21.生き人形

?」


 納が首を傾げると、有栖は顔を俯かせた。


「その数日後、一人で外遊びして、終わった後に家に帰ったの。そしたら、私の部屋からモソモソって声がして、きっとユキたちだって思ったんだ。何話してるんだろって思ってこっそり耳を澄ましてたの。そしたら……」


 聞こえちゃったんだ。有栖のその言葉が重くなった。


「『凛はマーキュリーの物を壊してない』って言ってたの」


 納は黙って聞く。

 

「みんなに、どうして嘘ついたのって言ったの。そしたら、『は必要ない。アリスにはボクたちが居ればいい』とか、良く分からないこと言ってきて……」

「独占欲が大分、エスカレートしていたんですね」

「やっぱり、よね。わたし…にやっと気付いて……」


 ズルズルと鼻を啜る雑音が耳に入る。納が盗み見ると有栖の目尻に水をたっぷり溜め込んでいた。


「わた…わたし、その時、凛に取り返しのつかないことをしちゃったって……。そう思うと、申し訳なくて……どうしたら良いんだろって、並木通りに戻ったんだけどその時にはもう、居なかった」


 納が別件で例の並木通りを訪れ、凛を見つけて拾った時間帯より後に有栖は再び戻っていた。恐らく有栖が二回目に訪れた並木通りは、既に荒地と化していただろう。


(成る程。色々と繋がってきましたね。私が凛さんと出会う前にはそんな事が……。ですが、何かが引っ掛かります。一体、何でしょうか)


 次々に解けていく謎と、未だに納得のいかない解釈に納は曖昧と微妙に挟まれすっきりとした感覚になれない。


『ママはどうして、誰もいない所になんで話しかけるの? 誰とはなしてるの?』


 有栖と凛が揉め合った時に、出された凛の一言が思い出される。


(どうして凛さんは、ユキさんたちのことがんでしょうか)


 いや、凛だけではない。団地にいた子供たちもだ。彼らは口を揃えて『居ない』と発していた。どうして。


(私にはどうしてのでしょうか)


 思考に耽っていると、しゃくりのような途切れ途切れの声に意識が戻る。見ると有栖が先程よりもくしゃくしゃに表情を酷くさせていた。溢れ出た涙が頬に渡り、有栖の手の甲に静かに落ちた。


「りんに、あやまりたい。ごめんなさいしたい。許されなくてもいいから、凛に会って謝りたいよぉ……!」

「ならば、謝りましょうよ」

「……え?」


 それと同時に、納がゆっくりと立ち上がる。 


「私が、今から凛さんをここに連れてきますから」

「え、お、お兄さん!?」


 待って。納は有栖に呼び止められる。有栖は今何が起きているか分かってない様子だった。瞼を何度もパチパチと瞬きをしている。雫が無音で垂れる。納はいつも通りの笑顔で有栖に近づいた。


「安心してください。凛さんも貴女と仲直りしたいときっと思っていますよ」

「でもそんなこと思ってなんか……」

「そうでしょうか? だとしたら、凛さんは貴女のことを我々に話す筈がありませんよ」

「でも……」

「結果は良い方向に考えましょう。そうすれば上手くいくと。そう思いませんか?」

「え……?」


(まぁ、それは気を紛らわすだけの一種の騙しですがね)


 どんなに胸を高音らせ期待をしようが、気持ちを沈ませ心が窮屈で苦しい状況にいようと、結果は結果である。

 それは如何なる場合でも無情に突き刺す。どうすることも出来ないのだ。


 不安気な顔をする有栖に、納は有栖の両手をぎゅうと握りしめ「大丈夫」と言い聞かせた。


「では、すぐに戻ってきますね」

「うん…。うん、分かった」


 有栖の振り絞られた反応を見た納は、彼女に背中を向けそのまま団地を後にした。


 団地を出た後、納は来た道を戻り始める。首に提げた空っぽの回収箱がカラカラと納の体に体当たりする。鬱陶しさは納にはなかった。

 今はそんな事を考えてる場合ではない。


(早く施設に戻らなくては……)


 納は歩くスピードを早めた。


「納さーん」


 目の前に剽軽な顔をした青年がいた。納の名前を呼びひらりと手を振っている。黒いスーツを身に纏い、大きな鎌を背負った姿に納は心あたりがあった。


あずまさん……」

「随分と忙しそうっスね。仕事でスか?」

「まぁ、そういう所ですね」


 ゆっくりと頷くと四は興味なさげに「ふーん」と鼻で返事をする。特に話すこともなかった納は四の後ろを通り過ぎようとする。


「それでは、私急いでるので」


 一言添えてお辞儀をする。四はいつもと変わらない軽い声で納の名前を呼んだ。


「納さん」

「何でしょうか?」

「いや、呼んでみただけっス」

「あ、そうですか」


 ちょっとした絡みでも納は挑発する事なく微笑んだ。


 四は納より少し若い顔立ちをしている。青年と言うより雰囲気が十代後半の少年に近い。見た目の割には少し幼い一面もあるのだと納はそう解釈した。


「納さん、っスよ〜」

「はい。ありがとうございます」


 納は立ち止まり、もう一度四に一礼する。そして、そのまま四に背中を向けて歩を進め始めた。


 その痩せぎすな後ろ姿を見て、四は苦笑いを浮かべていた。


「本当に分かってんスかね〜」



 施設に戻った納は、凛の所へ向かった。その途中で同期のはるこいしに出会い、凛の居場所を訊ねた。春がそう言えばと口を開く。


「さっきしろがねちゃんと一緒に歩いてるのを見たわよ」

「多分、研究室に居るんじゃない? 銀さんの実験に付き合ってるとか?」

「いやだ、それだったら危ないじゃないの」

「マッドサイエンティストみたいだからね、銀さん。同期の葉さんも大変だよね〜」

「成る程、銀さんの所ですね。分かりました。御二方ありがとうございますね」


 納は研究室へと先を急いだ。



 『研究室』と立て掛けられた硬い木製の扉を軽く叩く。中から「入って良いよお」と柔らかい声が聞こえてきた。銀だ。納は迷いなく開けた。


 実験で使われている薬品の匂いが鼻につく。棚に大量の実験器具が仕舞われている。机に置かれているフラスコには、奇抜な色の液体が入っていた。


 先を見ると銀が机に頬杖をしながら何かを見つめていた。そこには、ガチャガチャと知恵の輪を弄っている凛の姿があった。


 銀は納を見るなり目を見開き、丸眼鏡を掛け直した。


「んん? 納じゃないかあ。そんなに急いでどうしたのお?」

「それがですね…」


 事情を説明する前に、納は知恵の輪で遊ぶ凛の前に向かった。


「おさむ」


 凛は乱雑に玩具を机に置く。納の前まで走り、納の長い足に引っ付いた。納は凛の頭を優しく撫でた。


「凛さん。貴女が言っていたが見つかりましたよ」

「ほんとう?」

「はい」


 納が頷くと、凛は青い瞳を大きくさせ凝視する。納の発言に銀も気づき、椅子から立ち上がった。


「納、凛くんの持ち主が見つかったのお?」

「はい。依頼先の団地に住んでいて、偶然出会ったんです」


 納は事の顛末を銀に説明した。銀は静かに耳を傾ける。


「そっかあ。見つかったんだねえ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る