2.生き人形
「すっかり晴れましたね」
人一人もいない並木道を歩きながら納は、いつの間にか快晴になった空の煌びやかさに眩しさを感じていた。
いつもの段ボール箱を首から提げ両手でそれを支えていた。仕事で使うのに一番大事な道具なのだ。納は辺りを一度見回しボードに挟まれた資料を見つめる。
「どうやらここら辺で落としたらしいですけど…」
帽子のメッシュ越しから目を通してるのは青色の鉱物をチャームにした小さな指輪の写真にそれについての詳細情報。
どうやら女性の怪異が落としてしまい、しかもとても大切にされていた指輪らしい。何処を探しても見つからず施設に連絡を入れ捜索願を出したのだそう。
そして、納はその探索担当を任されたわけである。
「指輪は小さく失くしやすいので排水溝などに流れてないと良いのですが…」
落とし物回収の主な動機は怪異自身から落とした物を見つけてほしいと依頼され、職員が落としたであろう予測地を探し見つけること。
もし見つけたら直ぐにセンターから連絡を流し、取りに来てもらうという仕組みである。
「探してる途中で臓器が降ってこないことを祈るとして……うーん…」
納は再び辺りを広く見回し唸り声を上げた。納の目の先にはアスファルトの道、周りは整備されているためか落とし物どころかゴミすら見当たらない。器用に仕事を熟す彼でも気難しい表情を浮かべていた。
叢をくまなく探そう。並木通りの周りも探してみよう。もしかしたら依頼者が見落としていただけで思いもよらぬ所に落ちている可能性だってある。納は早速蹲み込み地面を調べ始めた。
それから流れて三時間後。
「おや?」
探し始めの場所からそれほど離れた所、コンクリートで埋められた排水溝の中に少量の水の流れに逆らう様にポツンと佇む異物を目にした。深海色に染まる角張った小さな石、そこに繋げられる銀の輪。
先程から探している指輪だ。
「やはり引っかかってた様ですね。流れてなくてよかったです」
グレーチングを取り外し水に浸るそれを掬い上げる。鉱物の目立った損傷もなく延々と輝き続いていた。良かった、破損してなくて。そして無意識に顔を上げた。驚きの光景に納は目を凝らした。
「ん?」
自分が今いる位置から少し離れた原っぱ。その部分だけ酷く廃れていた。若々しい緑とはかけ離れてお世辞にも穏やかと思えなかった。ここから先は枯れ草しかない。
納の脳内に嫌な予感がよぎった。そしてその不穏な方向へと歩み始めた。数分歩くと視線の先には草花一つもない不健康な地面の上に横たわる子供の姿があった。
「人間…?」
納は怪しみながら近づく。
だがしかし、これは人間ではないと気付くと納はほっと安堵を漏らす。
「人形ですか。ですが……少し大きい?」
「んぅ…」
「!」
突然、人形は低い唸り声を微かに漏らしながらむくりと起き始めた。
青い瞳の綺麗な少女だった。腰まで伸びた真白色の髪をカールにさせ、後ろでハーフアップに結ばれていた。可愛らしいリボンのチャームが収められている。
服装もウェリングドレスを模範にしたように華やかなデザインだ。フリルのついたスカート部分がふわりとした浮遊感を魅せる。
フランス人形みたいだと納は終始その美しさに目が留まった。
しかし、納が人形に注目したのはそれだけではない。
(起きました……)
まさか自力で起き上がるとは思いもよらなかった。少女はくるりと首を振り、辺りを見回す。
「ここは……」
「しゃ、喋れるんですか?」
「えっと……。うん」
少女は一瞬首を傾げるもすぐに頷く。納は息を呑んだ。
なんということだ。この人形は自力で起き上がったり、言葉を交わすこともできるのか。
「お嬢さん、貴女はどちらから来ましたか?」
「だれ?」
それは質問の答えだろうか、上手く噛み合わない。
それでも納は少女の問いに答える。
「私は納と言います。貴女のお名前は?」
「りん……
まだ眠気が覚めないのか、凛と言った人形少女はうとうとと大きな顔をゆらりと揺らす。
「どうしましょうか……」
(人形の落とし物……もしかしたら、近くに落とし主が居るかもしれない)
探さなくては。納は立ち上がり少女と距離を保つ。そして、荒地に囲まれた現在地を見渡す。発見しそうな場所を無作為に選び、その方向へと探そうと歩き始める。
その時、右足に錘がのしかかった違和感があった。足元を見ると離れていた凛がいつの間にか現れて、納の右足に全力でしがみついていた。
「凛さん…?」
「いや。いやだ。行かないで」
「ですが……」
「こわい。一緒にいて」
凛は小さな体をぷるぷると震えて顔を蹲る。生気のない少女の肌が心なしか青褪めているように見えた。
何かに怯えている。
納の脳内がそう直感した。不意に納はもう一度辺りをぐるっと視線を巡らせた。しかし、凛に威嚇するような怪異など何処にも見当たらなかった。
そもそも辺りの環境の酷い枯渇具合は他の怪異の仕業とは思えなかった。
怪異の落とし物は放っておくと不幸を齎す。その現象は自然的か人工的か、納たちにも分からない。
(もし、凛さん自身が落とし物であるなら……その可能性は高いです)
凛という人形は自我と言う珍しい機能を持つ。
下手に余計な行動を起こせば何が起きるか分からない。
今は、凛の言うことに従う他選択肢はなかった。
納は、蹲み込み凛と同じ目線になる。
凛の綺麗な青い瞳の中が恐怖で押し潰されるように歪んでいた。
安心させる様に納は凛の華奢で固い両肩にそっと触れた。
「大丈夫ですよ。凛さんを一人にする事はありません」
「ほんとう?」
「はい」
「だから、安心してください」そう自信よく頷けば凛は何処か安心したような気の抜けた笑みを見せた。
(取り敢えず一旦この子を施設に連れていきましょうか)
もしかしたら、「常世」の先輩や上司、納の同期に相談すれば何か分かるかもしれない。そんな期待を膨らませながら納は予想する。
黙り込んでいる彼に心配したのか、凛はぐいぐいと納の裾を引っ張る。
「おさむ?」
「凛さん、良ければ私と行動しませんか? ここに一人で居るのは危険です。なので、一旦私が住んでいる施設に来てもらおうかと。どうでしょうか?」
「おさむは居る?」
「はい。私は居ますよ」
凛は暫くうーんと唸り声を上げ、すぐに頷いた。
「じゃあ、少し帰る準備をするので待ってて下さい」
「うん」
凛の反応を確認し納はほっと息を吐く。
回収箱に先程見つけた指輪を入れる。荷物を整えた後に「行きましょうか」と声をかけると凛は納の片腕に抱きついた。
「おさむ。離れないでね」
「安心してください。振り払ったりしないので」
「分かった」
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