17.生き人形

 次の日。納は再びこの団地を訪れた。相変わらず居住者の声が騒がしい。


(まだ朝ですが、元気ですねぇ……)


 納は団地の前の駐輪場を歩く。錆びついた自転車が何台も立てかけてある。その中に一台だけ倒れてあるのを見つけた。納はその方向に駆け寄り、自転車を元に戻す。後ろの方から、きゃっきゃっという高い声と地面を蹴るような走る音が聞こえる。


 納が振り返ると子供の怪異がボールを蹴りながら遊んでいた。

先程の賑やかさも彼らからだろう。


(楽しそうで何よりです)


 納はその光景を微笑ましく思っていた。すると、彼らのうちの一人が納に気がつきこちらに大きく手を振っていた。


「おーい!! 落とし物センターのお兄さーん!」


 それと同時にそばに居た怪異たちも納の存在に気がつきこちらに走ってくる。気が付けば納は沢山の子供たちに絡まれていた。納は礼儀正しくお辞儀をする。


「皆さん、おはよう御座います」

「おはようございます!! 今日もお仕事ですかー?」

「最近ここの団地に来てますよね?」

「何を探してるんですかー?」

「僕のパパ、落とし物センターの職員さんに助けてもらったんですよー!」


 次から次へと流れ弾のように向かってくる質問。答えようとすればまた新たな質問、その繰り返しである。その圧力に納は終始苦笑してしまった。


(もしかしたら、この方たちなら何か知ってるかもしれませんね……)


 納は子供たちに有栖について何か知ってることはないかと問う。子供たちは一瞬黙り込み皆で顔を見合わせていた。すぐに元に戻るも、皆の表情はあまり良いものではなかった。


「あー。有栖ちゃんかぁ」目玉が一つの女の子の怪異が呟く。顔を歪ませ明らかに嫌そうな表情を浮かべていた。


「有栖ちゃんは辞めておいた方が良いですよー。あの子、いっつも変なこと言ってるんです」

「おや、どうしてですか?」

「どうしてって言われても……ねぇ? この団地にいる奴らみんな知ってますよー」

「そうなんですか」


 やはり、有栖が周りの居住者たちから避けられているのは本当のことみたいだ。子供のうちの誰かが言葉を継ぐ。


「だってあの子、面白がってやってるのか、真面目に言ってるのか分からないんですよー」

「それは具体的に言いますと……」

「なんかね、景色を見てると『あの木がどんどん大きくなってる』とか『この石歪んでる』とか。何度見てもぜんっぜん変わってないのに」

「しかも挙げ句の果てには、『友達の顔が真っ二つに割れてる』とか突然言い出して泣いちゃったんですよー? 酷いよねー」


 そう言うと周りの皆も「ねー!」と同情の声を上げる。


(やはり、有栖さんは幻覚を見ていたんですね)


 子供たちの言う通り、有栖は不思議の国のアリス症候群を患ってるに違いない。納の中でそう確信していた。


「でも、可笑しいのはそれだけじゃないんです」


 納たちの会話をずっと聞いていた片腕を千切られた子が暫くして口を開く。


「ずっと前に有栖ちゃんのお家に行ったんです。紹介したい友達がいるってそう言って。でも、実際に遊びに行ったら誰も居なかったんです」

「居なかった……んですか?」


 納がそう繰り返すと、その怪異は頷く。


「それなのにずっと、居る居る居るって言ってばっかりで……流石に嫌で途中で帰っちゃいました」

「あれーそれ、俺もあったんだけど」頭に矢が刺さった怪異が反応する。


「それからじゃなかったっけ。有栖が途端に変なこと言い始めたの」

「あっ、そうだったー。有栖ちゃん、そこからもっと可笑しくなっちゃったんです。今では誰も近づこうとはしないんですよ」

「なんか、お母さんもお父さんも居ないし多分、ずっと一人で居るんじゃないんですか? 知らんけど」

「でも偶に、苦しそうな顔をしてるよね。追い詰められてそうな感じの」

「あーしてるかも。それで、ずっとこっちを見てるよね」


 彼らが会話を繰り広げる中、納は先程得た情報を整理する。


 有栖は、幻覚の病気を患っている。それは、不思議の国のアリス症候群である可能性が高い。そして、そのきっかけは有栖が友達を紹介したことによってである。


 有栖の友達とは、昨日出会った彼らだろうか。納は思い出す。


 白い髪に大きなウサ耳のついた少年、ユキ。

 紫髪に小さなシルクハットを被った少女、マーキュリー。

 茶髪にユキと同様、大きなウサ耳がついた少年、マーチ。

 

 有栖が言うにはあと二人友達がいるのだそう。


 彼らは見た目がとても奇抜である。そして性格も地味と言うにはかけ離れている。ユキたちは皆、自我が強く、何より有栖のことが大好きである。大好き過ぎて、有栖を束縛している。

 あの時の有栖を見る限り、納はそう感じた。

 恐らく他二人もユキたちと同様なのだろうか。


 そんな存在感の強い彼らを、納の目の前にいる子供たちは誰一人認識していない。


(でも、私にはそれが見えました。それは一体何故……)


「そう言えば、有栖ちゃんって一時的にお人形を連れて歩いてたよね」

「あー! あのとっても可愛いお人形のことだよね」

「お人形ですか?」


 納が首を傾げると詳しく教えてくれた。


「お姫様みたいなお人形を抱っこしていたのを見たことあるよ。あまりにも綺麗だったからどこで貰ったんだろうって思ったんだー」

「でも、お人形にしちゃとっても大きかったよね。私たちより小さいけれど、とっても幼い子供と同じくらいの大きさだったよ」

「子供と同じくらいの大きさ……?」


(もしかして……)


 納は途端に凛の顔が思い浮かぶ。

 初めて出会ったとき、凛はママと呼ばれる誰かを教えてくれた。

 やがて時が過ぎた時、ママの本当の名前は『アリス』ということが判明する。


 もし、凛のいうアリスが、団地にいる有栖と一致したら……。


 一通り彼女について教えてもらい、納は改めてお礼を告げる。


「最後に一つだけ聞きたいんですけど……。こう言う落とし物を見ましたか?」


 納は子供たちにこの団地にあるだろう落とし物の情報を伝える。が、しかし皆首を横に振るばかりだった。


「そんな物、ここで見たことないよ」


 そう皆、同じことを言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る