終.写真 中
そうして百合音と付き合って暫く経った頃のこと。最近、話しかけて来なかった小田川が突然俺を連れ出した。
「ねぇ、あの女と付き合うの辞めてあたしと付き合ってよ」
小田川は俺の裾をぐいぐいと掴みながら、上目遣いで懇願する。
コイツは正気か?
まともと自覚してそう言ってるのか?
「ごめんね。俺、百合音と付き合っているから」
「何で? それは遊びでしょ?! まさか、本気で付き合ってるの? あいつは辞めた方がいいよ。クズだし、酷い奴だし」
その言葉そのままお返しするよ。
お前も人のこと言えねーだろ。
とにかく無理だと俺は伝えて、その日は落ち着いた。
だが、小田川は執着心が凄いのだと実感させられる。次の日もその次の日も……。小田川は俺に絡みついてくる。
百合音はこんな奴に苛まれているのか。
可哀想。
そしたら面倒な事に、偶然にも久墨と鉢合わせてしまった。所謂修羅場。
久墨と小田川は俺を挟んで言い争っていた。
「邪魔よ!! 百合音の癖に!! 生きる価値もない癖に!!!」
「酷い……。どうして…?」
「五月蝿いから、あっち行ってて!!」
小田川はそう言って、久墨を突き飛ばした。
そう、突き飛ばしたんだ。
久墨を思いっきり押し出し、距離を取ろうとする。が、しかも久墨の後ろは階段。
久墨はそのまま頭から落ちた。
ガン!! と割れるような音と、そこに倒れ込む久墨の姿。頭を強く打ったのだろう、後頭部から赤黒い血だまりが広がっていた。久墨は瞼を閉じて長い睫毛を下げる。
それ以降、百合音は動くことはなかった。
「百合音……?」気が付けば俺は、息絶えた彼女の名前を呟いていた。
「おい……これ、どうするんだよ!!」
「隠そう」
「は?」
「ねぇ、協力してくれるよね? 柊くん」
「……」
俺はゆっくりと頷いた。いつだって自分の味方をしてくれるカッコいい奴をみている。こいつはそんな俺を求めているんだ。
俺は完璧だから。
容姿も成績も、人柄も何もかも。
だから、疑われることはない。
ふと、床に何かが落ちているのに気がつく。小田川が拾い上げ、俺に見せてくる。俺はギョッとした。それは前に、百合音に渡したツーショット写真だ。
「こんなの、要らないわ」
小田川は容赦なく写真の真ん中から切り裂くように破る。
ビリビリビリビリ!!!
雑音のようにな音が耳にこびりつく。
そして、ゴミと化した写真を煩わしそうに床へと放り投げた。
「それ、捨てといてね」
「分かった」
そう言って小田川はその場から離れた。
上履きで鳴らす床の音が遠かった時、俺はやっと動き始めた。
そして、真っ二つに割れた即死した写真をただ茫然と眺めていた。
それからの事は意外にもあっさりと終わった。
百合音の死は事故死となった。
俺たちに話しかけていた教師も意外にも冷静な面をしていた。
多分、この教師らも知ってるな。
知ってて黙ってるのか。
知らんぷりが得意なんだな、大人って。
自分達の学校にレッテルを背負わせたくないから、名誉が失われるから。
まぁ、小田川みたいなしょーもない生徒を受け入れてる時点で末期か。
百合音が死んでからも小田川は俺に近づいてくる。
何でも百合音がこっち見てるとか、私一人じゃ無理だとか、よくそんな虚言を吐けるよな。
殺したのは、お前の癖に。
あまりにもしつこくて、とうとう俺は小田川をキツく睨みつけた。
「 お前、気持ち悪いんだよ。関わってくんな」
「な、何で…? いいの? 柊くんが殺したって周りに言ってもいいの?!」
「はぁ? 百合音を突き飛ばしたのはお前だろ。何で俺に罪を擦りつけるんだ」
「酷い!! どうして、柊くん本当は私の事好きなんでしょ!? それなのに何で!?」
「はぁ!?」
コイツ頭どうかしてるだろ。
「んな訳ねーだろ。お前のこと好きじゃないし、俺は殺してもない。全てお前が仕組んだ自分勝手な計画が招いたことだろ。罪を償うのはお前一人で十分だ!!」
今まで思っていたこと、気が付けば嗚咽のように言葉が漏れ出してゆく。それから俺は、小田川に何を言い叫んだのかは覚えていない。きっと、どうでも良い罵詈雑言をつらつら並べて吐き出しただけだ。
ただ、言った。言ってやったと言う爽快感が俺の心を満たしていく。
小田川は顔を俯かせ何を考えているか、どんな表情をしているか分からない。
でもそんな事はどうでも良かった。
あぁ!!! 本当、どうしようもない奴ばっかりだ!!
俺、マジで…。
「不幸な人生だわ……」
ドン!!!!!
背中に誰かに押される様な感覚、底つかない浮遊感。次の瞬間には、体を打ち付けられ階段の段差を一段一段と転がりながら俺は落ちていく。顔面に冷たい床がめり込む様な刺激と、体中をぶつけ続け、痛いと発する事が出来なかった。
そして、地面にバン、鈍い音共に俺の後頭部が叩きつけられる。頭の中が衝撃でぐちゃぐちゃになるようなそんな混乱が、俺の意識を掠れるように弱めつける。
そして薄れゆく意識の中で、半目越しに小田川の顔が見えた。
どんな顔をしていたのか見てやろうと思ったが限界がきた。
そこで俺は死んでしまった。
◆
気がついた時には俺は幽霊になっていた。しかも、久墨と同じ死に方で。
小田川は、足を踏み外したとか嘘っぱちを撒き散らし事件性はないとして、事故で収まったらしい。
クソ。
なんで俺が、こんなしょーもない奴に命を奪われなきゃいけないんだよ。
同クラの奴に声をかけても、返事もない。そりゃ、幽霊だからか。
一度成仏を試みるも、お札に近づくとピリピリとした痛みが体に走ってくるからやめた。
成仏すら楽にしてくれないのか。
生きても死んでも本当、良いことなんてないんだな。
幽霊になっても俺は変わらず、世の理に失望に浸っていた。
それで仕方なく、校内を彷徨っていると見慣れた姿が廊下を歩いていることに気がつく。
肩下まで伸ばした焦茶の髪。
見慣れた女子セーラー服。
愛嬌とは反対の無愛想な顔立ち。
久墨だと俺は確信する。
が、しかし、随分前に死んだ久墨は生きていた頃よりも地味になっていた。血を抜き取られたように青白い肌と、光のない目、だらんとしたその姿でぼんやりと外を眺めている。
俺は久墨の後をつけた。
久隅はぶらぶらと当てもなく校内を彷徨っていた。
そうしているうちに、いつも間にか時が進んでいた。
俺たちの年代が卒業してその先を進んだが、久墨と俺はそこで留まって後輩の奴らが先を追い越すのを見つめていた。
久墨は最初、普通の幽霊だったのにも関わらず、いつの間にか化け物みたいになっていた。
無愛想な顔も気付けばドロドロに腐敗していくように中の筋肉や骨が剥き出しになっている。
偶に目玉が取れたのを見たことがある。
そして異変が起きたのは、久墨自身だけじゃなかった。
環境。
新校舎は久墨のせいでボロくなった。新しく建てられたばかりなのに、雨漏りなんかしてる。天井も、剥がれ落ちることが何度もあった。
久墨は幽霊じゃなくなってしまった。
それだけが分かった。それと同時に、俺はあんな風にはなりたくないとならないようにしようと心に決めた。
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