18.生き人形
子供たちと別れたあと、納は早速遺失物探索を始めることにした。
「もう同じ所を回ってますからね、少し視野を広げましょうか」
先程いた駐輪場には特に目ぼしいものは見当たらなかった。近くで拾った踵が潰された片方の靴のみだ。団地の中にも特にある訳でもなかった。
(今のところ、この団地に目立った異変はありませんね……)
かれこれ三日は経つが、怪異の落とし物によって呼び起こす不幸なことは一向に起きない。
探索を開始してから小さな仕事は遅くて三日、大きな仕事は遅くて一週間程度で熟す。
それは、遺失物詳細情報で『無くしてからどれくらい経つか』という記入欄によって変わってくる。
仕事を引き受けたからと言って、落とし物を回収したからと言って、納たちは不幸な出来事を止められる訳ではない。彼らは与えられた仕事を引き受ける。それだけのことだ。
こんなに情報が出てこないのは納自身、驚いている。
(何とかして早く、見つけないといけませんねぇ……)
納はまた、生き人形である凛の監視係でもある。凛の持ち主も探さなくてはならない。その為には有栖に直接聞かないといけない。
「だから、そんなのしなくていいって言ってるじゃん!!」
不意に遠くの方から、張り裂けるよな大きな声が耳に渡る。その方向に顔を向けると、有栖ともう一人誰かいた。もう少し近づかなければ分からないが、有栖の表情は動かなくても分かるくらいうんざりそうな表情で目の前の方を見つめる。
「あの方は……」
納はこっそりと近づき、有栖と一緒にいる人物に視線を集中させた。
見かけたことのない顔だった。
真紅に染まった髪に大きな冠を被った少女だった。彼女は、この寂れた団地には似合わない容姿をしていた。
「別に気にすることはないじゃない。アリスはそのまま、大人しくしてればいいの」
「でもそれは私が決めることであって、アイが選ぶ必要はないってば!!」
何やら揉めているようだ。何か一言加えてしまえば、更にヒートアップするんじゃないかと思うくらい雰囲気は最悪である。
普段、明るい性格の有栖も今では眉を顰め大きな口を開けて叫んでいる。反対に冠を被った少女は至って冷静だった。
「ユキたちもそうだけど、アイもだよ。どうしてずっと私の周りに引っ付いてるの? みんなにだって他の友達が居るんじゃないの?」
「友達? アリスは何かを勘違いしてるわ。アタシたちにはアリスしか居ないの。アリスもそう思うでしょう?」
「な、何言ってるの……!?」
有栖は酷く困った顔をしていた。次第に顔を青ざめ、絶句した。それでも構わず、アイと呼ばれた少女は有栖に近づく。
「あ、アイ……?」
「アタシたちは、ずっとアリスの味方よ。悲しい時も辛い時も、いつだってそばに居たじゃない。笑顔のアリスも大好きだけど、その可哀想な顔もアタシは嫌いじゃないわ」
「え……?」
アイは有栖の頬に触れた。ビクリと有栖は肩を震わせた。
「大丈夫よ。何があってもアタシたちがそばにいるわ。ずっと、ずーっと一緒に居ましょう? 大好きよ、アリス」
「アイ……なんで……?」
有栖の声などお構いなしに、アイは自分の理想的な気持ちを彼女に囁く。当の本人である有栖は放心状態になっていた。訳が分からない、有栖の表情からそう言っているように感じた。
納はこの状況に、とても似ている出来事どこかで見たことがあった。
(そうです。昨日のユキさんと有栖さんの会話でした……)
玄関で出会った時のユキも有栖にとても一途で彼女が出てくるとウサギの様に飛びついていく。その瞳には、有栖に対する愛情と、束縛と独占力があった。ユキが納を睨みつけたのも恐らくそうであろう。
そして、アイが更に有栖に近づこうとした時だった。
ピタリ。
突然、アイの動きが止まったのだ。そのまま有栖から離れ、明後日の方向を見つめて言い放つ。
「誰かしら? そんなところでコソコソと見ないでくださる?」
「いやぁまさか、バレていましたか」
やれやれと納は穏やかな笑みを浮かばせながら、二人の元へ歩いていく。
「……お兄さん!!」
有栖は突然の納の登場に目を見開いていた。有栖は急いで納の方へと走り出す。
「お兄さん、来てくれたの?」
「はい。今日も仕事のためにきました」
有栖の目には先程の怯えた視線がほんの少しだけ、解けたように見える。どこか、ホッとしたような表情を見せていた。アイは有栖の見たことない表情に思わず二度見をしていた。
「誰?」アイから一オクターブ低い声が出る。
有栖は一瞬だけ怯むもすぐに顔色を変えた。
「落とし物センターで働く納さんだよ。この前、仲良くなった方って言ったでしょ? この方がそうだよ」
「自己紹介が遅れてすみません。改めまして、納と申します」
「そう。アタシはアイ」
アイは名前だけ言い放つとそれ以上は口を閉じてしまった。
「お兄さん、今日も来てくれて嬉しい!!」
「いえいえ、私はまだ仕事が残ってるだけですから……」
特に喜ばれようとした行動ではない。
納は常に仕事目線である。今日、この団地を訪れたのも仕事の続きである。そして有栖に会いに来たのも、凛の存在を知っているかの確認をするだけだ。
納はそんなに過剰に嬉しそうにする有栖に気持ちがくすぐったくなった。
「……どうして?」
黙り込んでいたアイが漸く口を開いた。その声は二人にも届き、アイの方を見つめる。アイはキツく納を睨みつけた。彼女の澄んだ黒の瞳が次第に淀み始め、鋭い視線を送りつけられる。
「そうやってアタシたちからまた、アリスを奪おうとするの?」
「え…?」
「もう良いわ。アタシ、キミみたいな人とは仲良くなれないわ」
そう言ってアイは団地の中へトボトボと戻っていった。納が追いかけようとするが、不意に袖を掴まれる。
「行かなくて良いよ」
「ですが……大丈夫なんですか?」
「良いの。どうせこんなこといつものことだし。みんなが私に対して異常に付き纏ってくるのも、もう慣れた」
有栖はやつれた声になるも、言葉を吐き出した。
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