14.写真
四と途中で別れ、納は施設「常世」へと帰宅する。中に入り、納は受付へと向かう。案の定、そこには担当である葉が居た。いつものように機嫌の悪そうな目つきで新聞を読み漁っていた。
「ただいま戻りました。葉さん」
「……」
葉は変わらず返事を返すことなく、納に視線を寄越したあとすぐに新聞の方へと顔を下に向ける。
と、思われたが葉は納に対しあり得ないものを見るかのような眼差しで納を見つめていた。葉は新聞を置き、カウンターから出る。
そして納の目の前に立ち、片手には白い粉のような物が入った透明袋を持っている。納は首を傾げると、葉は容赦なく中の粉を納に投げつけた。
「え、ちょっと、葉さん……?」
今何が起きたのか分からず、驚く納。思わず声を荒げるも遅く、葉が投げつけた粉が口の中に入ってしまう。舌がピリと刺激を打つ。それと同時に頬の肉が縮むような塩辛い味覚も覚える。
「塩? って待ってください。一体どうしたんですか! そんなに塩を振り撒いて……」
「五月蝿い。俺はそこまでやれとは言ってねぇ」
「葉さん? 一体、何を言って……」
「ちょっと、アンタたち何してるの!?」
葉の攻撃を防いでいると、横から聞き馴染みのある華やかな声が聞こえてきた。塩粒を振り払い視線を移すと、焦った表情の春がこちらに走ってくる。後から、磊も追いかけるように向かってきた。
「ど、どうしてだか分かりませんが葉さんがいきなり……」
塩をかけてくる、そう言い続けようとしたが目の前の同期二人も納を見るなり、葉と同じ表情を浮かべ始めた。春は絶句した様子で口に手で覆っていた。
「いやだ!!! 納ちゃん……」
「うわ、納……どこをふらついてきたの?」
磊なんかは顔を青ざめ一歩後ろに下がった。納はますます分からなくなった。自分の体の部位を見るも至って普通だ。何がそんなに彼らを怯えさせるのだろうか。納は考えるもこれと言った答えが思いつかなかった。
「どこかおかしな所ありますか?」
「そうじゃないわよ。後ろよ!」
「後ろ? ……あぁ、もしかして気配のことでしょうか?」
納がそう言うと春と磊はゆっくりと頷く。その瞬間、塩を投げ続けていた葉も攻撃を止め大人しくなった。
彼らの反応に、なんだそんなことかと納は安堵する。気がつけば首に下げていた回収箱も被害に遭っていた。
「あらら、回収箱の中が塩まみれじゃないですか。片付けするの大変なんですよ〜?」
「おい、何で呑気そうにしてるんだ」
「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。害はないんですから」
「そうは言ってもねぇ〜」春は困ったような口ぶりを見せる。
磊も頷いた。
「納、依頼の方は解決したの? 写真を探してるんじゃなかったっけ」
「それならもう、無事に渡すことが出来ましたよ」
「じゃあどうしてそんなに悍ましい気配が出てるのよ」
「そんなにですか?」
「納、鏡を見て」
磊にカウンター前に設置された大きな鏡に連れてこられ目の前に立たされる。そして鏡を覗き込んだ所で納は気づく。
身長が約百七十五(175)の男の背後には全体を覆い尽くすような黒い靄があった。そして、微かに納の肩には眼球がくり抜かれた霊、足にしがみつく原型のない怪異など、人ならざる者が納に取り巻きついていたのだ。
納は空いた口が塞がらなかった。
同時に帰り際に四にこんな事を言われたのを思い出した。
『納さん、後ろがとんでもないことになってるっスからちゃんとしてくださいね?』
「まさか、ここまでとは……」
「ね、凄いことになってるでしょ?」
「はい、いつの間にか悪化していたらしいですね。いやぁ、自分でもびっくりです」
「そんな他人事のように言ってる場合か。………ったく、お前は見た目に反してトラブルメーカーなのをどうにかしろ」
「あはは〜。すみません」
反省しているのか分からない声で言う納に葉は更に深いため息を吐いた。すると、春が「納ちゃん」と申し訳なさそうな声で呼ぶ。
「話を戻すけど、本当に百合音ちゃんに落とし物を渡せたのよね?」
「そうですね。無事に渡すことができましたよ」
「それってもう、成仏したってことで良いんだよね? 百合音ちゃん、大切なものを見つけられて安心したと思うし……」
「まさか。そんな筈ないと思いますよ」
納の言葉に春と磊は首を傾げた。
「元々、成仏させるつもりはありませんから。ただ、心を軽くするだけのことをしただけですよ」
「どういうこと?」
「落とし物ではなく、問題はその女自身にあるってことだろ」
「はい。葉さん、そういうことです」
納は大きく頷いた。嫌な予感がしたのか、葉は頭を抱えていた。磊と春はお互いに顔を見合わせた。
「あれは、幽霊ではなく怨霊ですよ」
帽子のメッシュが微かに揺らいだ。納は怖気付くことなくただ冷淡にそう呟いた。春はそれを聞いて何かを察したように顔を青ざめる。
「怨霊…」意外な正体に磊はポツリと呟いた。納は再び続ける。
「だって彼女、気づいていませんでした。自分が今、どのような姿になっているのか」
納は知っていた。
百合音は最初から幽霊ではない別の存在になっていたことを。
初めて出会った時、百合音の顔は端正に形成されていなかった。
まるで硫酸をかけられたようにドロドロに焼け爛れ、歪み始めていた。肌の色も落ち着いたペールオレンジとはかけ離れ、皮膚も所々溶け中が剥き出しになり赤黒く変色していた。
当の本人はその時には気づいおらず、納と会話を繰り広げていた。
「百合音さんは所々、記憶が朧げでした。それは彼女の怨霊化が進んでいるからです。ほら、よく言うじゃありませんか。死んだ人は生きていた頃を忘れると。でも、何とか思い出すことはできました」
「じゃあ……!」
「いえ、それがきっかけとなったんでしょうか。自分が今、怨霊化していると気づいたんですよ」
納は更に続けた。
「一度悪化してしまったものは修復するのに難しいんです。例え傷口が癒えたとしても、傷跡までは治るかどうか……って所です。恐らく彼女も、恨み辛みがどんどん増えてしまいあの状態になったのでしょう。それで、その負のエネルギーを抑え切れなくなってしまった。戻るにも戻れない姿にまで事態は悪化していた、と言うことです」
「まぁ、彼女と初めて出会った時点で手遅れだとは気づきましたが」納はそう付けたした。
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