3.生き人形 ※センター長→所長に修正

 向かった先は、遺失物センター「常世」。納たちの職場だ。ここでは、納を含めた職員が暮らしながら活動している。


 入り口に取り付けられた自動ドアを抜けた先に、カウンターと思われる受付があった。その奥には、不機嫌そうに本を読み進める葉がいた。


 彼は目が悪いのか、よく眼鏡の位置を掛け直す。本のページを捲る時に眼鏡のブリッジをよく触っている。


「葉さん。戻りました」


 納が呼びかけるも葉は一度、視線を寄越しただけで何事もなかったかのように本へと集中する。相変わらずのシカトさにはもう、納も慣れてしまった。いや、納だけではない。同期の春や磊も、他の職員の方もそれは日常茶飯事だと気にも留めない。


 頑固で無駄なことはしたくないタイプの葉だ。 


 逆にこれで挨拶をし返されたら、明日は台風が襲ってくるのかと錯覚してしまいそうになるだろう。


 葉の人柄を既に知っている納は構わず、回収箱をカウンターに置く。数秒後、葉が本を閉じ回収物の点検をし始める。


 だが、葉は箱の中身を見た時にピタリと手を止めた。


「何だ、今日は珍しく空っぽか」


 その言葉には安堵が隠されているようだ。葉は溜息を吐いた。


「無駄な物は入れなければこんなに点検が長引くことはないんだ。全く……少しは分かってくれたみたいだな…」


「それがですね。非常に言いにくいのですが……」


「ん、どうした……は?」


 中々喋らない納に異変を感じたのか葉は顔を上げる。そして、次には体全体を固まらせた。葉の掛けているスクエア型の眼鏡が僅かにズレを生じる。


 葉にしては珍しく間抜けな姿をお披露目することになってしまったが、葉は徐々に眉を顰め顔を強張らせる。


 そりゃあ、動揺しても仕方ない筈だ。


 何せ、慕っている後輩がある日突然小さな子供を、しかも見知らぬ少女を連れて帰ってくるなど到底ありえない。


 寧ろ、落とし物にしか目がいかない納ならば尚更だ。


 何が起きているのか分からず、少女は納にぎゅっとしがみついている。


 するといきなり葉がカウンターから身を乗り出し指を指した。 


「……誘拐か?!」


 葉は張り裂けるような声で納を睨みつけた。今にも暴れてしまいそうだった。何かを察知したのか納が静する。


「葉さん、落ち着いてください」

「黙れ。俺はお前にそんな事を教えたつもりはない」

「ど、どう言う意味でしょうか?」

「まさか無意識でやってたのか……!? 全く、お前は拾い癖の上に犯罪にまで手を染めておいてよく知らないふりが出来るな!!」

「は、犯罪……?」


 いつまで経っても埒が空かず納は終始キョトンとする。痺れを切らしたのか、わなわなと震えてる葉が再び納に強い指摘を指す。


「お前の隣にいる餓鬼は何だ?」

「餓鬼……? あぁ、この子の事ですね」


 納は意外にもあさっさりとしていた。 


「安心してください。この子は人間ではありませんよ。まさか、私が人間を誘拐する訳ないじゃないですか」


 ふふふと微笑むその冗談さに葉は口を歪める。


「じゃあ一体何だって言うんだ。そんなに勿体ぶらせるな」

「人形です」

「にんぎょう…? あのぬいぐるみと同じようなやつか」

「はい。この子は凛さんです。凛さん、彼は葉さんですよ」


 納はしゃがみ込んで凛に葉の存在を教える。溢れてしまいそうな程の大きな瞳をパチクリさせて凛は見上げた。はっきりとした視線に葉は肩を跳ねた。


「よう?」

「そうですよー」

「おい、勝手に俺のことを教えるな」

「よう、わたしは凛。よろしくね」

「……あぁ」葉の全てを諦めた声が漏れる。


「良かったですねー。葉さんも返事してくれましたし」

「うん。おさむが居たから」


 そう言って凛は再び納の腕にしがみついた。


「あまりにも人間にそっくりじゃないか? サイズも人形にしてはデカすぎだろ」

「やはりそうに見えますよね。最初、私も見間違えましたが手を繋いだ時に肌の部分が異様に固かったんです。体温も低いから冷たいからじゃなくて元からない。人間みたいですけど、凛さんは正真正銘のお人形ですよ」


 ね、と理解を求められ葉は再び凛を凝視する。


 見る限り、凛の容姿は非常に良く整っている。


 宝石のように輝く青い目。バサバサとした睫毛が今にも瞳を傷つけてしまいそうなくらい伸びている。肌と思われるものも傷一つなく、異国の人と言えばあっさり騙されてしまいそうなくらい整っていた。


