終.写真 下
そんなある日だ。
いつものように観察をしていると久墨の側に、変な奴が居ることに気がついた。
作業服みたいな目立たない服装で、帽子を深く被っている。顔は、よく分からない。帽子のメッシュが邪魔で見えなかった。肩より伸びた黒髪を一つに結んで垂れ下げていた。
身長は多分、俺と同じくらい。
最初は霊感のある奴かと思ったが違った。
学校の清掃員かと思ったがそれも検討はずれだ。
コイツ、人間じゃない。
直感で思ったのがその言葉だった。
幽霊でも、久墨みたいな醜い存在でもない。だが、久墨の負のオーラに影響されることはなく淡々としている。
そいつはいつも笑顔だった。
目元は分からないが、口元がにんまりと広がるのをみて、そいつは冷淡な愉快犯だと感じていた。
俺はそいつも観察することにした。頻繁に視線を送るわけで、向こうも気づいてるんだろうが。
それで俺は、そいつが一人になったのを見計らって接触を試みた。お札が沢山貼られた天井を見つめるそいつの後ろ姿を俺は睨み付ける。
あんなのが近くにあったら行けねーだろ。
でも、行ってみるしか方法はなかった。戯言を吐いてる暇はなかった。
だから態と、音を立ててそいつの方へ向かおうとした。俺の気配を察知したのか、そいつは俺の方へ歩み寄ってくる。
「涼太さんで合ってますか?」
「そうだけど、何?」
「そうでしたか。あ、申し遅れました。私、怪異専用遺失物センター「常世」に勤める
そいつ、納は自己紹介を淡々と述べ、お辞儀をする。
やっぱり、見た目といい、口調といい、胡散くせぇ……。
てかコイツ今、怪異って言わなかったか?
怪異って、あの化け物?
俺は全く分からなかった。俺の様子が可笑しかったのか納は首をかしげる。
「もしかして、自分が死んでることに気づいてない感じでしょうか」
「いや、俺は死んで幽霊になった。てか、お前誰? なんであんな化け物と一緒に居るんだよ」
「化け物?」
納は再び疑問を抱く。うーんと態とらしく考え込む仕草が気に食わなかった。だが、相手の流れに乗ったら本末転倒。自分のペースを乱されるのは嫌いだ。恐らく、納もそうだろう。俺は唇を噛み締めた。
「百合音さんのことでしょうか? やはり、ご存じだったんですね」
「そうだけどなんだよ」
「仕事の依頼で百合音さんに頼まれてこちらを散策してるんです。どうやら写真を失くしてしまったみたいで……」
「写真…?」
一瞬、胸がドキリとなった。
「はい。ずっと大切にしていたものらしいのですが、どうやら彼女は写真の内容を忘れてしまったらしいんです」
「それで?」
「はい。それで、貴方なら何か分かるかなと……。彼女、どうやらイジメを受けていたらしいですね」
「そうなんだ。ふーん。どうしてそんなこと俺に聞くの?」
「どうやら、百合音さんが貴方のことを好きだって言ってましてね。それで、何か心当たりがあれば良いなと思い……」
好き? あいつが……?
そんな訳ない。
だってあいつ、俺の顔しか……。
その瞬間、脳裏に冷たく優しい声が響く。
『柊くんは、やっぱり優しいね』
俺、俺のこと……。
『こんな私と付き合ってくれてありがとう。涼太』
俺のこと……?
『涼太。涼太はもっと幸せになるべき人だよ。だって、あたし貴方のお陰で救われたんだ。だから、ありがとう』
百合音は本当にそうだったのか……?
「違う」
俺は、そんなんじゃない。
「涼太さん?」
「ちがう、ちがう!! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!」
「あの……大丈夫ですか?」
「五月蝿い!!」
不意に掴まれた腕を思いっきり振り払った。
「あいつは、あの女は勝手に失望して……勝手に死んだんだ。あいつは……!!」
「え?」
「俺は……俺は、こんな人生を生きる筈じゃなかった!! 俺はそこら辺の奴とは違う!! あいつらよりも優れて、みんなから尊敬されて!! 顔だけしか見てない奴らなんかゴミ以下のグズなやつだ!!」
「あら……」
「お前もそう思うだろう!? 俺はどんな事も優秀だから、みんな頭の悪い奴ばかりで困るんだ。あの女、百合音もそうだ!! あんな奴イジメられて当然なんだ!!」
「つまり……」
納は、俺が発した暴れ言葉を磁石のように引っ付け紡ごうとした。しかし、納が出した返事は俺が望むような都合の良いものではなかった。
「貴方は結局、何が言いたいのでしょうか」
「はぁ!? だから……」
この後に及んで分からないふりをするのか。
俺は一度大きく息を吸った。
「あいつが、どうなろうと俺には関係ないだろ!!! 俺は部外者だ!!」
俺の叫びがこだます。
死んだ声なんて認知できる奴なんて居ないくせに、何故か廊下に響き渡ったように反響した。
刹那、沈黙が訪れた。
「涼太さん」
「な、なんだよ……!!」
「貴方、随分と可哀想な方ですね」
「うるせぇよ!! 化け物のくせに、お前何なんだ!!」
「化け物ですが何か問題でも?」
「クッ…!! ウザイんだよ!! お前、そうやって偉そうに胡散臭そうな顔をしやがって……!!」
どんな言葉を投げ掛けてもそいつに鏡が貼り付けられてるみたいに跳ね返される返事ばかり。
どんだけ他人主義なんだよ。
「落ち着いください。このままでは、貴方も……」
「黙れ!!! どうして誰も分かってくれないんだ、どうして誰も助けてくれないんだ……!! 俺は、俺は幸せにならなくちゃいけない存在なんだよ!! 分かるだろう!?」
「えっと……そんなに幸せになることが重要なんですか?」
「そうだよ。俺は誰よりも価値のある奴だ!! だから……だから!!」
「うーん。どうでも良いですね。そんなこと」
「は……?」
「貴方がどう生きようと、どう死んでその先どうなったかなんて興味はありません。まぁ、私にとって関係のないことですから」
「!!!」
そして、先程納に言い放った言葉をそっくりそのまま返された。俺は何も言えず、呆然としていた。
「あ、これだけは言っておきますね」
突然、胸元を掴まれ体が前のめりになる。思わずの行動で俺は驚きを欠かせなかった。そして、気がつけば納の顔がドアップに映っていた。
「自分は関係ねぇと傍観者ぶってる奴が俺は大嫌いなんだよ」
そいつの、納の隠された目が一瞬だけ、見えたように感じた。帽子のメッシュ越しから突き刺すような鋭い目。切れ味の良い刃物で思い切り刺されるような、痛みを感じるような眼差し。
俺は息を呑むことすら出来なかった。
こいつに、そんな瞳を持っていたなんて……。
「何もしないことは重大な罪ですよ。肝に銘じて置いてくださいね」
は……?
「それでは失礼します」
「おい……おい!! 待てよ!!! なぁ、なぁ!?」
納は二度と俺を見ずに、廊下のその先を歩き始めた。
「あぁ、言い忘れてました」納はピタリと止まる。
「あなたは、誰もが忘れ去られそうな顔をしてますね」
一瞬何を言っているのか分からなかった。だが、その意味をやっと理解するとむかっと胸の中が怒りで込み上げるようなそんな感覚に陥った。
俺は納に襲いかかるように追いかけた。納は呑気に歩く。舐められているのか逆に腹が立って更にヒートアップした。
納の肩に掴み掛かろうと変色した手を伸ばした瞬間、俺の意識はそこで暗転した。
第一章 写真 完結。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます