9.写真

 校舎内のあちこちを探してみたが新たな収穫を得ることはなかった。そして時は夕暮れへと進む。

 百合音と別れた後、納は施設に戻る。丁度、春と磊に出会い、珍しく疲れ果てている納を二人は心配していた。

 そして、談話室へと向かい昨日と同様に三人で会話が繰り広げられた。


「成る程ねぇ。その百合音ちゃんと涼太くんは知り合い、しかも女の子の方が片思いしてるだなんて」


 頬杖をする春に納は深く頷いた。

 納の隣に、磊が興味なさそうに春が次に出す言葉を聞いている。口を小さく瞑る春に飽きたのか、磊は自身の首に付けているマゼンタのマフラーをいじり始めてしまった。


「やはり、百合音さんは思いを伝えられなかったことが悔しかったのでしょうか」

「やあね、納ちゃんったら。ぜんっぜん乙女心が分かってないわ!!」


 突然、机を思い切りバンと叩く春に納と磊は肩を震わせる。春の長い睫毛が揺れる。瞳の奥が炎のように燃えていた。


「思いも伝えられないまま死んでしまったんでしょう? そんなの悲しいに決まってるじゃない!!」

「納、春ちゃん最近観た悲恋ドラマにハマっちゃったんだって」

「あぁ、だからあんなに盛り上がってるんですね」


 春の興奮気味な奇抜な声に納は納得する。無理矢理頷く納に春はずいっと顔を近づける。納はそのまま硬直してしまった。


「振られちゃって結ばれないのも心にくるけれど、思いを伝えられないのも苦しいわよ!!」

「は、はぁ……」


 あまりの迫力に納は掠れた声しか出ない。


 やはり、片思いとは辛いのか。

 結ばれたらそりゃ、幸せだろうがそう簡単に心が通じ合うとは考えられない。いっそのこと、当たって砕けろという思考を巡らせて想いを伝えるのも悪くはない。


(悪くないんですよね……?)


 疑問系で続くのは納自身が恋愛について疎いからである。


 よく考えてみれば片思いが報われないのも心苦しい。だが、想いを伝えられないまま消化しきれず心の中に留めているのもそれはそれで辛いのではないか。


 納は考えたことのないものに苦難を覚える。


「納ちゃん、いい男なんだから少しは周りを見てみなさいよ」

「特に興味はないので……」

「納が興味あるのは人の落とし物でしょ?」

「じゃあ、磊ちゃんは?」

「僕も却下」


 春に期待の眼差しを向けられた磊はあくびを漏らす。


「逆に春さんは恋をしたことありますか?」

「勿論、ないわよ」

「え、春ちゃん意外。色恋多い男だって思ってた」

「アタシはね、アタシじゃない誰かの恋を応援したいのよ。だって、恋する人は男女関係なく素敵だと思うの。納ちゃんもこの先、永いのだから勿体無いわよ?」

「いえ。この先もするつもりはないです」


 キッパリとした態度の納に春はつまらなさそうにする。頬を可愛く膨らませ、拗ねるような仕草に納は思わず微笑んだ。


 微妙な空気の中を切り裂くように、「ねぇ」と納は磊に肩をたたかれる。


「二人とも恋愛について熱く語ってるところ悪いけれど、納はそれで解決するの? 写真は……?」

「あ」


 磊の指摘に納はハッとする。しまった、百合音と涼太の関係に気を取られ例の落とし物について忘れていた。重度の拾い癖を持つ納が別のことに興味を持つのが珍しく、磊は鼻で力の抜けた笑いを起こす。


 納はこのままテンパることもなく、再び仰々しくなる。 


「やはり、その写真内容は屋上と彼、涼太さんが関係しているのだと考えます」

「まぁ、そう考えるのが妥当だよ。僕は百合音さんじゃないから気持ちなんて分からないけど、写真は早く見つけた方が良いと思う。どっちにしろ学校には悪影響だろうし」


「そうよね」春も頷く。


「納ちゃんの話を聞く限り、今回の天井のことも百合音ちゃんの落とし物が関係しているのは間違いないわ」

「はい。もしかしたら、見落としている所があるかもしれませんから」


 いつまでも淡々としている納に二人はそれ以上は口を開かない。


「最悪、校舎が潰れることも考慮して最善を尽くしてみます」


 帽子のメッシュ越しから意志の強い視線が春たちを突き刺した。



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