 見つめられて戸惑ったが、よく考えると目に生気がなかった。


 人間ほんものみたいで怪異にせものだ。葉はそう捉えた。


「確かに、だな」


 葉は頬を掻く。


「おさむー」

「はい、どうしましたか?」

「眠い」

「おや……もう少し待って頂けませんか? 私の方に体を預けても構わないので」

「うん。待ってる」


 こくんとゆっくり頷いた雫は、うつらうつらになりながらも納のズボンの裾をギュッと握り締めて耐えようと試みていた。


 その様子を物珍しそうに葉が雫を見る。


「随分とお前に懐いてんじゃねーか」

「そうみたいですね」

「何故他人事のように言うんだ? お前に言ってるんだぞ」

「どうしてと言われましてもそれしか言葉がなくて。ですがこの状況、どうするのが正解なのでしょうか。自我のある落とし物の対処など初めてですし……」


 納の言葉に葉は口をつむぐ。


 葉は納よりも労働経験が豊富だ。受付係を任されるまでは納と同様の仕事を行なっていた。

 これまで様々な怪異の落とし物を見てきた。

 実物が綺麗な物や、元から損傷が激しくぐちゃぐちゃになっている物。

 勿論、怪異の臓器も含まれている。


 葉がソレを初めて拾い上げた時は、余りの悍ましさに嘔吐したのは一生忘れない。 


 しかし、どれもこれも全て静止物。動くことはなく、野垂れ死んだかのように地に落ちているものばかりだ。


 自我を持った落とし物などこれまで取り扱った事はない。


 目の前の少女、凛が生き人形であるという事実を呑み込めそうになかった。 


 先輩である葉でさえ分からないのだから、後輩の納も手足が出ないのは当然のことである。


 葉は考え込む仕草を見せた後、漸く口を開く。


 だがしかし、その返事は納にとって動揺させるものであった。


「取り敢えず所長に事情を説明してこい。もしかしたら、怪異かもしれないだろ」

「え。しょ、所長にですか……?」

「何だ。嫌なのか?」

「いえ……そう言う訳では……」


 珍しく恐縮する納に葉は疑問を持つ。葉の鋭い視線に耐えられなかったのか、観念した様な表情で納が小さく呟いた。


「私、所長のこと苦手でして……。いや、嫌いではなく、上司として尊敬していますがその……雰囲気がですね」

「あぁ、あの方は独特だからな。正義感はあるが、たまに見せる鋭い感性は俺もやられる。所長だけではなく、副所長たちにも骨が折れる」

「確かにあの方々は、そうですよね。何と言うか……不思議って感じがします」

「とは言っても、納も大概人のこと言えないがな」

「そうでしょうか?」


 納は首を傾げると、葉はまたもや溜息を吐く。


「その無自覚な所が余計にタチが悪い……」と何やら独り言を呟いていた。

「苦手と言えば……っち、変な奴を思い出しちまった」

「あらあら。……おや?」


 ふと、納の膝にコツンと何かが触れるような違和感を感じる。下を見ると、凛が納の脚に寄りかかりながら船を漕ぐ。納が声をかけると、反応は遅いも返してくれた。


「凛さん、凛さん」

「んぅ……。おさ…む…?」


 夢の中に居たのか、凛の意識がおぼつかない。納の名前を呼んですぐに、眠りに就こうとしていた。


 納はそっと肩を叩き囁く。


「これから着いてきて欲しい所があります。一緒に来てくれますか?」

「うん。いいよ」


 力を思っ切り込めて首を振った。ゆっくりなのは、瞼が重いのか眠くて体が温かいのか。凛にとって今ので限界なのだろう。


 その時、何を思ったのか葉はとある疑問を投げかけた。


「まさか納、ここまで歩かせたのか?」

「そうですが……」

「おぶってやれ。そいつ、今にも寝そうだぞ」

「確かに、その方が良いかもしれませんね。凛さん、少し失礼しますよー」


 納は二回り以上小さい凛を抱きかかえた。凛は嫌がる素振りを見せずに、納にくっつこうと小さな腕を納の首に巻き付く。


 納も納で、片手は凛の後頭部に、もう片手は下半身を支えるようにして体制を整えた。


「ではまた。失礼します」


 納は葉に一礼し、その場から離れた。



 納たちが受付を出た後、一人になった葉は二人の姿が見えなくなるまで見つめていた。


「ったく、大事に至らねーといいが……。何か嫌な予感がするな」


 予想もしたくない展開を葉は想像するも、それを掻き消すために煙草を咥え、火をつけた。

 後輩のお陰で読み損なった本を手に取り、本の活字に集中し始めた。

 

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