13.生き人形

 カンカンとコンクリートの階段を駆け上る。二階に着き有栖は「もう直ぐだよ!」と納の手を引っ張った。納はされるがままに有栖の後ろ背中を追う。数秒歩いた所で、有栖は立ち止まる。

 どうやら着いたみたいだ。

 目の前のドアの直ぐそばに表札が掛けてある。


『伏木』


「ただいまー!」


 有栖は勢いよくドアの部を回して中に入る。納も背中を縮こませ仰々しくなった。


「お邪魔します」


 納の静かな声が部屋の中に響く。友達がいるのか向こうの方が騒がしかった。有栖の見た目は小学生低学年くらいだ。


 きっと有栖の友達も年の近い方々なのだろう。納が勝手な予想をしていると、奥の部屋からドタドタとこちらに向かってくる。

 やがて向こうから、白い髪の少年が有栖に飛びつく。


 よく見ると、その少年の頭には大きなウサ耳が生えていた。それが、有栖の前でピクピクと上機嫌に上がっている。


「おかえりー!! アリス!」

「わわっ。ユキったらもー! いきなり抱き付かないでっていつも言ってるでしょー!」


 ユキ、そう呼ばれた少年は有栖から離れることなく再び彼女の首に腕を回す。


「だってアリスが帰ってくるの遅いのが悪いんだよー?」

「遅いってまだそこまで外に出てないよ?」

「でもでも、遅かったんだからね! ボク寂しいのは嫌いだからさ〜」

「そっかー。ごめんね、ユキ! 次は気をつける!」

「約束だからね!」

「あのー……」


 漸く会話に区切りが見え、納は申し訳なさそうに声をかける。現実に引き戻される引き金となった納の声に二人は肩をビクリと震わせた。白い髪の少年、ユキは納を一度見た後、すぐに有栖の背中に隠れる。


 ユキのウサ耳も倣ってしゅんと下がった。


 そして彼女の肩から顔をそろりと覗き、有栖に聞いた。


「アリス、この方は?」

「今日言ったでしょー? 納さんだよ。最近仲良くなったんだ〜」

「初めまして。納と申します」


 礼儀正しい納にユキは「ふーん」とじろじろ見つめる。ユキの桃色の瞳が納を捕まえている。はっきりとした二重の目が突然鋭いナイフのように尖った視線を向けてきた。


 あまりにも見られるため納が引き笑いをしていた。

 やがてユキは視線を送るのをやめ、有栖と話し始める。先程の冷たい表情が明るく戻っていた。


「じゃあ、納さんにおもてなししなくちゃねー! 他の奴も部屋に居るから早く知らせないとー!!」


「いっそげー!」ユキは部屋の中へと走り去っていった。取り残された納と有栖はユキの急かしっぷりに呆れ顔を見せていた。


「もう、家の中なんだから走らなくてもいいのに」

「な、何だか嵐のような方ですね」

「せっかちなだけだよ。じゃあ、お兄さんも上がって! これからお茶を用意するから!」


 向かった先は有栖の部屋だ。扉の前に、「Alice」と彼女の名前が英語で記された木製のボードが掛けてある。中に入ると、ふんわりと甘い香りが漂う。香水かと思ったがそれは元々、ここで過ごしている生活臭であった。


 中は至って普通の女の子の部屋だ。

 真ん中にスクエア型のテーブルを置き、その上にテーブルクロスが敷かれている。

 テーブルの下に座布団が置かれている。有栖にそこに座るように促されていたため、早速腰を下ろした。


 テーブルから少し離れた隅っこの方には勉強机と、本棚があった。

 有栖は勉強熱心なのか、机の上にやりかけのドリルがあった。

 本棚も特に変わったものはなかった。アリスと同い年の子が夢中になりそうな漫画や雑誌が並べてある。

 本棚の上には沢山の人形も置かれていた。


(人形……そう言えば、凛さんは今頃何をしているのでしょうかね)


 今頃他の職員と遊んでいるのだろうかと思いつく。何せ、施設から出ることは当分禁止であるため余程のことがない限り無事だろう。だから深刻に凛の安否を気にしなくても平気だと思った。


(それにしても、随分と生活感がありますね)


 有栖の部屋のみを除いただけでそう解釈するのはまだ早いが、おそらく他の部屋も充実していると考える。


「あっれー? 見たことねぇ客人がいるなー」

「っ!」


 唐突に耳元で囁かれ、納は素早く振り向く。隣には茶髪の少年が納を不思議そうな目で見ていた。彼の頭にはユキと同様に大きなウサ耳のような飾りが付いている。


「初めまして、納と申します」

「納……? あー、アリスが言ってた奴か。オレはマーチ。よろしくねー」


 そう言ってマーチは納に握手を求めて手を差し伸べる。納も迷わず反対側の手を出した。

 マーチは、ユキとは違って誰とでも気さくに話せる性格を持つようだと納は理解した。


 それからマーチと共に会話に盛り上がっていると、ヘアのドアがガチャリと開いた。中からは今度は紫髪の少女が出てきた。頭には小さなシルクハットがのっている。片手にはティーセットと菓子を乗せた


「マーキュリーがきた〜」マーチはそう呟く。


 マーキュリーと呼ばれた紫髪の少女はマーチを見るなり、嫌そうに顔を顰めた。


「アナタも仕事くらいはしてください」

「え〜? やろうとしたってオマエがすぐに終わらせるし、そのせいで退屈になるからオレは客人を楽しませてらだけだよー? なー、納」

「はい。そうですね」


 マーチに話を振られ納は柔軟に答える。マーキュリーはジロリと納を不審そうに見つめていた。そして、ため息を深々と吐いた。


「別にコノカタ(この方)に同情しなくていいんですよ?」

「はー? 同情ってなんだよ、同情って。納は本当のことを思ってるんだかた突っかかってくんなよなー」

「ワタクシは本当のことを言ったまでです」


 そして、マーキュリーの視線は納へと移る。


「初めまして。ワタクシはマーキュリーと申します。以後お見知り置きを」

「こちらからこそ、納と言います。よろしくお願いしますね」


 もう何度目かの自己紹介に納はうんざりする顔も一つも見せず淡々としている。


(子供にしては大人びている……)


 納にはマーキュリーの第一印象がそう見えた。礼儀正しく、マーキュリーが着ているスーツのような着こなしもきちんとしている。言葉遣いも丁寧で、完璧主義者という言葉が似合いそうな方だ。


 反対にマーチは人懐っこい分、着崩しが激しかった。二人の会話を聞く限りでは揉め事は日常茶飯事に思えた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る