終.写真 上

 最初出会った時の印象は、地味。  


 どこにでも居そうなありふれた顔の女子高生って感じだった。ただ捻くれた、笑顔も少ない無愛想な人。  


 一定の人たちとしか連まない、親しくない人には仰々しい関わりにくい人。  


 それが、同じクラスの久墨百合音くすみゆりねに対する第一印象だ。

 一度だけ、席が隣になって互いに自己紹介したことがある。


『あ、あたし久墨百合音です。そ、その…よろしくね…』

『俺は柊涼太。こちらこそ仲良くしてね、久墨さん』  


 俺がそう言い返すと、久墨は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 俺は何もかもが人より優れていた。

 勉強だってちゃんと聞けばコツを掴んで熟る。それは、運動もそう。


 そして俺は、容姿も良かった。それを自覚したのは小学校で色んな奴から告白されてた時からだ。 何をしても俺を優遇されてそれはそれで楽だった。


 まぁ、人より、そこらへんの芋臭い男共に比べたら俺は、高嶺の花だろ。  

 そんな優越感はいつまでもある。だが、その分飽きてくるのもある。  

 とまぁ、高校に行ってもそれは変わらない訳で正直面倒臭い。  


 そんなある日、小田川マキという奴が俺に話しかけてきた。何でもコイツ、俺のことが好きだとのこと。  


 小田川の印象は、派手で落ち着きのない顔。派手というのは、化粧が原因だ。異様に白い肌と、目頭が染め上げられてこれが俗に言うお洒落というものなのだろう。


 香水もかけてるのか、側で変な臭いがする。


 自分のことを可愛いと思っているのか、妙に変な仕草で俺に近づいてくる。


 俺は嫌すぎて、近くの席に座っていた久墨の隣に腰掛けた。友達と話していた、久墨はそいつらと一緒に驚いた視線を俺に送る。


 だが、そんなことはいつもで痛くも痒くもない。


 小田川マキに、今後近づくなという意味も込めて揶揄い混じりに呟いた。


「俺は、久墨さんみたいな大人しい子が良いなー」  


 本当に軽く言った。

 冗談で。


 久墨は当然のように、顔を真っ赤にさせ俯き始めた。肩を縮こませ見る場所のない視線をうろうろと彷徨わせる。久墨の肩まで伸びた髪から覗く耳先が、ほんのり赤かった。


「た、確かに……柊くんみたいなカッコいい人って良いよね」


 遠慮がちな声で久墨は申し訳なさそうな顔をしていた。きっと、絡みにくい会話の返事を一生懸命に絞り上げたのかそれなのだろう。慎重に言葉を選んだんだ。俺を侮辱する言葉は避けて。


 対の小田川マキは、一言で言えば寝耳に水みたいな顔をしていた。思わず吹き出しそうになった。


 ダッサ。

 自分が可愛いとか勘違いな思いを拗らせてんじゃねーよ。


 だが、俺の気持ちはそこで収まらない。久墨の先程の言葉。俺は正直、期待をしていたがその結果は最悪だった。


 久墨、結局お前も同じか。 


 俺は久墨に対して失望と諦めの思いを抱きながら、彼女をじっと見ていた。 


 その日からだった。

 久墨が小田川にイジメられるようになったのは。

 日に日に出来る、真っ赤に膿んだ傷と、苦しいのを抑えるかのような遠慮の顔。最初は周りの人に心配されていたが、気がつくとクラスのみんなが無視をし始めた。百合音が視線を友達に送るも完全シカト。


 腫れ物扱いするように久墨を孤立させた。


 俺は別に普段から話しかけるような奴でもないから、自然とシカトするような形になってしまった。けど、それは俺だけじゃない。友達もそうだ。


 寧ろ俺らは被害者だ。無関係のない奴をイジメの世界に引き摺り込んで、あたかも俺らも加害者の仲間ですみたいにしやがって。


 だから、俺は悪くない。 


 そうして知らんぷりをし続けていると、突然小田川に呼び出された。何でも、「久墨が告白したいから付き合ってくれ」とのこと。どうでも良かったけど、渋々承諾した。


 まぁいい。適当な所で酷く振って、傷ついた顔を拝めればいいか。久墨も俺のこと、他の奴と同じ考えしてんだから。


 小田川の予言は的中し、数日後に久墨は俺を屋上に呼び出した。勿論返事は肯定。まさか付き合えるとは思ってなかったと久墨は目を丸くして俺を見ていた。


 こうして軽い気持ちで久墨と付き合い始めた。それからと言うもの、久墨と過ごす時間が断然増えた訳で、イジメも多少は緩和されたと思う。


 まぁ、俺だからな。


 マシな学校生活を送れるだけ感謝しろよ。とは言わなかったが心の中ではそう思っていた。

 柊くんっていう余所余所しい言い方も辞めてもらい、涼太にしてもらった。


 久墨と二人で過ごしていた時、久墨が少し顔を真っ赤にして俺に何かを差し出した。手のひらを見ると片手で握りつぶしてしまいそうな位の小さなクマのマスコット。大きなハートを抱えており、その中心に『R.H』と刻まれていた。


「これは……?」

「あたし、手芸が趣味なんだけれど作ったの。涼太にあげたくて、涼太のイニシャルを使ったんだ。あと、それは私も色違いのを付けてる」


 そう言って百合音は、ミニポーチを取り出す。そこには紫色のクマがストラップとしてぶら下がっていた。


「へぇ、百合音は手先が器用なんだな。ありがとう」

「ううん。良いんだよやっぱり、涼太は優しいね」


「そんなことないよ」俺は思ってもないことを言う。


 百合音は首を振った。


「ううん。優しいよ、こんなあたしと付き合ってくれて、優しくしてくれて。やっぱり、涼太は私には釣り合わないよ」

「そんなことないよ」

「そんなことあるんだよ。涼太はね、私のことを救ってくれたヒーローなんだよ。涼太のお陰で毎日が楽しいし、生きていて良かったなって思えたんだ」


「涼太は、幸せになるべき人だよ」百合音はそう言ってにこやかな笑みを浮かべる。


 ドキ。 

 鼓動の音が一瞬だけ大音量で鼓膜に響いた気がした。


 その衝撃なのか、心臓が痛い。強く脈打たれるような感覚に陥った。


 これは一体、なんだ?


 どうしたんだろうか。


 考えても分からなかった。知能はいい筈なのに、畜生。使えない脳味噌だ。


 ただ、一つだけ分かったことは、コイツと付き合うのも悪くない。


 自分勝手だと思うが、今はその思いに悔しくもストンと腑に落ちていた。


 それから、俺はどうかしていたのだろう。


「これ、あげる」

「え……? これって」


 気が付けば俺も、この女に何かを贈っていた。それは、この前二人で撮った写真を印刷した。コンビニで印刷したが結構解像度が良く綺麗に写っている。


「ありがとう。これ、大切にするよ」


 それを手に取った百合音は、まるで幸せを噛み締めるかのような綻んだ顔を見せた。


 コイツ、そんな顔も出来るんだな。


「あれ……俺、今なんて」

「涼太、どうしたの?」

「いや、何でもない。少し、ぼーっとしてた」


 変だ。

 やっぱり、変だ。

 なんで百合音の嬉しそうな顔を見て喜んだんだよ、俺。


 コイツは俺のこと顔だけしか見てないんだ。


 良い気になるな。


 俺はどうしてこんなに変な気持ちになってるんだ。


 それもこれも全部。


 百合音、お前のせいだ。

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