8.写真

 百合音は生徒の集団に姿勢を固まらせる。


「どうして……?」


 ポツリと呟くのを納は見逃さなかった。


「知り合いですか?」

「まぁ……」


 あまり話したくないのだろうか。曖昧な反応に納は口を閉ざす。顎に片手を添えてほんの間、「うーん」と考え込んだ。そして、視線を集団の方へと移した。

 グループの中ではお喋りをしたり、腕を伸ばす者、眠そうに目を擦る者もいる。

 女子生徒は一人一人スカートの丈の長さがバラバラだ。寒そうだなと感じるだけで納は気にしなかった。


 納の視えない視線に彼らは異変づくことはない。もし、バレたら面倒になるのだから納は自分が得体の知れないナニカであることに改めて安堵する。


 そして百合音が見つめる集団の端っこに目をやる。あれ、納は何か違和感を抱いた。他の人たちは塊のようにくっついて、並んでいる。だが、一人だけ周りとの距離を保つように歩く男子校生がいた。

 彼は周りよりも、一テンポずらすように同じ方向へと向かう。

 百合音は違うものに興味が移ることもなく、その少年を見つめていた。


「彼のこと気になるんですか? いや、何やら浮かない顔をしてたので……」

「涼太はね、同じクラスメイトだったの」


 百合音は意外にもあっさりと教えてくれた。やはり、一人だけ浮いている少年は涼太というらしい。


「へぇ、じゃあ涼太さんはとても大切な方なんですね」


「す、好きな人……」百合音は恥ずかしそうに言う。


「告白したかったけどね。その前に死んじゃったから」

「あら、それはとても可哀想ですね」


 納は表情を変えず流れるままに反応する。

 またしても納は他人に寄り添うような言葉をかけなかった。同情も慰めの感情もない。空っぽだった。

 ここまでくると彼の無自覚な人柄も清々しく感じる。百合音は小言をいう気力もなくただ苦笑していた。


 やがて用が済んだのか、と言っても彼らは納たちと同じように屋上からの景色を堪能していただけだった。彼らは暫くして校舎内に戻ろうとしていた。

 納はコツコツとコンクリートを鳴らす音源に視線をずらした。そこで納は微妙な気分に陥った。


「……?」

「納、どうかしたの?」


 納の表情の変化に百合音の声が半音低くなる。そして、同じように百合音も下を見つめる。だが、そこには何もなく彼らが校内に戻ろうとする後ろ姿があった。


「いえ、何でもありません」百合音の隣でいつもの穏やかな返事が聞こえた。


「そう。なら、良いけれど」百合音も百合音で彼に深く干渉することはなかった。




 屋上から出た二人は早速、旧校舎の中を探索し始める。時刻はお昼休みのせいか、生徒たちはわらわらと賑わっている。

 恐らく先程、屋上にいた集団も同じ理由なのだろう。百合音と同じ制服を着た女子生徒がひとり、またひとりと納たちを追い越す。


「旧校舎は前から建てられていただけであって年季が染み込んでますね」

「染み込んでいるって、汚れているの間違いよ」

「まぁ。それもありますよね」


 納は微笑んだ。


 ほんの少し歩いたが特に気になる点はなかった。奥に行ってみるか。軽い気持ちで納は先に進む。


 すると、何かがギシギシと擦れるような音が頭上から聞こえた。彼女も気づき、不思議そうに上を見つめた。

 だが、そこまで気に留めておらず「行きましょ」と先を急ぐことを薦める。

 

 それでも、掠れた不快な音は途切れることはなかった。むしろ酷くなるばかりだった。


 バリ、バリ。

 バリバリ。ビリビリ。

 ガゴン、ガゴン。


 ゴン!!!!!!!!


「百合音さん、危ない!!」

「え。きゃあ?!」


 咄嗟によそ見をしている百合音を押し除けその衝動で二人は廊下の端っこに転げたおれた。

 次の瞬間、天井の白い板が剥がれ落ち、地面に叩き壊された。そして取り付けられた蛍光灯までパリンとガラスのごとく割れる。


「こ、これは一体……」

「うぅ」

「百合音さん、大丈夫ですか? 怪我は……」

「平気……。何が起こったの?」


 呆気に取られている百合音に、納も何が起きたのか分からなかった。その盛大な音に気づかない者たちなどいるわけもなく、徐々に人だかりができる。


 野次に巻き込まれないよう、百合音を蛍光灯の破片から遠ざけるように支える。

 納は百合音を気にかけ、この場から離れようとする。納はちらりと顔をあげた。


「涼太さん……?」


 納たちの位置から少し離れた廊下に先程の少年、涼太がこちらの様子を遠目で見ている。ただ心配の目をするだけでこちらに来るわけではなかった。


 パチリ。

 彼の黒い穴のような瞳が納を捕らえた。


(今、目が合って……)


 納がそう気がついたときにはもう、涼太の姿は何処にも見当たらなかった。百合音も気づいたのか、と横を向くと百合音はぶつけた膝を摩るのに必死だった。


 とは。

 

「まずいですね……」


 納は独り言を言う。

 だが、それも彼女には聞こえる筈がなかった。

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