15.生き人形
その日の午後。
納は仕事から帰った後、凛と共に施設の図書室へと向かった。
納はいつも仕事から帰ると自室にいるため他の部屋に行くことが滅多にない。
錆びついたドアの部を回して、中へと入る。
その瞬間、室内が静寂に包まれる。
周りは一面、本棚ばかりで目で追うのも疲れてしまいそうになった。
本のある場所を通るたびに、何年も放置されて古びてしまった紙の匂いがする。
施設とはまた変わった床模様が広がっていた。
木製のタイルが張られている。足を踏み込むと、ココンという軽やかな音がなる。つま先を少しでも動かすとまた鳴った。静かと言うだけであってちょっとした音でも敏感に反応してしまう。
凛に好きな本を読んでいいと伝えると、凛は嬉しそうに本棚の群れへと吸い込まれていった。納は特に読書には興味がなかったので配置された椅子へと腰掛ける。椅子の全体の作りがとても柔らかい布でカバーされ、座ると同時に座シートがガクンと下がった。
そして、新鮮な空間をぼんやりと眺めていた。
(久しぶりに来ましたがやはり、随分な量の本ですよね……)
ここで働いて結構経つが、それでも未だに図書室を新しく建築された部屋だと言われたら信じてしまうだろう。
それくらい、納にとって図書室との思い出は全く見当たらないのだ。
「おさむ、おさむ」
凛が納の所へ戻ってくる。その小さな両手にはとある一冊の本が抱えられていた。
「凛さん、どうかしましたか?」
「これ、読んでほしい」
「えっとこれは……『不思議の国のアリス』?」
凛に手渡され本の表紙を見る。長い金髪を靡かせ、青いワンピースを着た少女が写っていた。
「それはおとぎ話の絵本だよお。ぼくも読書は好きだから、たまに絵本も読み返したりしてるんだあ」
頭上から丸みを帯びた声が降りかかり、納たちは一斉に顔を見上げた。そこには納よりも長身の青年が彼らを見つめてにこにこしていた。青年の丸眼鏡に被さった垂れ目が見える。
納は彼のことを知っており、ガタンと椅子から立ち上がる。
「
「久しぶりだねえ、納。また少し大きくなったあ?」
「いえ、そのままですよ。銀さんも変わらずで……」
銀と呼ばれた男は納が仰々しく接するも、「そうかなあ?」と変わらずな穏やかな声を上げる。母音が伸びた口調が特徴的で、のんびりとした雰囲気を醸し出している。
「ぼく、研究室から一歩も出てなかったからさお。気がついたらあ、一ヶ月は経ってたんだよお」
そう言いながら頬を自身の人差し指で優しく掻く銀を見て納は声色を変えた。
「い、一ヶ月ですか……?」
「いやあ自分、一度手をつけたものは最後まで取り組まないと気が済まない性格なんだよお」
「あららそれは仕方ありませんねぇ」
「だろお? 納は否定せず肯定もせずただ理解してくれるだけだから話しやすくて良いんだよねえ」
銀はふわりと笑った。
凛は納と知らない人が会話を繰り広げている姿を交互に見つめていた。
「おさむ、この人だれ」
凛は納に問いかける。
「この方は銀さんです。私の先輩で、落とし物の修理担当を務めているんです」
「初めましてえ。ぼくは、
銀は眉を下げて申し訳なさげに言う。凛は首を振った。仕事が忙しいのなら仕方のないことだ。銀は見た目に反して働き者だと凛は思った。
「ぼくの仕事はねえ、落とし物を回収した時に物が破損してないかを確かめる仕事をしてるんだあ。もし、壊れてたら修理をするよお。また綺麗に使えたら依頼主も嬉しいだろお?」
「うん」
「仕事の時はずっと研究室に篭ってるからあ、凛くんたちと会わないのも無理はないかもねえ」
「確かにそうですよね。銀さん、あまり集団行動はしませんし、職員になって間もない方だと銀さんを知らない職員も居ますよね」
「そうなんだよねえ。よく、葉にも注意されるんだけどどうしても出来なくてねえ」
「よう?
「銀さんは葉さんと同期なんですよ」
凛は物凄く驚いた表情をしていた。
それはそうだ。いつもポーカーフェイスな納でさえ、この事実には意外だと感じていた。同期の春も磊も一番接点がなさそうに見えると仰天させた。
頑固で小言の多い葉、そして穏やかで動じない銀。
その二人がもし話し合っていたらと考える。
銀の欠点をガミガミ吐き散らす葉を、銀が「まあまあ」と宥める姿しか思い浮かばない。
あまりにも相性が悪そうである。
納は苦笑してしまった。
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