5.生き人形
「今はまだ明確な理由は分からないが。凛の持ち主とその他凛に関する情報が不明な今、そう考えるのが良いと思ったまでだ」
「すまない」審は申し訳なさそうにする。納は慌てて言葉を継いだ。
「いいえ、そう考えてくれただけで十分です」
「私もまだまだ未熟な所がある。もう少し気を引き締めなくてはいけない。だが、納の言った通り、凛の周りが荒地と化していたのなら凛は怪異の物であることは間違いない」
「つまり、凛さんは落とし物ってことですよね」
「あぁ。そうなる」
審は頷く。
そして再び、審は凛と目を合わせようと試みた。
「凛と言ったね」
「うん」
「素敵な名前だ。名前は大切にするんだよ」
「ママがね、付けてくれたの」
「ママ?」
審が聞き返せばこくんと頷く。それには納も疑問を抱いたみたいで凛に問いかける。
「お母さんのことですか?」
「ううん。ママだよ。ママはママ」
「えっと。ママ、ですか……」
返しにくい答えに納は引き笑いを起こす。
ママはママだよ、再び呟く凛。
審は考え込んだ。
「ふむ、どうやらそのママと呼ばれる怪異が持ち主で確定だ」
「ですがどうやって見つければ……」
「あ、そうだ。納にとある仕事を授けよう」
「え、仕事……ですか?」
まさか依頼かと予想する納だが、審からの反応は微妙だ。どうやら違うらしい。納は何故だか嫌な予感を察したという目で審を見つめた。様子を伺う納に、審は自信満々気にこう言う。
「暫くの間、凛の監視係となってくれないか」
「……はい?」
意外な内容に対し思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。あまりにも音痴の様な酷い声だったのか、審がふっと力の抜けた笑いを起こす。
「勿論。納に仕事が入った時にはそれまで他の職員が面倒を見させるようにする。その間、納の仕事内容は全て凛の発見地周辺を任せる」
「はい」
「ここは、安全だし凛に危害を加える怪異は寄ってこないから。凛の身に何かあればすぐに対処できる」
「まぁそうですね。その方が凛さんも安心でしょうから」
「凛。もし、そこの目隠しが酷い事したら私に相談してくれ」
「ちょっと、審さん。貴女何を言ってるんですか」
「本当のことだろう? 部下の悪い行いを取り締まるのも
そう言って審は凛の小さな頭を優しく撫でる。綺麗に整えられた髪型を崩さないように、丁寧な手付きで髪を滑らせる。
「!!」
凛は終始目を見開く。溢れ落ちそうな程の大きな青い瞳は審を捉えた。
その端正な顔付きと、面倒見の良さ、男前のような審の雰囲気に凛は戸惑った。そして気がついた時には、撫でられる手を頭で振り払い納の後ろに再び隠れ始めた。
審は「嫌だったか?」と眉を下げるも、凛の様子にすぐ明るくなる。
「ううん……」
審には、凛の真っ白な頬がほんのり桃色に色づいてるように見えた。
◇
失礼しますと告げ、納は凛を連れてセ所長室から出る。部屋の外に出ると、今まで引き締めてきた気力が解け納は安堵の表情を漏らす。
僅かな時間しか対面していないのにも関わらず、疲れがどっと溢れ出す。
納はやれやれと肩を落とし、先程の出来事を思い出した。
正直に言って納は内心、ヒヤリとしていた。
所長に見られている、と納は態度でその緊張感を曝け出すことはなかった。むしろいつもの飄々さが出ていた。
しかし、内心冷や汗をかいてる様な焦燥感に襲われていた。乾いた口を無理矢理こじ開け納は言葉を続けるのに必死だった。
納は、自分自身を知られるのが苦手だ。
何も探らず、知らず、聞かないで欲しい。
何故だかその気持ちだけが深まるばかりだった。
(やはり、私はあの視線が苦手ですね……)
そう、納は審の探るような視線に怖気付いてるのだ。
上手く勘付かれてないと良いがと不安になるも、そこまで気にする必要はないと余裕を持たせ、納をこれ以上苦しめることはなかった。だがしかし、問題は別の方向にある。
(まさか、私が凛さんの監視係を任されるとは……)
今まで遺失物回収のみを任されていた納にとって初めての仕事内容だ。道端に落ちている物があれば迷いなく拾う彼だが、まさか拾って人形からここまで大事になるとは思わなかった。
(上手くやれるといいんですが……)
未だ納のそばにひっつく凛を見下ろし、不安の念を抱く。
すると、後ろから複数の足音が聞こえてきた。
「あれ、納じゃん」
「あら〜? どうしたのかしら。センター長室の前で」
「おや、
振り返れば、同期の二人が納を不思議そうに見つめていた。事の発端を説明すると二人とも納得の表情を浮かべる。磊が何か思い付いたか会話を繋げる。
「そう言えば他の職員の方々が何か言ってたね。納が子供を連れてるって」
「もう噂が広まってるんですか」
「ここの施設には、情報伝達担当の職員がいるでしょう? きっと何処かで聞いてたんじゃないかしら」
「おや……」
納は呆気に取られる。
凛についてのやり取りは受付担当の葉と、所長の審にしか耳に届いてない筈だ。
(まさか、聞かれていたんですかね)
あまり想像したくないが、そう予想するしか他はない。
「それにしてもとっても可愛い子ね〜」
納が気難しそうな表情の反対で、春たちは凛に対して興味津々の様子だ。凛は男二人をじろじろ見上げ、納に裾を引っ張った。
「おさむ、この人たち誰?」
「同期の春さんと磊さんです」
納が二人を紹介すると、春たちは凛の前に蹲み込む。
「アタシは春って言うの。よろしくね〜凛ちゃん」
「おれは磊。よろしく」
(これは先が長くなりそうですね……)
納は心の中で、深々とため息を吐いた。
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