15.写真 ※文字数多めです
「そう言や幽霊と言えば、涼太さんもでしたね」
「涼太?」
誰だそいつ、とでも言うかのように葉は疑問を持つ。そこに、すかさず春が答える。
「百合音ちゃんの好きな人よ。告白する前に亡くなっちゃったから」
「あぁ、どうやら告白はしていたみたいですよ」
「えっ!! そうなの!?」
「はい。どうやら、記憶があやふやだったみたいで最初はしてないと言ってましたけど思い出したらしいですよ。まぁ、理想的な告白の仕方ではありませんでしたが……」
納は屋上で百合音の日記を見つけたこと。百合音がいじめっ子の命令で涼太に告白をしたこと。そこで付き合ったが、実は全ていじめっ子の計画で嘘だったこと。
日記に綴られた恨み辛みについて話せることは全て話した。それを聞いた三人は思わず絶句の表情を見せていた。
中でも春は顔を青ざめた後、目を吊り上げさせ怒り寸前だった。
「それ、最低じゃない!! 今に待ってなさい!! アタシが百合音ちゃんの代わりにぶん殴りに行ってくるわ!!」
「春ちゃん、落ち着いて。おれたち人間じゃないから多分効かないよ」
「磊ちゃん止めないで頂戴!!」
磊は今にも暴れそうな春を落ち着かせた。春は上背があり、細いが筋肉質だ。一回り小さい磊など簡単に振り回せそうだが、磊も磊でそれなりに力はあるため阻止ぐらいは簡単にできる。
そんな他の二人の戦闘を見た葉がため息を付き、口を挟む。
「んで、その涼太は怨霊と関係があったんだろ。そいつもまさか、死んでいたのか?」
「はい。涼太さんも既に死んでいましたね、やはり、屋上で出会ったとき彼に影がなかったので確定かと……あ、そういや」
「どうした?」
「私、見てしまったんですよ。工事中の天井にですね、大量のお札が貼られていたんです」
「ねぇ、それって前に言ってた天井が崩れた所?」
春を止めた磊が、納に問いかける。彼の手には腕を拘束された春がもがいていた。ぐずんぐずんと動く春を磊はしっかり抑えていた。
納は首を上下に振り肯定する。
納は百合音を花壇の方に置いて一人屋上へと向かった時のこと。
工事現場である、天井の部分に偶然通りかかった。そこで一部、修理したての壁紙が剥がれていることに気がつく。
気になった納が剥がしてみた所、一枚のお札が出てくる。それに伴って次々と壁紙が剥がれ落ちる。べりべりと音を立てながら、中のソレが剥き出しになる。
そこには、大量のお札がぎっしりと張り詰められていた。
その時の状況を簡潔に話した後、嫌な予感がしたのか春が恐る恐る尋ねる。
「それって」
「はい。百合音さんが原因でしょうね」
納は続ける。
「恐らくですが、あのお札の量はこう言う破壊されることは初めてじゃなかったんですよ。そこだけではなく、他にもお札が貼られてある所は沢山ある筈です。それに、私が驚いたのは百合音さんについてです」
「え…?」磊が声を漏らした。
「おい、どう言うことだ」
葉が急かすように納を睨む。
「まぁまぁ、そんなに睨まないでくださいよ。それで話を戻しますが、百合音さんの正体は怨霊。怨霊って言わば幽霊の類ですよね。だから、思ったんですよ。百合音さん転んだ時に、どうして痛がっていたのか」
「あ……」
「幽霊って感覚はない筈なんです。でも、あの時転んで百合音さんは痛がっていた。神経が繋がっていると見えた。それは、一体どうしてかと言うと……お札が関係してるのではないかと思いましてね。ですが、百合音さんは既に怨霊となっております。あれだけのお札の量なら、成仏されても可笑しくありません。ですが……」
「その女は痛がっただけで、それ以上は苦しまなかったってことか?」
「はい、葉さんの言う通りです。百合音さんはそうなるまで悪化してしまっていたと言うことが分かりますね。これは、学校側が対処しない限り、無理だと思いますよ。例えば……お祓いを、しかも大規模な……」
「だ、大規模…。本当に大変じゃん」
「磊さん、そうですよね。それで話を進めますが、その時誰かの足音が聞こえてきたんです。振り返ると、涼太さんがいたんです」
