料を見た後、何かを思ったのか再び口を開いた。


「そう言えばあ、あの死神くんもそう言ってたっけえ」

「お前、死神あいつらと会ったのかよ」

「うん。死神ってぼくらを毛嫌いする者たちがいっぱい居るけれどお、その時出会った死神は珍しく優しい子だったなあ」

「もしかして、あずまさんですか?」

「名前までは分からなかったけれどお、白髪の子だったなあ。納のことを知っていたから多分そうだよねえ」


 僅かな特徴だが、納はその死神が四であることに確信する。納は凛を連れ出す為に団地を離れた後、その途中で四を見かけた。

 どうやら銀も四と出会したらしい。


 その時の出来事を銀は思い出しながら話し始めた。


「ぼくは彼に言われたんだあ。『納さん、んじゃない?』って」

「四さんがそんなことを……?」

「他にもあるよお」


 四は銀にこんな言葉を残していったらしい。


『ま、別にいいんじゃないんスか~? どうせ、オレらは人間じゃないんだし、頭のネジが外れた奴がいても可笑しくないっスよ。だって、怪異は狂ってなんぼなんスから~』


『あっ、頭可笑しいのは人間っスよね~』四はそう付け加え、愉快気に口角を上げていたそうだ。


「つまりい、納は嘘の依頼仕事を引き受けていたってことになるねえ。怪異に騙されていた訳ってことだよお」

「私がですか……」

「恐らく、幻覚でもかけられていたんだよお」

「……幻覚?」

「これで確信がついたでしょお?」


 何か思い当たる節があるのか、納は銀の方へと顔を見やる。同じく銀も含んだ笑みを浮かべていた。


「納も薄々気付いていたんじゃないかなあ。有栖くんの幻覚症状が病気ではないことに」


 納は黙り込んだ。その言葉は完全に否定することは出来ないと分かっていたからだ。無言を肯定と捉えた銀は続ける。


「納、この前言ってたよねえ。有栖くんは原因不明の幻覚に苛まれているって」

「はい」

「景色が歪んだように変わったって有栖くんが言っていたことが本当だとしたら、可笑しいんだよお。どうしてえ、のお?」

「!!」

「納はあの団地でを見たと言っていたよねえ。でも、本当にい?」

「どういうことでしょう?」

「これを納に言うと混乱しちゃうと思って言わなかったんだけれどお、ぼくにはねえ、んだあ。いや、敢えてはっきり言おう」


 その瞬間、銀の垂れ目が途端に鋭い刃物のように吊り上がったことを納は見逃さなかった。


「ユキくんたちはんだよお」


 研究室が静寂に包まれる。納は銀をただ見つめるだけだ。その様子を葉は見守るように両者を眺める。


「強いて言うならあ彼らはあ」銀の中世的な声が響き渡る。


「納はイマジナリーフレンドって知ってるう?」

「イマジナリー……フレンド?」

「その人の空想の中に現れる友達のことだよお。お父さんやお母さんに見放された有栖くんはあ、その寂しさに耐えきれなくなって空想の世界に縋るようになったんだあ。恐らく、そこで出来た友達が」

「それがユキさんたち」

「うん。そう言うことだよねえ」


 しかし、そう推理することで納の頭の中に疑問が浮かび上がる。


「じゃあ架空の友達なら、何故私には見えたのでしょう? 有栖さんが見えるのなら分かります。ですが、私が見えるのは変ではないでしょうか」

「きっとお、理解してもらいたかったんじゃないかなあ? 同調圧力の一種みたいな感じだよお」

「同調圧力……」

「納は、否定も肯定もせずにからねえ。ぼくは納のそう言うところを気に入っているんだあ。きっと、それはにとっても都合が良かったんじゃないかなあ?」


 銀は今度は、蚊帳の外になっていた葉の方に視線を送る。


「ねえ? 葉」

「俺に返事を求めるな」同期の柔らかな表情を避ける。


「そうなんですか? あまり意識していなかったのですが……」

「そうなんですかって、お前はいつまでも他人事だな」


 重みのない言葉を吐く納に葉は嫌気が差したようで肩を落としていた。

 だが、納はここで一つだけ分かったことがある。凛を団地へ連れて行ったあの日、凛はユキたちの姿を目撃した。


(と言うことは、凛さんは有栖さんの言うことをことで彼らの姿を見ることが出来た)


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