4.生き人形


「んで、その子供を拾ったと言うわけか……」

「はい」  


 納はこれまでの事情を淡々と話すと女上司のあきらは気難しそな顔をした。


 審の目線の先、そこにはポーカーフェイスな納の姿と隣で納の手を握る凛が佇んでいた。審の赤く熟れた瞳が納を見つめる。微かだが納の背筋が伸びたように見えた。


(別に怪しくはない。ただ、人形と言われれば妙だ)


 そもそもこんなに大きな人形を作る必要があるのだろうか。


 人形にしては、サイズが大きすぎではないか。まるで、幼い女児相手を見てるかのような気分に陥る。


 審は納を捉えた後、視線を下にずらす。その先に納にしがみつく小さな女の子凛が身構える様に審を伺う。


「他に何か不審な所はなかったか?」

「いえ、特にはありません。ですが……」

「?」  


 一瞬だけ納の表情が暗くなったのを審は見逃さなかった。彼女の元々鋭い瞳が更に尖る。帽子のメッシュ越しから目は見えないが明らかに顔を俯かせたのは分かった。


「こんなことは初めてなので少々驚いてまして…」

「それもそうだね」  


 審は頷く。彼女の側には、数枚の書類が並べてある。これまでに取り扱ってきた遺失物の情報が載っている。既に解決済みのもあれば、現在捜索中のものも。



「書類を確認したが、ここ最近の未解決な依頼には人形を落としたという件は見当たらなかったよ」

「それは……人形に関する依頼は全て解決されてるってことで合ってますか?」

「あぁ。半年前にぬいぐるみの依頼が終わって以後、全くだ」


 審は適当に一枚の書類を手に取る。彼女が言っていた半年前の依頼詳細が事細かく記されていた。


 それは、猫の怪異からの依頼だった。テディベアを落としてしまったと言うことで捜索が開始されたがそれは後に、紛失した場所から団地から随分離れた川に流されていたとのこと。


 職員が見つけた時には、木の枝に引っかかっており、もう少し発見するのが遅ければで渓谷に流されていたらしい。


 テディベアは暫く経っていたせいで、生地がふやけてお世辞にも綺麗とは言えないくらい形だった。幸い、「常世」には遺失物に損害が起きた場合には修理担当の職員が居るため取り扱ってくれたのだ。


 こうして事の件は無事に解決。


 だが、言いたいのはこれではなかった。テディベアが発見されても生きとし生けるもの特有の呼吸音を聞くことはなかった。つまり、静止物だったのだ。


「初めまして。私はあきら。ここ遺失物センター「常世」の所長をしている」


 審は座高の高い椅子から降り、納たちの所に歩み寄る。そして、凛のすぐ前まで近づきしゃがみ込んだ。警戒心が抜けないのか、ぎゅうと納の背中に隠れて彼女を見下ろす。


「凛さん?」納が凛の様子に首を傾げた。


「そんなに怖がらなくていいよ。取って食ったりはしない」


 ふふと審が上品に微笑む。凛はそろりと顔を覗き様子を見ていた。


「随分と納に懐いてるようだ」

「まだ、出会って間もないのですがね……」

「へぇ、意外にも子供に人気なのか。納は表情が全く見えないからね。言葉と心が裏腹なって言葉が似合いそうだから」

「な、何を言ってるんですか」

「ふふ、冗談だ」


 後輩の慌てふためく姿に審は揶揄う様に笑う。


 そして、視線は凛へと戻される。


「少し、手を貸してもらえないだろうか」

「……」


 審は取り付けていた白い手袋を外し、凛の目の前に差し出す。凛は最初体をビクつき納にしがみつく力を強くする。しかし納が「大丈夫ですよ」と促したため、恐る恐る凛は審よりも二回り小さい手を伸ばした。


 ちんまりとした手のひらに審の色白の手が触れる。


 そのまま審は手の皮膚を撫でるように確かめる。人間特有の皺や血色が見当たらない。体温もあまり感じられない。次に審は凛の指をそっと軽く押した。


(固い。これは……人形の手だ)


「もう大丈夫だよ。ありがとう」審がそう言って凛の手を離した。凛は彼女に触れられた箇所をじいと見つめていた。審は再び凛を観察して納にこう告げる。


「納。やはり、凛は人形で間違いない」

「あぁ……やっぱりそうでしたか」

「だが、どうして自我が芽生えたのかは、もしかしたら凛は怪異の類でもあるのかもしれないと予想している」

「え、怪異……ですか」


 納の反応に審はゆっくりと頷いた。







 

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