大量のお札を目の当たりにした時、納の後ろに誰かが立っているような気がした。そして、振り返ると学ランを身に纏った端正な顔の少年がいた。瞬時に彼を、涼太だと気付くことができた。
「それで一度、涼太さんと話してみたのですが……どおってことはなく普通でしたね」
「ふん、そんなクズ男なんか相手にしなくても良いのよー? そんな奴、一生幽霊のままで居て一生彷徨ってればいいのよ」
「春さんまだ怒ってるんですか? ……まぁ、春さんは置いておいて。あとは、
「え、じゃあもし、対処しなかったらその学校は……」
「まぁ、いずれ崩壊するでしょうね」
納はそう言って穏やかそうな笑みを浮かべていた。
その事を察した二人はこれ以上の言葉をかけることはなかった。彼らの瞳にはもう、女子高生に対する哀れみと同情は含まれていなかった。次にはもう、拘束を解かれた春が磊に耳打ちをしていた。
「納ちゃんって本当、タチの悪い性格をしてるわよね」
「春ちゃん、それどう言うこと?」
「あのね磊ちゃん、納ちゃんはね本当のことを知ってて言わないことがあるのよ。癖で言ってるのか、それとも知ってて言わないのか、余計に怖いわ」
「はぁ……。その女の霊も災難だったな」
二人の内緒話を聞いていた葉がボソリと言う。春も反応し「そうよね」と困り果てた顔をしていた。
「ええ、葉ちゃんの言う通りね」
「皆さん、どうかしましたか?」
「い、いえ!! 何でもないわよ!!」
陰で春たちがヒソヒソと話し合っているのを納は不思議がるも、いつもの戯れだと解釈してその後気にする素振りは見せなかった。
「ま、でも」納は磊に肩を叩かれる。
「磊さん……?」
「無事に届けられて良かったじゃん。落とし物」
「はい、そうですね」
「おれらはお悩み相談解決っていう仕事柄じゃないからね。ま、この件は一件落着ってことで〜」
磊はそのまま納の肩を組み、グッとサインを見せる。彼に巻き付くマゼンタのマフラーが納の首に触れほんのり擽ったかった。
磊の無気力な笑みに納もつられて綻ぶ。
すぐ側では、やあねと呆れ気味になる春と目頭が少し下がった葉が納たちを見つめていた。
◇
春と磊が先に施設の中へ入った後、納と葉は二人受付で回収物の確認を急いでいた。葉によって塩まみれになった回収箱の中身を取り出し、取り除くのが最初だった。頑丈な箱自体も綺麗にし終えた頃に、やっと点検が始まった。
葉が一つ一つ、丁寧に怪異の遺失物を確認する。そして手元に置いてある書類に印を付けていく。所々、納の拾い癖による余計な物が入っており、葉が愚痴を溢すも納は至って穏やかに頭を下げる。
拾い癖も大概にして欲しいものだと感じる葉だが、納の背後に取り憑く怪異たちの視線が気になりそれ以上言うことはなかった。
残り一つと言う所になった時だ。葉がふと、ポツリと言葉を発した。
「納」
「どうしましたか、葉さん」
「お前、その涼太って奴と話したんだろ。何か、分かったことがあったのか?」
「……」
「……どうした?」
「葉さん」
丁度、残り一つの遺失物を点検し終えた葉は納に呼ばれ視線を移した。
「葉さんは何も知らなくてもいいですよ」
見上げると納がにこやかな声でそう言った。帽子から垂れ下がった黒いメッシュがゆらりと動く。薄桃色の唇が三日月のように弧を描く。
これがいつもの納だ。葉はそう理解し心の中で安堵する。
しかし、次の瞬間。
「ただ……」納が小さな口が開く。
「私には全体的に合わない方でしたから」
にこり。
納は口を閉ざしいつもの笑みを表していた。
しかし、彼を見た葉は納が通常通りとは思えなかった。
メッシュに隠された納の目。それが、一体どのような眼差しで葉を見つめているかなど到底分かるわけもない。
ただ、一つだけ分かったことは……。
葉はその冷淡な視線に背筋がゾクリとしたということだけだ。
「そうか」
葉はそれ以上のことは触れなかった。そして、遺失物の整理整頓も終え、いつものように葉は読みかけの新聞紙を手に取り活字に集中し始めた。
納もそれに気づき、軽く一礼した後、
「失礼しますね」
と納はいつものような穏やかさで受付を後にした。
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