24.生き人形
「おさむ、あの人たち誰」
「ユキさん……」
白うさぎの様な見た目をしたユキの後ろには、マーキュリーやアイ、マーチもいた。が、マーチの隣にはもう一人、見慣れない誰かが立っている。
洒落たピンクのと菫色が混じった髪、所々はねており落ち着きのない髪型である。頭に猫耳のようなものが付いている。
琥珀色の目を持ち緩んだ口元。まだあどけなさを残した少年だ。
そんな彼はこちらをニヤニヤと見つめている。
当前、凛には心当たりがなく、突然の彼らの登場に体を固まらせていた。近くの納の足にしがみ付き、覗くように見やる。
だが、納はユキやマーチ、マーキュリーにアイとは顔見知りだ。
そして、もう一人の少年にも。納は一度、彼と出会った事がある。
「貴方は……」
納が呟いた時、その少年は納の方を向く。納は帽子のメッシュで目元が隠れているが、まるでこちらの目が分かっているように感じさせる程目が合っている。
「どうしていつも邪魔をするの?」
ユキは納たちを睨む。出会ったときと同じような鋭い視線。明らかな警戒心をむき出しにしている。
「どうして……?」
納は首を傾げる。
「私はただ、凛さんと有栖さんと仲直りさせようと思いまして」
「それが邪魔だって言ってるんですよ」
小さなシルクハットを被ったマーキュリーが投げ捨てるように言葉を吐く。
「おお、怖え。マーキュリーが珍しくキレてる」マーチが言葉とは正反対に愉快気に笑う。
「マーチ、アナタもそうでしょう?」
「まあね。良い気はしないけど。でも、ユキは誰よりもアリスに執着してるよね」
「それは、マーチも同じでしょー? アリスはボクたちのものなんだから」
「そうでしょうか?」納は呟いた。
「はぁ?」ユキは声を荒げる。
「別に有栖さんは誰のものでもありませんよ。物じゃありませんから」納は当然だろうという表情で伝える。
納の何気ない言葉が、彼らに火を付けてしまったのだろう。
「もう、キミたちを生かしておけない。アタシたちから、アリスを奪うだなんて。そんなこと許さない!!」
今度は、冠を被った少女アイが叫んだ。
気がつくと、有栖の部屋が徐々に真っ黒に染まる。日の光が遮られるわけではなく、闇が広がるような明らかな黒。だが不思議と、ユキたちの姿は見えるのだ。
「おさむ! どうしよ」
「これは……」
納は凛を守るように隠し、ユキたちと距離を保つ。こうなったら部屋の外に急がなくてはと先のことを納は考える。
凛は納にしがみ付き、彼らに背中を向ける。小さな体をゆっくりと後ろに下がる様誘導する。
その時だ。
コロン。納の踵に硬い何かがぶつかる。
「ん?」
納は迷いなく、床に落ちている物を拾い上げた。それを見て納は目を見開いた。そして、静かに呟いた。
「ありました……」
納はそれ、団地での落とし物を見つけたのだ。まさか、ここで見つかるとは思いもよらなかった。納は意外な出来事に感銘を受ける。
次に納は、怖気付くことなくユキたちの方へと歩み寄る。凛は納を止めるも、「任せてください」と納はいつもの笑みを見せた。
そして歩行先にはマーチ、いや、その隣にいる少年に近づく。
「貴方の落とし物が見つかりましたよ」
チシャさん。
納がそう、少年の名前を呼ぶ。
猫の様な見た目の少年チシャは、納の動じない声に明らかに反応を見せる。
チシャの大きな黄色い瞳が大きく見開かれた。納が落とし物をチシャに差し出す。彼は納をジロリと見つめた後、無言で受け取った。
(やはり、団地での落とし物はこれで合ってるみたいですね)
心の中で納はそう確信する。
チシャは納たちを見つけて、ニタリと笑った。
「今回は命拾いしたネ。次はもう無理だろうけド」
◇
遠くから音がする。暗闇のなか、光が差し込むような僅かな音だ。
___て。
やがて、近づくように大きくなる。誰かがこちらを呼ぶ声だった。それは、ソプラノのような幼い声だった。
__きて、ねぇ。
___おきて。
瞼の裏で、一人の見慣れない幼い少女が必死な顔をしている。ぼんやりとする中、納は無意識に少女に手を伸ばす。
怪異の有栖でもない。生き人形の凛でもない。全く別の少女はこちらをじっと見つめる。そして、納の長い腕を掴みこう言った。
「起きて!!! なち!!!」
◇
「納」
はっきりとした声に、納ははっと目を覚ます。どうやら気を失い、床に倒れていたのだ。硬い床板がひんやりと納に触る。
倒れた衝動で帽子が外れ、視界がはっきりと見える。目玉だけをゆっくり動かした。
「しろがね……さん」
目の前には納の先輩、銀が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ああ、良かったあ」銀は安堵を見せた。
「死ぬことはないけど、倒れてたら流石に心配するよお」
「倒れていた……?」
私が? 納は上半身を起こすと辺りを見回す。そこには先程の闇ではなく、見慣れた有栖の部屋が広がっていた。
そして、納と凛を敵視するユキたちの姿も、不気味な笑みを浮かべていた団地での依頼者チシャの姿も見当たらなかった。
「凛さん、凛さんは……」
「納、下を見てえ」
「下? ……あ」
首を下に動かすと、納の中に包まれるように気を失っている凛の姿があった。彼女の微かな呼吸音が聞こえる。凛の生存に納は安堵し、肩を落とした。
そして、小さな肩をそっと揺さぶった。
「凛さん」
「……ん」
うっすらと見える青い瞳は今も欠けることなく、綺麗に飾っている。凛は次第に瞬きさせ、納に視線を送った。
「おさむ……?」
「凛くん。おはよお、お目覚めかなあ」
「しろがね……なんで」
むくりと凛は起き上がり、銀の突然の登場に驚きを隠せなかった。納も彼がどうしてここに居るのか気になっていた。
しかし、当の本人は理由を語ることなく、二人にこの部屋から出ることを促した。
有栖の部屋を後にし、納たちは団地の外へと向かう。その近くには、小さな公園があった。団地の居住者である怪異たちが変わらず、わいわいと騒いでいる。
その端っこ、遊具のブランコにのる一人の少女がいた。
「有栖さん……」
「途中で出会ったんだよお。だから、納たちを呼ぶために来たんだあ」
銀は耳打ちをする。成る程と理解を示す納は、そのまま有栖の姿を見つめる。有栖は、ブランコを小さな力で揺らし、項垂れている。表情は長い髪で隠れて分からない。
だがあまり元気がなさげなのは遠くからでも分かった。納と銀は見守る。だが、凛だけは違った。有栖の姿を確認するなり、たたたと公園の中へと走り始めた。
「ママ!」
その方向には勿論、有栖がいる。有栖は、駆け寄ってくる凛に驚くもブランコを漕ぐのをやめ、ゆっくり立ち上がった。
「凛?」
確かめるように呟く。その声に、凛も反応し整った顔が華やかになる。
「ママ!!」
「凛、凛、凛!!!」
凛と有栖は、二人して抱き合った。互いに顔を疼くみあい、互いの温もりを感じているようだ。尤も、凛は人形で体温はない。それでも有栖は強く抱きしめ、ある筈のないそれを確かに感じている。
「ごめんね……。凛、私、凛に酷いこと言っちゃって」
「ママは悪くない」
凛はその大きな青い瞳で優しく見つめる。
「ママのこと、受け入れられなくてごめんなさい」
有栖は凛の震える声に、そっと涙を流した。
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